74 元勇者の魔王、顧みれば
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
ハウンドゾンビ達を退治し終えた後、ようやく林にて、物見櫓の為の木材調達へと取り掛かった。
引き続き、周囲を警戒しつつ、林の中へ足を踏み入れる。
一応、馬の番として、御者には林の外に残って貰っている。
なので、林の中に入ったのは、俺と木こりと大工の三人だ。
流石に林の奥まで行くのは危険だと判断し、なるべく入り口付近で、適当な木を見繕って貰う。
素人目にはどれも同じような木にしか見えないが、木こりや大工には、良し悪しが判別出来ているようだ。
それ程時間を置かず、数本の木を選別してくれた。
本来であれば、木こりに倣って木を切り倒すところではあるが、今は何時襲撃に見舞われるとも限らない。
素早く伐採し、運搬するのが望ましい。
という事で、俺の出番となる。
≪光糸≫
光の中級魔法。
選別された木々の根元と中程に、光の糸を括り付ける。
左手からの光糸を根元に、右手からの光糸を中程に。
左手の光糸に魔力を込める。
手前に引っ張るように光糸を動かすと、木々は根元から切り離された。
当然の帰結として、重力に引かれ倒れて来る木々を、右手の光糸で支え、ゆっくりと地面へと下ろしてやる。
後は一人で運べるサイズへと切断してやり、各々が丸太を担ぎ上げ、林の外の馬の元へと向かう。
何往復かした後、全ての丸太を運び終える事が出来た。
空を見上げれば、まだ日は中天にも達してはいない。
町に帰り着く頃が、丁度昼時といった具合だろうか。
俺以外の馬に括り付けられた荷車に、丸太を積載してゆく。
準備万端整った後に、町を目指して皆で馬を走らせた。
予想違わず、昼時に差し掛かった頃合いに、町へと戻って来ることが出来た。
町の方では、別段異常も無く、魔物の襲撃に見舞われたりはしなかったようだ。
林で遭遇したのは偶然だったのだろうか。
ともかく、町が無事で何よりだ。
町の皆もまだ昼食は済ませていなかったようなので、一緒に取る事になった。
皆が食事を取り終えた頃、一つ失念していた事を思い出した。
ブラックドッグだ。
ローブの下で霧状になって貰ったままだった。
しかし、周囲には町の住民達や兵士達も居る。
ここでいきなりブラックドッグを実体化させると、一騒動起きかねない。
思い付きではあるが、ひとつ試してみるか。
霧状になったままのブラックドッグに対し、全身に魔力を纏わせるようにする事で、魔力供給が可能かを試してみる。
目論み通りに見事成功を果たし、ローブの下で黒霧が淡く光を放つのが見えた。
俺に程近い場所に居た数人が、怪訝そうな顔でこちらを見て来る。
それを笑って誤魔化し、追及を逃れる。
上手くはいったが、手の平とは違い、全身だと魔力量の調節が難しい。
そういえば、ハウンドゾンビとの戦闘中も纏ったままだったのだし、またしても魔力を過剰供給してしまってはいないだろうか?
ローブ越しに様子を窺ってみるが、特に表面が蠢くといった様子は無い。
戦闘時は、どうしても魔法が主体となりがちだ。
戦況によっては、意図せずして魔力を過剰供給してしまい、ブラックドッグが巨大化してしまわないとも限らない。
ならばいっその事、巨大化して貰い、一緒に戦って貰えば済む話なのかもしれないが、それはそれで思う所もある。
まず、周囲に他人が居る状態では、以前の町での一件みたく、戦闘後に排斥されかねない事。
既に経験済みなのだから、次が無いとは言い切れない。
次いで、そもそも論として、ブラックドッグに戦闘させるつもりが無い事。
妖精であるブラックドッグに対して、意思確認する事は叶わない。
望む望まずも知らずに、命を懸けさせるような真似はしたくない。
そう考えると、人語を介さない種類の妖精と共存するというのは、中々に難しいものに思えた。
食後の休憩を終え、皆が作業へと戻って行く。
最早、俺に手伝える事は少ない。
むしろ、町の住民達だけでこなせるようになった方が、今後の事を考えれば良いぐらいだ。
それならばいっその事、周辺の偵察がてら、ブラックドッグの散歩をしても良いかもしれない。
流石に勝手に居なくなる訳にもいかないので、町長に話を通した後、町の外へと向かった。
こうして改めて見渡す風景は、平和そのものだ。
町だけは、少々物々しい雰囲気となってはいるのだが。
かつて、魔物が狂暴化していた頃は、魔物を目にしない事など無い程だった。
こんな見通しの良い平野であれば、何体もの魔物の姿を目にしたものだ。
当然の如く、魔物を狙う、冒険者の姿も良く見かけた。
町中は冒険者だらけだったし、むしろ、町中の方が冒険者同士の諍いの所為で治安が悪かった程だ。
あれ程居た冒険者達は、今はどこへ行ってしまったのだろうか。
俺と同じく転職し、別の人生を歩んでいるのだろうか。
平和になった筈のこの世界で、再びの脅威となっているのはアンデッド達だ。
質の悪い事に、非生命であるアンデッドを幾ら倒したところで、経験値には成り得ない。
つまりは、人間のレベルは僅かも上がりはしないのだ。
こちらのレベルを上げさせず、しかし、襲撃は断続的に行って来るつもりなのだろうか。
王子の意図は未だ不明瞭だ。
連れ去られた魔物達の事や、宿場での一件の事もある。
早々に見つけ出して、決着をつけたいところではある。
ドラゴンの王のように、俺達が倒した魔物がアンデッド化している恐れもある。
かつての魔王は、さほどアンデッド化を多用しなかった。
故に、倒した敵の死骸までも、執拗に後始末したりはしなかった。
その頃の死骸が未だ残っているならば、再び見える事もあるかもしれない。
途方もない負の連鎖だ。
幾度も戦う事になるなんて。
命や尊厳に対する敬意の欠如。
皮肉なことに、人間の方が余程に魔王らしかったと言う事なのだろうか。
町が視界に入る位置で足を止め、ブラックドッグを実体化させてやる。
元気が有り余っているのか、すぐさま平野を駆け回り始めた。
やはり魔力を過剰供給してしまったのか、少し興奮気味に見受けられる。
巨大化こそしないようだが、魔法を扱う際に、ブラックドッグを纏っているのは、割と危険な行為なのかもしれない。
もっとも、俺が魔法に魔力を追加で込めたりしなければ、左程影響もないのかもしれないのだが。
如何せん、もう染みついた業だ。
防具はともかく、武器までも売り払ってしまった俺にとって、魔法こそが唯一無二の武器と言える。
今でこそ、秘書さんから貰い受けた、短剣を持っているものの、これを使う場面は、それこそ魔力が尽きた時ぐらいだろう。
使う場面が来ない方が良いとさえ言える。
そういえば、秘書さんを助けた辺りの事を、戦士は覚えていたようだったが、俺を含めた他の者達は思い出せてもいない。
薄情に過ぎるとも感じるが、如何せん、当時は似たような事が山程もあった。
まさか、女性に関する事柄全てを記憶しているらしい戦士以外には、到底不可能な離れ業と言えよう。
思い出したからどうという訳でもないが、今でも恩義を抱き続けている秘書さんに、少し申し訳なくも思ってしまう。
俺にとっては、彼女"を"助けた訳ではない。
彼女"も"助けただけなのだ。
もしかしたら、他にも俺に恩義を抱き続けている者が居るのかもしれない。
だが、その誰も彼をも、思い出す事は叶わないのだろう。
自分に出来得る限り、助けていた筈だ。
しかし、その誰一人の顔すらも、覚えてはいない。
ただひたすらに、助け続けていただけだ。
その対象が誰だったかなど、当時は些末事でしかなかった。
それはしかし、果たして勇者としての特性故だったのだろうか。
それとも、俺自身の欠陥故だったのだろうか。
はしゃぎ回るブラックドッグを見やりながら、己自身の事を薄ら寒く感じた。
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