70 元勇者の魔王、曲技
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
意識が急速に浮上する。
目を開けると、窓から差し込む明かりは茜色になっていた。
夕方まで眠り続けていたのか。
体に振動が伝わって来る。
馬車はまだ移動中のようだ。
窓際には、寝る前と変わらずに、ブラックドッグが外を眺め続けていた。
ずっと外を警戒し続けていてくれたのだろうか。
座席から身を起こす。
労うように、頭を撫でてやる。
目を細め、尻尾をパタパタと振っている。
機嫌は悪く無いようだ。
もっとも、基本的に不機嫌な時は無かったように思うが。
支配による影響か、妖精本来の気質故か。
元々が人間に非友好的な点を除けば、特段、機嫌が悪いという事は無いように見受けられる。
とはいえ、だ。
人間と妖精は、根本的に異なっている。
人間の判断基準で、いくら妖精を推し量ろうとも、勝手な押し付けや思い込みに過ぎない。
正確なところは、分かりはしない。
見た目がいくら犬っぽくても、犬ではないのだ。
まず、物は食べない。
栄養と言えるのかは不明だが、魔力を吸収し活動している。
霧化、実体化でき、サイズ変更も可能。
元々は霧状なのかもしれないが、黒い霧が集合して実体化でき、そのサイズもある程度変更できる。
目が赤く、体色は黒。
同じ特徴を有するのは、動物だとウサギぐらいか。
見た目に反して、重さは殆どない。
元が霧状だからか、質量も見た目通りではなく、恐らく、サイズを問わず一定なのだろう。
以前の4メートル時も同様だったかは不明だが。
スカルボアを踏み砕いていたし、質量を変化させる事も出来るのかもしれない。
魔物もそうだが、妖精もまた不明な点が多い。
同じ世界に生きる存在として、互いに理解し合う必要がある。
同じ場所で共に生きられずとも、互いに争い合う必要はない筈だ。
馬車が速度を緩め始めた。
町に到着したのだろうか。
窓から見える景色は、未だ平野が続いている。
町中ではない。
窓を開け、外を覗く。
進行方向には、確かに町が見えた。
そして、人間と魔物の姿も、だ。
現在進行形で戦闘中だった。
町の周囲を覆っている木柵の外側、大勢の人と魔物が戦っている。
まだかなりの距離はあるが、風に交じり、微かに怒号が聞こえてくる気がする。
悠長に眺めている場合ではない。
馬車の護衛をブラックドッグに指示し、箱馬車から躍り出て、町へと急ぐ。
町に近づくにつれ、戦況が明らかとなってくる。
魔物は、最近お馴染みとなったアンデッドの群れの様だ。
白骨化はしておらず、ボアやハウンドのゾンビらしい。
人間側が苦戦を強いられているようだ。
元々魔物の方が、人よりも身体能力に優れている。
それに加えて、アンデッド化した事で、痛覚を失くし、攻撃に怯むことなく襲い掛かって来るのだ。
応戦しているのは、どうやら一般人ではなく冒険者のようだ。
町の護衛として雇っていたのか、偶々居合わせたのかは不明だが、お蔭で未だ持ち堪えているようだ。
とはいえ、両者の均衡が崩れるのは時間の問題にも思える。
人間は怪我をすれば弱り、体力とていずれは尽きる。
時間が経てば経つほどに、人間側が不利になる。
勿論、俺が参戦出来なければ、の話ではあるが。
箱馬車の中で睡眠は取れた。
まだ魔力は完全回復には至っていないが、使う魔法を絞れば、あれだけの数相手でもいけるだろう。
敵は、見える限りでは、正面側だけで5体前後。
町を包囲しているなら、ざっと見積もって、4倍の20体程だろうか。
町の規模が比較的小さくて良かった。
もっと大規模であれば、全てをカバーするのは難しかったかもしれない。
≪光糸≫
光の中級魔法。
糸を、出来るだけ鋭く長くする。
狙うは足。
一番近くに居たアンデッドの足を切断する。
敵は四足。
足を失えば動きが鈍り、脅威度は激減する。
普通の魔物相手なら、頭を狙うべきだが、アンデッド相手には無駄だ。
頭部を失っても、動いてみせるのだ。
倒す手段は、全身を破砕しきるか、焼却か、聖魔法の浄化のみ。
トドメは他の冒険者でも可能だろう。
俺はアンデッドの足を最優先で狙っていく。
走る。
光糸を両手に一本ずつ発動する。
左右に対し、糸で斬り付ける。
町のすぐ手前まで到着する。
町の正面側は終わった。
残りは町の左右と反対側だ。
使った魔法は中級のみ。
魔力には十分余裕がある。
町中に向かって走る。
両手の光糸を束ね、棒状へと変化。
走る勢いをそのままに、棒を地面に突き立てる。
棒は撓り、真っ直ぐに戻ろうとする力を利用して、中空へと跳び上がる。
家屋の屋根よりも高く、町を俯瞰出来る高さまで高度を稼いだ。
光糸の棒を解き、魔力をありったけ込める。
両手の五指から光糸が発動する。
滞空する僅かの間。
敵の位置を補足し、光糸を放つ。
魔力量に応じて、伸びる速度も増している。
人間を巻き込まぬよう注意を払いつつ、10本の光糸が敵の足元を襲う。
落下が始まり、町の外が見えなくなる頃には、全ての敵の足を切断し終えていた。
すぐさま迫り来る地面。
いや、迫っているのは自分の方か。
光糸を手元に戻し、地面に向けて突き刺す。
鋭さを重視し、強度は脆くする。
すぐに地面に突き立った光糸は砕け、短くなった光糸が突き刺さる。
次々と砕け行く光糸。
だが、お蔭で落下速度はかなり軽減された。
ほど良い高さまで落ちてきたところで、魔法を解除し地面へと降り立つ。
中々曲芸染みた手法だったが、何とか上手くいったようだ。
町中に留まらず、再び町の外を目指して駆け出す。
先程は、あくまでも敵の足を切断したに過ぎない。
動きがかなり鈍ったとはいえ、アンデッドはなおも動き続けるだろう。
トドメを刺す必要がある。
町の外、まだ冒険者が戦っている場へと戻って行った。
結果的に、被害は極めて軽微に抑えられたようだった。
数人が軽い怪我をしただけで、命を落とした者は居なかった。
勿論、俺の魔法に巻き込まれた者も居なかった。
アンデッドは全て火を付けて処理した。
流石に、光炎を使用するには敵の位置がバラケ過ぎていたので、一体一体、確実に松明で燃やしていった。
町の周囲、そこかしこで火が付けられる。
日が沈むにつれ、不謹慎ながらも、どこか神秘的な光景に映った。
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