63 元勇者の魔王、懸念事項 【修正】
23/04/02 全体を加筆修正
町の外へと散歩に赴くと、例の兵士にとても嫌な顔をされてしまったものの、受付嬢からの警告が効いたのか、特に絡まれたりはしなかった。
沼以外の方向に足を延ばしてもみたが、何かを目撃することもなく、本当にただの散歩となってしまった。
思いっきり駆け回れたことで、ブラックドッグがご機嫌そうなことが、せめてもの救いかな。
そのまま何事もなく、一晩が経過。
お弁当に比べ、やや見劣りする朝食を終えると、再び馬上の人ならぬ馬車の人となった。
車窓から吹き込むひんやりとした空気が、徐々に熱を帯びてきているのを感じる。
今日もよく晴れそうな陽気。
耳が捉える音は、この馬車のモノだけではない。
王都からの道中とは異なり、こちら側では人や馬車の行き来があるようだ。
果たして、昨日、受付嬢へと伝えた警告は、近隣の町村へと伝わっているのか疑わしいほどに。
流れゆく風景は、ひたすらに平野が続く。
魔物の姿はおろか、動物の影すら見かけやしない。
まるで街道以外の時が止まっているかのよう。
平和。
咆哮も、怒号も、悲鳴も、絶叫も、怨嗟の声も、助けを求める声も、全ては幻聴に過ぎず、今あるのは、馬や人の立てる、極々普通の環境音のみ。
ほんの数年前とは大違いだ。
変わった、それも劇的に。
あれだけいた魔物や冒険者は、今や見る影もない。
何とも奇妙な感覚。
手を強く握り締めることで、これが現実なのだと、どうにか確かめられる。
王都を少し離れただけで、途端にこの有様とは。
……いや違う、そうじゃない。
落ち着きがないのは、王都を離れたことが理由なんかじゃなくって。
きっと故郷へと近づいていることが、そうさせているんだろう。
頭を振り、無理矢理に思考を切り替える。
昨日遭遇できなかった、正体不明の存在。
情報どおりならば、アンデッドのはず。
であれば、気配を察知はできないのだ。
ぼうっと外を眺めている場合ではない。
もっと視覚に注意を払わなければ。
発見次第、退治しておくべきだ。
相手は既に死した存在。
容赦する必要はない。
相手がアンデッドと仮定して、王子の目的とはいったい何なのだろう。
王都の占領を目的としていたはず。
なのに何故?
こちらに仲間が合流したことは、向こうも承知の上。
単純に考えるならば、戦力の増強か。
魔物の支配に加え、アンデッドによる死兵。
かつて戦った魔王とは違い、魔物をアンデッド化することにも躊躇はないのだろう。
それこそ、支配した魔物全てをアンデッド化することだって──。
いや、今それを考えても仕方がない。
攫われた魔物たちを助けたくば、王子を見つける他あるまい。
だからこそ、王子の目的を看破する必要がある。
アンデッドには、当然、元となる体が必要となる。
無から有は生み出せない。
蘇ったりもしない。
ただ、骸が動くのみ。
沼で目撃されたのがアンデッドで間違いないのであれば、周囲にあった林の中か、沼に沈んでいた死骸があったのだろう。
アンデッドとは、魔王が生み出し操る、文字どおりの死兵。
自我など無く、命令どおりに行動するだけの傀儡。
自壊を厭わず揮われる力は、生前より何倍も強い。
元となったモノが、人であれ、動物であれ、魔物であれ、ひとたび遭遇すればただでは済むまい。
目撃者が生還できたということは、人を襲う命令を出されてはいなかった?
では、命令の内容とは何だ?
人を襲わず居なくなる。
町へも向かっていない。
命令にただ従うだけのアンデッド。
命令は遂行された、あるいは、今なお遂行中。
王都への再侵攻を想定し、戦力を増強しているならば、少数で運用などすまい。
王子は転移が使える。
各地を巡り、アンデッドを生成・回収しているとか……?
俺とは違い、複数に対して支配が使えるのだから、魔物を集めてもいるのかもしれない。
魔物への支配であれば、神級魔法で解除は可能。
目撃していた王子とて、理解はしたはず。
王都襲撃時、率いていたアンデッドはスカルドラゴン1体のみ。
元々、アンデッドを増やしていたのではなく、ここにきて増やすつもりになったとするならば。
俺たち──いや、俺への対抗手段のつもりか。
率いているのが魔物のみであれば、神級魔法で以て支配を解除し、まとめて無力化できよう。
其処に大量のアンデッドまで加わったならどうなるのか。
まず間違いなく、アンデッドは支配を受けた存在ではない。
元となっているのは、骸なのだ。
其処らに落ちている石と同じ。
支配を施したからといって、動き出すはずもない。
つまりはアンデッドに対しても、何かしらの対処をしなくてはならなくなる。
有効なのは、物理的な破壊や焼却、あるいは聖魔法による浄化。
神級魔法の負荷は、この間味わったばかり。
連発どころか、使用後の戦闘継続すらも困難なほど。
魔物の解放、アンデッドの掃討、そして王子への対処。
単独で行うには、荷が勝ち過ぎる。
そう、殲滅する以外の方法では、一度に解決することは不可能に限りなく近い。
かつての自分であれば、迷うことなく選べたはず。
デヴィル諸共、魔王城を消滅させたように。
けれども今は……。
長考を終える。
魔物だけでなく、アンデッドに対する備えが必要。
次の町にある冒険者ギルドで、今考えた内容を認めた手紙を、王都の仲間へと届けてもらうとしよう。
こんな事態を予想していたわけではなかろうが、手紙を出せるようにと、僧侶さんが幾つか用意してくれていた。
全ては憶測に過ぎない。
が、王都に知らせる価値は大いにある。
何せ王都には、聖魔法の使い手たる聖職者が大勢暮らしているのだ。
突然動くことは難しくとも、事前に知り得ていれば、相応の対処もできよう。
それに、魔法使いも居てくれる。
昔ながらのやり方でいこう。
情報を集めるのは自分や戦士で、考えるのは魔法使い。
折角、こうして王都を離れているのだ。
出来得る限り、情報収集に努めるとしよう。
今なお監視し続けている窓の外は、相も変わらず平野ばかり。
異常は見受けられない。
次の町に着くのは、夜頃だったか。
チラリと視線を車内に戻すと、向かいの椅子に寝そべったブラックドッグが、尻尾を力無く揺らしている。
暇を持て余している様子。
如何に小型化できるとはいえ、狭い車内で運動させるわけにもいかない。
見た目に反して、重さが伴っていないとはいえ、車内で動き回るのは御者にも馬にも迷惑が掛かるに決まっている。
御者も馬も、夜まで休まず移動することはなかろう。
昼時には、馬車を止めて休憩を取るはず。
可哀そうだが、もうしばらく我慢してもらうしかない。
意識が視覚から思考へとズレゆくのを感じる。
集中力が切れ始めたらしい。
かと言って、監視をやめるわけにはいくまい。
ただ少しだけ、気分転換でもしたいところ。
荷物から一冊の本を取り出す。
学者くんから貰った本だ。
妖精に関する記述を纏めた物とのことだったが。
本と外、両方が視界に収まるよう位置取りする。
熟読は宿に着いてからにするとして、軽く内容を確認するに留めおこう。
表紙を捲ってみると、章立てまでしてある。
妖精とは何か、妖精の種類、妖精の目的、妖精の住処、等々。
今まで見たことのある妖精は、一応、二種類になるのか。
1つはブラックドッグ。
もう1つは、かつて旅の最中で出会ったピクシー。
大きさは大人の手の平ほどで、見た目は人間をそのまま小さくしたに近しい姿をしていた。
大きさ以外での明確な差異と言えば、背に生えた半透明な羽。
羽が虫を連想させるのか、魔法使いが忌避していたのを覚えている。
人語を解し、結構なお喋り好きだったか。
精確な位置までは覚えていないが、深い森の奥にある緑色の泉に住んでいた。
最近思い出したことだが、緑色の水は、魔力を多く含んだ水だったらしい。
丁度、エーテルに近しい色味だったように思う。
妖精が魔力を糧としていることの証左と言えるだろう。
軽く目を通してみた限りでは、確かな目撃情報というよりかは、伝承についての著者の見解が述べられている形式が殆どのようだ。
妖精は、滅多に人前に姿を現すことは無いらしい。
例外的にブラックドッグのように、魔物と間違われる、人間に敵対的な妖精も居るようではあるが。
基本的には、人と関わる事無く暮らしている印象を受ける。
かつてピクシーと遭遇した際も、こちらから接触したわけではなく、向こうから接触を図ってきた。
当時は魔物が狂暴化しており、妖精もその被害に遭っていた。
助けを請われ、森に棲み付いた魔物を討伐したわけだ。
以来、ピクシーに出会ったことはない。
本には、招かれた者以外は、住処には立ち入ることができない、と記されている。
確かに、自分たちで見つけたわけではない。
いきなり森の風景が切り替わったような、そんな感覚だったように思う。
あれがつまり、招かれたということだったのか。
昔は、森で突然人が消えることがあった、とも記されている。
他人から見れば、妖精に招かれた人は、突然姿を消したようなものなのか。
まあ確かに、事情を知り得なければ、怪奇現象に他なるまい。
行方知れずとなった人の内、僅かながら帰還した人も居たらしい。
曰く、妖精に出会った。
曰く、頼みごとをされた。
曰く、頼みを聞き入れない場合は、二度と元の場所には戻れない。
割と妖精は容赦が無いらしい。
自分勝手というか、何というか。
魔法使いの性格によく似ている。
本に記された内容が事実だとすれば、妖精の頼みを断っていたなら、今もまだ、あの場所に閉じ込められたままだったりしたのか。
招かれなければ入れず、頼みを聞かねば出られぬ場所、か。
もしも本当に、この場所と妖精の住処を分け隔てているのなら、その力を利用すれば、危険な魔物を隔離することはできないだろうか。
強引な方法ではあるが、退治せずに済ませられるかもしれない。
隔離した中で互いに争いあう、なんて懸念も無くは無いが。
共存できる種類を見定めることができたなら、住み分けることも決して不可能ではなさそうに思える。
もっとも大前提として、妖精の協力が不可欠なわけだが。
……いや違う、そうじゃない。
それでは単に、魔物を人から遠ざけるために、妖精へと押し付けているようなもの。
共存とは、そういうことではないはずだ。
人と魔物と妖精。
無理に一緒の場所に住む必要などあるまい。
必要であれば干渉し、必要なければ不干渉。
互いに、適度な距離感を保つ。
同じ世界に生きるモノ。
争い合わずに済む方法を、どうにか見付けられればいいのだけれども。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




