64 元勇者の魔王、連携 【修正】
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
23/04/05 全体を加筆修正
空腹を感じ始めたころ、馬車が緩やかに停車した。
町に到着するにしては早過ぎるはずなのだが、食堂と思しき建物が、窓越しにも確認できている。
御者に促され馬車を降りる。
見れば、建っているのは一軒だけではない。
食堂の他に、酒場や宿屋もある。
まるで、町の1区画をそのまま持ってきたような造り。
御者の話によると、近年、街道沿いに、こうした宿場が増えてきているんだとか。
ぐるりと見回してみても、外壁などは見受けられない。
魔物や動物への備えは、どうしているのだろう。
こちらの様子から察したのか、御者が付け加えてくれた。
基本的には自衛であり、何かあれば定期的に巡回を行っている兵士や、宿場を利用しに来た、荷運びの護衛依頼などを受けている冒険者を頼っているとのこと。
少々どころか、かなり危機意識が低い気がする。
だがしかし、こうした施設が増えているというならば、それだけ魔物と遭遇しなくなったということなのか。
とはいえ、発見が叶わなかったアンデッドの件もある。
きちんと周知されているか不明瞭ではあるし、一言、警告ぐらいはしておくべきだろう。
小型犬化したブラックドッグを腕に抱き、食堂へと足を踏み入れる。
外に幾つか馬車が停まっていたことから、それなりに賑わっているとは予想していた。
ところが、明らかに馬車に収まる以上の人数で賑わっており、食堂どころか酒場ですら席が埋まっていた。
それとなく聞き耳を立ててみた感じでは、殆どが護衛を請け負った冒険者のようだ。
馬車には当然、荷物が載せられているはず。
であれば馬車には乗らず、徒歩で随行したことで、馬車との人数差がこれほど生じているのだろう。
にしても、多過ぎるとは思うが。
随分とガラが悪い。
ついでに行儀も。
余程に腹を空かせているのか、店中の食料を食い尽くさん勢いだ。
その煽りを喰らい、席に着くどころか、軽食を購入することも叶わなかった。
残る食事の当ては、宿屋のみ。
無理を承知の上で、食事だけ提供してもらえないか交渉してみる。
有難いことに、すんなりと快諾してもらい、ようやく人心地つくことができた。
後は、ブラックドッグの食事を残すのみ。
馬車内で魔力を与えることもできるが、退屈していた様子のブラックドッグに、多少なりとも運動させてあげたくもある。
御者に一言断りを入れ、腹ごなしも兼ねた散歩へと向かう。
にしても、宿場か。
変われば変わるものだな。
ほんの数年前までは、街道沿いと言えば、冒険者の夜営場所となっていた。
態々冒険者ギルドで依頼を受けずとも、護衛や魔物討伐などがひっきりなしに行えたのだから。
治安は言わずもがな、悪臭はそれはもう酷いものだった。
人や馬の排泄物、魔物や動物の死骸などは、埋められることもなく野晒しのまま。
たむろする冒険者は水浴びすら惜しみ、すえた臭いを漂わせていた。
敢えて遠回りし、危険を犯してでも、街道を避ける者たちが後を絶たなかった。
それが今やどうだ。
何も気にせず、馬車の窓を開け放っていられたほど。
魔物が現れなくなっただけでなく、人々が協力し合って、環境を整えたであろうことが窺い知れるというもの。
王都に滞在し続けるだけでは、決して気付き得なかった変化。
変わったのではなく、変わろうとしている。
歩みを止めることなく、より良くあろうと。
また数年もすれば、この宿場が集落や村ぐらいの規模にまで発展しているかもしれない。
かつての姿など、思い出せないほどに。
ふと我に返ると、意図せず足を止めていた。
視線を巡らせると、少し離れた場所をブラックドッグが駆け回っている。
この変化の中に、魔物も妖精も含まれてはいない。
そもそも妖精は、その存在すらも認知されていないに違いあるまい。
この世は人のみが生きるにあらず。
住み分けか、共存か。
ただ漫然と時を過ごしているだけでは、選ぶこともできなくなってしまう。
今後の魔物保全機関の活動が、助けとなれるように。
まずは王子を見つけ出して倒す。
魔物を助け出したその後は……その後は……どうするつもりなんだ?
元勇者として魔物を倒すのか?
いいや、それだけはすまい。
これ以上、無為に命が失われるなんてこと、あってはならない。
ならば、現魔王として魔物を率いるのか?
支配を使い、相手の意志を無理矢理に操って?
生きていることと、生かされていることは、全くの別物ではないか。
そんな身勝手な真似、できるわけがない。
思考が鈍い。
頭が重く感じる。
今、これ以上考えたところで、適切な答えは導き出せそうにない。
明日の自分なら、明後日の自分なら、もっともっと未来の自分であれば、どうにかしてくれると信じたい。
今はまだいい。
けれどもいつかは、決断しないといけないことなのだから。
魔力を与え終え、ひとしきり運動したブラックドッグと共に馬車の下へと戻る。
ある程度まで宿場に近付くと、何やら騒々しいことに気が付いた。
意識を集中する。
聴こえるのは、複数の大声に物音。
魔物が現れた……にしては戦闘音がしなさ過ぎる、か。
血の臭いもしない。
感じられるのは、雑な気配ばかり。
暴れているのは人なのか?
建物の陰から様子を窺う。
「──おい! ちんたらしてねぇで、とっとと馬車に詰み込みやがれ!」
「偉そうに指図してんじゃねぇ! テメェも口だけじゃなく体を動かせってんだ!」
「急げ急げ! 兵士が見回りに来る前にずらかるぞ!」
「おらぁ! 出すもん出せや! 隠してると分かれば、容赦しねぇぞ!」
連想されるのは野盗。
しかし随分と数が多い。
流石にこれだけの人数の接近に、気が付かなかったとは思えないのだが。
「──ったく、いつまで飲み食いしてるつもりだ!? 胃袋じゃなく馬車に運べってんだよ!」
「うるせぇ! こちとら数日ぶりの食事なんだ! 邪魔すんなら、ただじゃおかねぇからな!」
……ああ成程、そういうことか。
ガラの悪そうな護衛連中は、その実、荷や食料を奪うことが目的だったわけだ。
冒険者くずれか、そもそも冒険者ですらなかったのか。
悲しいかな、平和になってもこうした連中が途絶えることはないらしい。
自分の利用してきた箱馬車を含め、他に5台ある馬車も全て、連中に掌握されてしまった様子。
対して、連中は30人ほども居る。
荷物を載せるのであれば、全員が乗り込められはすまい。
となれば、より厄介なのは馬車に乗った者たちのほう。
一方向ならまだしも、散り散りに逃げられては、捕えきれる自信は薄い。
お金こそ持ち出していたものの、荷物は馬車の中。
皆が折角用意してくれた餞別なのだ。
みすみすくれてやるつもりは毛頭ない。
ここは、魔法を頼みとするしかなさそうか。
夜闇であれば目くらましも有効だったろうが、今は生憎と曇ってすらいない日中。
搦め手よりかは、直接制圧するほうが無難。
であれば、必要なのは制圧速度。
全員が店外に出たタイミングで、一気に決めるのが得策なのだろう。
懸念すべき点は2つ。
人質を取られた場合と、足並みを揃えず出発された場合。
馬車を動かせないように、先んじて手を打ったほうがいいか?
いざ弁償となった場合に困りそうだが。
ふうむ、どうしたものか。
と、足元にじゃれついてくるブラックドッグに目がいく。
ブラックドッグが突然現れれば、さしもの連中も混乱をきたすはず。
その間隙を突けば……。
いやしかし、そもそもブラックドッグが同行しているのは、魔法使いの指示によるもの。
何もそんな危ない真似をさせるためではない。
ないのだが、この場に残しておいて、無事に済む保証など、いったい誰がしてくれるというのか。
思い起こされるのは、連れ去られてしまった魔物たち。
目を離してしまったなら、二度と会えないのではないか、と。
たちまち生じる不安。
もう何も、誰も、失いたくはない。
その場にしゃがみ込み、ブラックドッグに触れ、小声で語り掛ける。
「決して傷付けさせはしません。ですからどうか、力を貸してください」
悩み抜いた末に選んだのは、共に戦うこと。
連中に指の一本たりとも触れさせることなく、制圧してやろう。
ブラックドッグを伴い、連中に気取られぬよう建物の屋根に上る。
狙うは、全員が外に出るか、出発しようとする直前。
店の誰を襲おうとしたなら、すぐにも。
視線を悟られぬよう、僅かに外し、俯瞰視点で監視を続ける。
同時に、気配を抑えてもおく。
ここまでするほどの手合いではなかろうが、念には念を入れて。
そうして機会は訪れる。
続々と馬車に連中が集まってきた。
出発の掛け声と同時、ブラックドッグを抱きかかえ、建物から連中の下へと飛び降りる。
「──うおっ!?」
「何か降ってきたぞ!」
「馬鹿野郎! 構うな! さっさと出発しねぇか!」
生じた混乱は、ほんの僅か。
逃がさぬよう、まずは魔法を見舞う。
≪恐怖≫
闇魔法の初級。
全員を範囲内に収める。
当然、馬も巻き込んでしまうが、逃亡を阻止するためにはむしろ必要なこと。
間断なく次の行動へ。
腕の中からブラックドッグが跳び出すと、小型サイズから、2メートルの大型サイズへと見る間に変化すると、咆哮を放ってみせた。
「ま、ま、魔物だぁ!」
「ひいぃっ!? く、来るな! 来るんじゃねぇ!」
魔法により助長された恐怖が伝播してゆく。
怯えたのは人だけに限らない。
「ちっ、馬が!? このクソが! 暴れるんじゃねぇ!」
逃げ出そうにも、膝が笑って走ることもままならない様子。
馬は激しく嘶き、後ろ足立ちをして、前足を振り上げ暴れている。
人も馬も、目論みどおりに混乱をきたした。
この機を逃しはしない。
脚力と腕力に任せ、次々と連中を気絶させ、一箇所に詰み上げてゆく。
≪光牢≫
光魔法の中級。
最後に魔法で全員を拘束し、終了だ。
余計な騒ぎになる前に、ブラックドッグに再び小型化してもらう。
程なく、恐る恐るといった様子で、店員や商人たちが外へと出てきた。
連中を捕えたことを伝えると、口々に感謝を述べられた。
商人と店員とが協力する形で、奪われかけた荷物や金品を整理してゆく。
俺はと言えば、引き続き連中の拘束に従事するのみ。
幾つか拘束用にと縄を借りられもしたが、全員を縛りあげるには、如何せん数が足りない。
そうして連中の処遇をどうしたものかと考えあぐねたいた折、馬に乗った巡回中の兵士が2人、通りがかってくれた。
連行するにも人数が多過ぎたため、急ぎ応援を呼んで来てくれることに。
護衛を失った商人のうち、荷の整理のついた者が、兵士に同道して去って行く。
宿場に足止めを余儀なくされたまま、結局、兵士が応援を連れて戻ってきたころには、とっくに日が沈み切っていた。
ようやく連中の捕縛する任から解放されたものの、御者曰く、今から次の町へ移動しては、王都を出立した時のように、朝か昼頃の到着となってしまうとのこと。
宿場の人たちから、せめてものお礼にと料理を振舞ってもらい、一泊してゆくことになった。
宛がわれた、宿屋の一室。
呼吸に合わせ上下するのは、定位置とばかりに、腹の辺りに丸まっている黒い影。
眠りにつく間際に、今日起こった出来事を思い返す。
様変わりした街道。
新たな生き方を始める者と、そうではない者。
結局のところ、連中が冒険者だったのかも不明なまま。
ブラックドッグを魔物と判じてみせたものの、襲うでもなく怯えてみせた様子からして、冒険者を騙った野盗の可能性が高いだろうか。
商人の護衛という仕事では、食い繋げはしなかったのかな。
王都でも感じたことだが、魔物が減少したことで、人による犯罪が増えてきている気がする。
それも、冒険者に関連して。
良い傾向などでは、当然無い。
自分も、彼らも、冒険者以外の道を模索しなければならない時期に来ている。
魔物保全機関が、自分にとっての新たな道になってくれればいいのだけれども。
未だ仕事らしい仕事をこなせてすらいない。
けれど、自分がやり始めたことなのだ。
秘書さんや学者くん、そして仲間たちまで巻き込んでまで。
今のような中途半端な状態で、投げ出すなんてこと、できるはずもない。
願わくは、魔物たちや妖精と共に。
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