71 元勇者の魔王、何を優先するのか
アンデッドの後始末が終わった頃、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
馬車も呼び寄せ、町の中に入って貰った。
今は町の中心にある広場で、ささやかな宴が催されている。
襲撃から町を守ってくれた事への感謝の印との事だ。
この場には冒険者が多く居る。
ブラックドッグをこの場に同席させるのは危うかろう。
馬車内に残すのも可哀そうなので、黒霧化してローブの下に纏う事にした。
最近、携帯食料のみの食事が続いていた為、ちゃんとした食事に殊の外、口と胃が喜んだ。
話をよくよく聞いてみれば、王都での魔物の襲撃の噂を聞き、大勢の冒険者を護衛に雇い、十数台にもなる荷馬車が出発する寸前に、この町でアンデッドの襲撃を受けてしまったらしい。
タイミング良く、そこに鉢合わせる形となった訳だ。
道中で見かけた宿場の話をすると、住人達の表情が明らかに雲った。
皆、口々に悲痛な声を漏らす。
折角の雰囲気を台無しにしてしまっただろうか。
そんな俺の元に、一人の老人が近づいて来た。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません。町を代表して、改めて御礼申し上げます。魔物の脅威からお救い下さり、ありがとうございました」
言動から察するに、町長のようだ。
腰を折り曲げ、お礼を述べてくる。
慌てて立ち上がろうとするのを、手で制された。
仕方が無く、座りながら返答する。
「いえ、お力になれて幸いでした。それに、他の冒険者の方々がいらっしゃらなければ、間に合う事も叶わなかったでしょう。どうか、冒険者の方々にも同じく感謝を述べて頂きたい」
「えぇえぇ、それは勿論。後、宿場での一件、お伝え頂き感謝いたします。あの者達も、この町の出身。弔ってはやれませんでしたが、せめてこの町で供養してやります」
「そちらに関しては、お力になれず申し訳ありませんでした」
「そんな、とんでもない! お伝え頂けたばかりか、辛いお役目まで担って頂いたんです。感謝こそすれ、恨み言などあろう筈もございません」
辛い役目とは、被害者への対処の事だろうか。
あの場で亡くなったばかりか、アンデッド化までしていたようだった。
やはり、王子は遠隔でアンデッド化を成しているようだ。
町長は、最後に深くお辞儀をすると、再び戻って行った。
とはいえ、だ。
今回は襲撃を凌げたとはいえ、次回への備えが問題だ。
荷馬車の護衛に冒険者が出払ってしまえば、この町は無防備となってしまう。
かといって、冒険者にこの町に留まり続けて貰えば、王都と、それまでの町への物資の供給が滞ってしまう。
まさしく、彼方を立てれば此方が立たぬ、といった状態である。
俺とて、いつまでもこの町に留まり続ける訳にもいかない。
故郷には、覚えている限り、冒険者ギルドなども無かった。
もしかしたら、新たに開設されているかもしれないが、楽観視してばかりもいられない。
これだけアンデッドが蔓延っているのであれば、故郷とて無事では済まないかもしれない。
子供の頃、魔物が狂暴化していた時でさえ、何故故郷が無事だったのか不思議だったぐらいだ。
今回も無事かもしれないが、直接確認するまでは、安心出来よう筈も無い。
誰も彼もが助けを求めている。
そして、助けられる人は限られる。
片方を選ぶなら、もう片方は見捨てるに等しい。
だが、今、この町を見捨ててしまえば、結末は一つしかない。
今はまだ、この町を離れる訳にはいかない。
帰郷は遠退きそうであった。
幾人かが交代で町の周囲を警戒する中、更なる襲撃もなく夜が明けた。
前もって決めていた訳でも無いが、示し合わせたかのように、皆が広場へと集まって来る。
皆が口にする話題は、やはり今後の町の防衛に関してだった。
荷を届けない訳にはいかない。
その護衛も不可欠だ。
だが、そうなると町の防衛が成り立たない。
誰も口には出さないが、無言の圧力を確かに感じる。
俺に留まって欲しいのだろう。
しかし、それを自ら口に出すのは憚られるという訳か。
自発的な協力を求められている。
何とも言えない雰囲気の中、次に動きをみせたのは、この場の誰でも無かった。
町の外、街道から砂煙が上がっている。
方向的には俺達が来た側、つまりは王都側からだ。
何事かと身構える。
途端に周囲の緊張感が増した。
見張りをしていた冒険者の一人が、声を上げる。
向かって来ているのは、兵士の集団らしかった。
その言葉を理解したのか、周囲の緊張感が緩和する。
次いで浮かび上がるのは疑問だ。
何故、兵士達がここに来たのか。
皆が見守る中、程なく、兵士達の集団が町へと到着した。
馬から降り、数人の兵士が町の中へと入って来る。
部隊の長らしき先頭の兵士に、町長が歩み寄る。
「ワタシは王都より派遣されてきた兵士達を預かる部隊長だ。アナタがこの町の長だろうか?」
「いかにも、ワタクシめが、この町の長を務めさせて頂いております。つきましては、この町に何か御用でありましょうか?」
「この町というか、街道の警備を言い付かって参った次第。何でも、アンデッドが目撃されたとの報告があったのだ。この町の周囲に焚火のような痕跡が散見されたが、大事なかったか?」
「左様でございましたか。丁度昨晩、襲撃に見舞われたばかりでございます。頃合い良く、冒険者様方のご尽力により、九死に一生を得たところでございます」
「そうでありましたか。ご無事で何より。冒険者の方々は、この町に滞在なされるのですかな?」
「いえ、それが残念ながら、荷馬車の護衛にと雇った方々でして。近々王都方面へと出立せねばなりません」
「成程。それはご心配も募りましょうな。王都からは、各町に兵士を駐留させるようにも言い付かっております。この町にも兵士を駐留させるのでご安心下さい」
「何と! それは真でありますか!? いやはや、ありがたいありがたい」
「これも職務です故、どうか顔をおあげ下さい。つきましては、一つお願いがございまして。兵士の駐屯場所をご提供願いたい」
「それはもう、是非もありません。すぐにご用意いたしますので、少々お時間を頂きたい」
「よろしくお願いいたします。では、駐留させる兵士以外を連れ、ワタシは先を急がねばなりません。これにて失礼致します。後の事は、残してゆく兵士にお尋ね下さい」
「はい。畏まりました。お勤め、お疲れ様でございます。皆様方の道中のご無事をお祈り申し上げます」
「かたじけない。では、これにて失礼」
部隊長は、そう言って踵を返すと、町の外へと歩み去って行く。
町の外では、10名程の兵士が馬から降り、荷を解いている。
どうやら彼らが、この町に駐留する兵士達のようだ。
残りの兵士達は、戻った部隊長らしき人物の号令に従い、王都とは反対側へと馬で走り去っていく。
突然の事態ではあったが、一応防衛戦力は補充されたようだ。
とはいえ、昨晩の襲撃の規模と照らし合わせると、10名程の兵士だけでは対処しきれないだろう。
正直、王都の兵士の強さは大したことは無い。
冒険者で言えば、良くてBランク相当といった程度だ。
恐らく、先程の部隊長がBランク、他はCランクぐらいだろう。
これでは、当てにならない。
アンデッドに対して有効な手段となれば、火を用いるのと、足を狙う事。
防衛戦力が乏しいとなれば、町を簡易的な要塞化するしかない。
町の周囲に土を積み上げ壁を作り、その外側の地面を削り、堀を造る。
そうすれば、土壁の高さ不足を堀の深さで補える。
堀にハマった敵を火責めにすれば、人的被害も抑えられるだろう。
その辺りの事を、先程の部隊長に伝えて、実施して貰えれば話は早かったのだが。
そうそう上手く事は運ばない。
すぐの出立を諦め、残った兵士に話を持ち掛ける事にした。
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