65 元勇者の魔王、食後の運動 【修正】
23/04/12 全体を加筆修正
見慣れぬ場所で目覚めを迎えた。
カーテン越しですら、温かな光を感じられる。
上体を起こすと、腹から何かが転げ落ちてゆく。
反射的に手を伸ばし、ベッドからの落下を防ぐ。
今の衝撃で起こしてしまったのか、可愛らしく欠伸をしてみせるのは、小型化したブラックドッグ。
膝上に乗せ直し、状況の把握に努める。
王都を離れてからというもの、毎回違う場所で眠っている気がする。
昨日は確か……そう、街道の宿場で一泊することにしたんだったか。
昨日のうちに次の町へと到着していたはずが、野盗騒ぎに巻き込まれたことにより、足止めを食ってしまった。
ああした連中は、何も昨日今日現れるようになったわけではない。
ないが、あれほど大勢なのは珍しい。
それだけ多くの者が、職にあぶれているということなのか。
魔王を倒したなら、全ては良くなると思っていたのに。
一応の平和が訪れても、変わらずに強いモノが弱いモノを虐げ続けている。
人も魔物も、ともすれば妖精すらも関係なく。
変わっていない、変わってなどいなかった。
であれば、問題となっているのは、魔物の有無ではなく、人の在り方。
平和を願っている。
誰もがそうであると信じたい。
いや、信じるならば、どうして争いが絶えないのか。
人によって、理想とする平和の姿が異なっている?
自分の考える平和とは何だろう。
痛み、苦しみ、渇き、飢え、恐怖。
そういったモノを感じずに済むこと。
他者に、他の存在に、感じさせずに済むこと。
他の人は、どう考えているのだろう。
もしも、全員が全員、違う考えならば、平和とはその実、独り善がりに過ぎない。
仲間ならば、どう考えるだろう。
秘書さんなら?
母さんは? アイツは?
魔物は? 妖精は?
どの平和を実現すればいい?
そもそもが、実現できるのか?
分からない、分かるわけがない。
立ち行かなくなった考えを散らすべく、頭を左右に振る。
眠りにつく前の思考に引きずられでもしたのか、朝っぱらから益体もないことを考えてしまった。
何かを倒せば解決するなんて、単純な話ではない。
きっと、王子を倒しても変わらない。
秘書さんに言われたではないか。
自分に求められているのは、助けること。
今助けるべきは、連れ去られた魔物たち。
他事を考えて、再び立ち止まってしまっては駄目なんだ。
食事を済ませて、馬車に乗って。
次の町に着いたなら、仲間に手紙を出さないと。
やることがある。
さあ、動こう。
宿で朝食を済ませた後、宿場の人々から改めてお礼を述べられつつ、馬車に乗り込み出発する。
昨日に引き続き、窓から外を監視しておく。
宿場の人々に対し、アンデッドが付近に現れる可能性があることを伝えてはおいたものの、反応が鈍かったことが少々気に掛かる。
アンデッド自体、あまり理解できてはいない様子だった。
冒険者でもなくば、認知度は低いのかもしれない。
必然的に、有する危険性についても。
動物や魔物とは違う。
知性や本能、体力という概念すら持ち合わせてはいない。
恐れを抱かぬため、追い払うことも叶わない。
ひとたび標的にされてしまったなら、下手な行動は命取りになってしまう。
十分な戦闘力を有しているならば、討伐もできよう。
でなくば、逃げるか隠れる他ない。
与えられている命令如何では、隠れるという選択は有効となり得る。
何故ならば、相手は知性を有してはいないのだ。
臨機応変に、などと言う器用な真似、できようはずもない。
あの宿場であれば、一階の全ての出入り口を閉ざし、立て籠もれば事足りる。
とはいえ、成否はアンデッドの大きさにも因るわけで。
家ほどもある個体であれば、突撃されて終わり。
それらを踏まえて、小さければ立て籠もり、大きければ逃げるよう、助言はしたんだが。
現状、彼らの安全よりも、帰郷を優先してしまっている。
襲われている状況であれば見捨てはしない。
一方で、襲われていない状況にあって、それでも対処しようとまでは思えずにいる。
薄情……なのだろうか。
助けることを求められている。
応じることを拒むつもりはない。
それでも今は、より気掛かりなことがある。
見知らぬ誰かのことよりも、故郷の母さんのことが心配で堪らない。
ずっとずっと、顔を見せるどころか、手紙すら送ることもしなかったくせに。
流れゆく風景に、異常は見受けられない。
王都周辺と同じく、この辺りにも魔物の影も形もありはしない。
できることなら、もう何も起こらないでくれれば、それに越したことはないのだけれど。
思考を切り替えよう。
考えておくべきは、今後の行動について。
早ければ昼過ぎ、遅くとも夕方には、次の町へと到着できるはず。
宿を取ったら、できるだけ早く冒険者ギルドに行かないとな。
遅くなればなるほど、情報の鮮度は落ちてしまう。
手紙が届く前に、王都が襲われでもしたら意味がない。
昨晩、手紙は認めておいた。
冒険者ギルドで新たな情報が得られなければ、そのまま配達依頼を出してしまえる。
何か情報があれば、その場で書き足せばいいだろう。
Cランクであれば、どの町にも多少なりとも滞在しているもの。
今日中は無理でも、明日には依頼を受けてくれれば。
おっと、忘れていた。
確か、魔物を警戒して、王都への往来が途絶えていたような。
普通に依頼しただけでは、直前の町で足止めを喰らいかねない。
用意してもらったお金は、魔法使いの転移を当てにしないためか、往復分に加えて、多少の余裕がある。
ここは、報酬額を上乗せしてでも、確実に届けてもらおう。
指定がない場合、依頼は全て成功報酬となっている都合上、報酬だけを持ち逃げされる心配もあるまい。
より確実を期すならば、もっと高いランクへ依頼を出すべきなのだろうが。
王都ならまだしも、他の町にそうそう都合よく、Bランク以上の冒険者が滞在している保証はない。
肝心の依頼を受ける者がいなくては、何の意味もありはしない。
ああ、けどせめて、移動手段は馬に限定するとの条件を付け加えておくぐらいは構うまい。
ここまでして、王都で何も起きなければ、後で仲間たちから、無駄遣いを咎められそうだけれども。
頭の切れる魔法使いのことだ。
アンデッドへの警戒ぐらい、既に察して行動しているかもしれない。
彼女は常に先を見据えて行動する。
無駄を嫌いこそするものの、こと情報に関しての貪欲さは群を抜いていた。
より正確には、知識と言うべきか。
しかも、一度見聞きしただけで、殆どの物事はすっかり記憶してしまう。
旅に際し、どれだけ彼女に助けられたか知れないほど。
いつも口喧嘩の絶えない戦士でさえ、彼女の知識と分析力には一目を置いていた。
だからこれも、杞憂に終わる気がしないでもない。
まあ、それならそれで構わない。
事前に手紙を送っていたとはいえ、碌に相談もせず、魔物保全機関のことを頼んでしまった。
機関の諸々に気を取られている可能性も、皆無というわけではないだろう。
あー、いや、読書や実験のほうを優先してる可能性のほうが……。
うん、やっぱり注意喚起は必要だ。
街道をすれ違う人や馬車が数を増す。
窓から仰ぎ見る陽は、中天からは幾分傾いた位置。
流れゆく風景は、相も変わらず平野ばかり。
記憶が確かなら、大きな町はこの辺りまでのはず。
さらに南進すると、景色は一変することになる。
見渡す限りの田畑。
町と呼べる規模のものは無くなり、小規模な村や集落が点在している。
故郷があるのは、そのさらに南。
平地から丘陵に変わり、すっかり山々に囲まれるようになれば、そこが故郷だ。
成長するにつれ、次第に強まる力。
魔物も寄り付かぬような山奥で、持て余していた。
そうして遂に、勢いに任せて故郷を飛び出した。
母を置き去りにして。
アイツから逃れるように。
お世辞にも旅なんて上等なモノではなかった。
振る舞いは獣のそれ。
ただ必死に生き抜き続ける日々。
襲い来るならば、動物も魔物も人も、情け容赦などせず。
飢えに耐え兼ねれば、こちらから襲い掛かって。
当初、何の目的地も定まってはいなかった。
独りで生き抜くこと。
ただそれを目的としての愚かな行動。
今にして思えば、勇者の力はもとより、感情の抑制こそが短絡的な行動を可能としていたのだろう。
王都を目指す切っ掛けとなったのは、冒険者によって捕縛されたときのこと。
そう、保護ではなく捕縛。
悪名というわけでもないが、恐ろしく強い子供が、野に潜んでいるとの噂が広まっていたらしい。
冒険者。
人々を魔物という脅威から守る存在。
憧れは、しかし抱けなかった。
捕縛された理由は、俺の身を案じてのことではなく、自分たちの獲物が横取りされるのを嫌ってのこと。
結果的に人々を守っていただけで、志は一様に低い。
俺と同じ。
皆、自分が生きることに必死なのだ。
違いは単に肩書のみ。
そう何度も捕らわれては堪らない。
冒険者になりさえすれば、好き勝手に振舞える。
そんな安易な考えから、王都を目指すことにした。
もし仲間たちに出会わなければ、今の自分には成り得なかったに違いあるまい。
どこぞで野垂れ死ぬか、さもなくば、今もまだ彷徨っていたなんて可能性だって。
と、緩やかに馬車が停まったことで、思考が中断された。
いつの間にか、町へと到着したようだ。
町を囲む石造りの外壁。
まず感じたのは、その低さ。
王都や一つ前の町は三階建て相当はあったのだが、此処は二階建てほどしかない。
門を通過する際に見た壁の厚みも、一回りほど薄く感じる。
壁内は、何となくこじんまりとしている印象。
表通りに軒を連ねる建物は、店よりかは民家のほうが多い。
道行く人々の数はと言えば、街道で見かけたほどではない。
この町の住人たちは、いったい何を稼ぎとしているのだろう。
町の周囲は未だ平野であり、田畑は無い。
街道の人出といい、店の数まで少ないとなれば、王都などへ出稼ぎとかか。
ただでさえ数の少ない宿屋。
簡素な厩舎を備えた宿を取れたのは僥倖と言えよう。
例によって、御者と同じ宿に泊まる。
勿論、別々の部屋で。
荷物を部屋に置き、手紙とペンを取り出す。
予定を立てたとおりに、冒険者ギルドへ赴き、用事を済ませておきたいところ。
ではあるのだが、前回、食事を後回しにしたことで、朝食を取り損ねたばかり。
もしまたアンデッドの目撃情報があったら、その足で捜索することになるだろう。
依頼の多くは朝に受けられてしまうため、昼を過ぎた今からでは、急いだところで結果は変わらないようにも思える。
腹が減っては何とやら。
自分の食事の前に、まずはブラックドッグに魔力を与えておく。
黒い毛に覆われた体が、淡く光を帯びる。
こうして魔法ではなく魔力を扱うことにも、少しは慣れてきた気がする。
霧状に変化させ、ローブの下へと入ってもらう。
宿を取る際、道を挟んだ反対側に、食堂らしき店が見えた。
食に拘りなどないため、近場で済むのは有難い。
宿を出て、そのまま通りを横断した先にあるのは、一階建ての横長な建物。
格式ばった風ではなく、大衆向けといった雰囲気の店。
店内に入り、案内に促されるまま席に着く。
注文は選ぶまでもない。
冒険者たるもの、早く安くが基本。
元々、味に頓着するほうではない。
最近はともかく、数年前までならば、遠出する冒険者は数多くいた。
何でも食べれなければ、旅など続けられるはずもない。
流石に戦士みたく、虫まで食べる境地には至らなかったが。
冒険において、油断は禁物。
いつ何時、敵に襲われるとも限らない。
休憩、食事、排泄、風呂、睡眠。
誰に教わらずとも、必要最低限のことは最短の時間で行えるように、自ずとなってくるもの。
作業のように淡々と食事を済ませる。
僅かな違和感。
店内は煩いということもなく、程々の賑わい。
だというのに、妙に静か過ぎるような気がしたのだ。
……ああそうか。
独りでの食事は、ここ最近では珍しいこと。
魔物保全機関が完成するまでは、よくスライムを連れて山に赴いてた。
またあのような日々を送れればいいな。
この町では、二階建ては珍しいらしい。
冒険者ギルドは珍しく一階建て。
王都に比べれば、単純に四分の一の規模。
外観からは、威容など微塵も感じられない。
他と変わらないのは、常に扉が開け放たれていることぐらい。
屋内に入れば、正面にはカウンター。
見慣れた造り。
他の冒険者の姿は無い。
元々利用する者が僅かなのか、昼過ぎ時だから出払っているのか。
空いていることに不満などあるはずもなく、カウンターに歩み寄る。
いつもの遣り取りを済ませ、魔物に関する依頼が無いか確認する。
幸か不幸か、特に何もないようだ。
一応、前回の町で、アンデッドらしき目撃情報があったことを報告しておく。
手紙に加筆すべき情報は無かった。
手紙と依頼料を渡し、王都への配達依頼の手続きを済ませておく。
懸念していたアンデッドの情報も得られず、冒険者ギルドを後にすることとなった。
さて、宿屋の夕食まで、まだ随分と時間が余ってしまっている。
また、町の周辺で、ブラックドッグと散歩でもしようか。
「──化け物だぁ! 化け物が現れたぞぉ!」
そう思っている矢先、誰かの叫び声が辺りに響き渡った。
化け物。
今度は野盗ではないらしい。
「兵士でも冒険者でも、誰でもいい! 腕に覚えのあるヤツは、手を貸してくれ!」
手を貸せと言うからには、声の主も冒険者か何かだろうか。
その割に、魔物とは言っていないのが気に掛かる。
魔物ではなく化け物。
混乱しているのではなく、敢えての表現ならば、いったい何が迫っているか。
得られる情報を得ずに行動するのは馬鹿のすること、とは魔法使いの言だったか。
ただそれも、時間に余裕があれば可能なこと。
危急の折には、そうも言ってはいられない。
次の予定は決まった。
その化け物が何なのか、確かめねばなるまい。
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