62 元勇者の魔王、沼に潜む脅威 【修正】
23/03/31 全体を加筆修正
冒険者ギルドを出て、アンデッドが目撃されたらしい沼へと向かう。
よりも先に、再び宿屋へと戻る。
自室の荷物から籠手と短剣を装備し、他にも道具類をバッグに詰める。
次いで、御者の部屋を訪ね、自分が翌日も戻らないようなら、王都の魔物保全機関へ救援を求めるよう、頼んでおく。
宿屋の主人に沼の場所を尋ね、改めて宿屋を後にする。
目指す沼は、街道から外れた先、林の奥の湿地帯にあるとのこと。
「──おい、そこのキミ。そんな軽装で街道の外に出るつもりか? 悪いことは言わない。今はやめておいたほうがいいぞ」
外壁の門を出て、街道から外れようとすると、外を警備していた兵士から、そんな声を掛けられた。
改めて自分の身なりを確認してみる。
特に寒いわけでも、雨が降っているわけでもないのに、ぴっちりとローブを着込んだ状態。
僧侶さんから頂いた白銀の籠手や、秘書さんから頂いた短剣は、ローブの下に隠れているわけで。
冒険者とすら見なされてはいないのか。
「何でも、町の付近に魔物が出たらしい。未だ冒険者が討伐に向かう様子もない。何の用事かは分かりかねるが、急ぎでないなら、日を改めることを強くお勧めする」
「それって、沼の一件でしょうか?」
「何だ、もう知っていたのか。なら──」
「丁度、その沼に行こうとしていたところです。詳しい方向を教えていただきたいのですが」
「──おいおい、話を聞いてなかったのか? 今、行くのは危険なんだよ」
「ご心配には及びません。こう見えて、Bランクの冒険者ですから」
「Bランクだぁ? とてもそんな風には見えないが……まあいい、こっちとしては、討伐してくれるなら、誰だろうと構いやしないしな」
誰も向かっていないなら、こちらとしても都合がいい。
沼の方向を教えてもらい、今度こそ街道を外れて歩き出した。
目印となる林に向け、見晴らしのいい平野をひた歩く。
都度、周囲を見回してみるが、町周辺にはアンデッドはおろか、動物と思しき影すら視認できやしない。
魔物が減ったことで、動物が活動し易くなったかとも思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
その辺りの状況は、王都周辺とあまり変わらないのか。
しかし、よりにもよってアンデッドとは。
動く屍。
かつて戦ったのは、魔物ではなく人ばかりだった。
死者を冒涜する、忌まわしき外法。
そんな真似を、人である王子がしているというのか。
いや、既に王都に現れた際、スカルドラゴンを目撃してもいる。
王子がアンデッドを操っていることは、もはや疑う余地などない。
いったい、どれほどの範囲に対して、効果が及ぶモノなのだろう。
世界中に、なんてことは流石にないとは思うのだが。
もし仮に、視認できる距離までなのだとすれば、この町の近くに王子本人が潜伏している可能性すらある。
早期決着となれば、こちらも望むところ。
魔法使いからは、神級魔法を使用しないよう言い渡されているが、それも王子を相手にする時に備えてのもの。
王子本人が居るなら、余力を残す必要は無い。
全力で以て、この場で倒すのみ。
転移で逃げられる前に、最速で。
──いや待て。
連れ去られた魔物の所在を聞き出すことこそ、最優先すべきではなかろうか。
それとも、もう既に……。
いやいや、俺が諦めてどうする。
助け出すのだ。
王子を倒すのは、その後。
そう、それでいい。
歩みは早足へと変わり、遂には駆け足となって、林へと向かう。
空を見上げれば、日は位置を変え昼時が近づいていた。
空腹を覚える。
そういえば、朝食を取るのをすっかり失念していた。
当然、昼食の用意もない。
折角用意してもらった弁当はといえば、残念ながら置いてきた荷物の中。
王子が潜伏している可能性へと思い至り、冷静さを欠いていたらしい。
良くない兆候だ。
焦りは禁物。
冷静にならねば。
そう思いはするものの、足は速度を維持し続ける。
視線の先、ようやく林が見えてもきている。
何処だ、何処に居る。
昼間も近いというのに、林の中では霧が出ているようで、奥側までは見通せない。
道中、アンデッドの姿は見かけていない。
居るとすればやはり、奥にあるという沼付近なのだろう。
速度を落とし、林へと足を踏み入れる。
あまり人が訪れはしないのか、落ち葉が幾枚も積み重なり、地面を覆い尽くしている。
当たり前だが、アンデッドは非生命体。
生き物とは違い、気配を察知することは叶わない。
この落ち葉の下に隠れ潜んでいようとも、事前に察知できやしないのだ。
歩法をすり足に変え、踏み抜かないよう心掛ける。
警戒を強めつつ、視覚と聴覚を頼りに、薄暗い霧の中を進む。
耳が拾うのは、己が発する落ち葉を押し退ける音と、風で揺れる枝葉の音のみ。
鳥や動物が発する音が聞こえない。
気配はあるのに、だ。
俺を警戒しているのでなければ、息を潜めるべき理由が他にあることになる。
変化は足裏。
ぬかるんだ感触が返る。
水気を含んだ音。
落ち葉の下に薄く張った水。
心なしか、霧が濃くなった気もする。
沼は近そうだ。
木々が途切れ、霧が晴れる。
林の中に突然生じた空白地帯。
辿り着いたのは、目的地と思しき大きな沼。
霧が晴れているお蔭で、沼を一望できる。
だが、予想に反して、沼には何も待ち構えては居なかった。
アンデッドも、王子も、他の魔物ですら、影も形もない。
流石に視認性の悪い沼の中までは見通すことは叶わないものの、少なくとも王子は潜んで居ないのだろう。
ローブの内側に潜ませている、霧状になったブラックドッグからも、敵意に反応している様子は無い。
とはいえ、万が一ということもあり得る。
沼から距離を取りつつ、周囲を歩いてみよう。
ぐるりと一周してみたが、沼はもちろん、周囲の木々からも、何かが襲い掛かって来るということも無い。
試しに、足元にあった石を沼の中へと投げ込んでみる。
……特に反応は無い。
次いで、威圧を放つ。
全ての音が遠のく感覚。
……やはりと言うべきか、これも反応は無い。
発見から時間が経ち過ぎたことで、他の場所に移動してしまった後だったのか。
目撃したという情報自体、誤報だった可能性もあり得る、か。
しばらくその場で待機し、時折沼の中に石を投げ込んでみたものの、結局、何かと出くわすことはなかった。
訪れた時とは打って変わって、木々の間を駆け抜ける。
時間を無駄にし過ぎた。
身を焼く焦燥感が、加速を促す。
運悪く入れ違いになり、アンデットが町へと向かっている可能性に思い至ったのだ。
林の中では、相変わらず鳥や動物の鳴き声は聞こえてこない。
ジッと息を潜めているのを感じる。
俺以外の、警戒に値する何らかの脅威が、存在していたのだとは思うのだが。
今現在、沼に潜むモノが居ないことだけは間違いない。
何せ、光魔法で沼を攻撃してみたほどだ。
脅威となるべき存在は、この場には居ない。
しかし誤報というなら、生き物たちが警戒している理由が不明に過ぎるわけで。
思考が堂々巡りを続けてしまう。
思考を切り替えろ。
考えるだけ無駄。
分からないことは分からない。
可能性を潰してゆく他に、選択肢などないのだから。
ただ行動あるのみ。
そんな思考を余所に、体は動き続ける。
視覚──霧の影響により不明瞭なれど、脅威は認められず。
聴覚──脅威は認められず。
触覚──脅威は認められず。
気配──脅威は認められず。
全て問題無し。
脅威を、敵を、追い求める。
かつてそうしていたように。
前傾姿勢となって疾走を続け、林を脱した。
視界が開け、一面の平野が広がっている。
遮蔽物も無く、見通しの良い場所。
別段、先程と変わった様子は見受けられない。
町に帰り着くまで、油断は禁物。
アンデッドに気配は無いのだ。
俺の知覚から逃れて、既に町へと迫っている可能性は拭いきれない。
町への帰還を急いだ。
日が中天から傾き始めたころ、町の外壁が見えてきた。
遠目に見た限りでは、火の手などが上がっている様子は無い。
平野を抜け街道へ。
そのまま門を目指す。
と、町を出る際に話した兵士が目に付いた。
「──ん? キミは確か、沼に向かった冒険者! 無事で何よりだった。で、首尾のほうはどうだ? 戻ってきたってことは、もう魔物は討伐し終えたのか?」
「いえ、それが……沼にそれらしき存在は発見できませんでした。もしかしたら、入れ違いになって、町を襲っているかもと思ったのですが」
「ふうむ、であれば誤報だったのかもしれないな。おかしいとは思ってたんだ。今日日、とんと魔物の姿なんぞ、見かけた覚えも無いしな。ああ、ちなみに、こうしてずっと歩哨に付いていたが、キミ以外に見かけたモノは無かったよ」
「そうでしたか」
「ともあれご苦労さん。っと、これも規則なんでな。町に入るなら、通行証かギルド証を提示してくれ」
町を出る時には何も言われなかったが、入る時には確認が必要らしい。
「あ、はい、分かりました。どうぞ」
「ご協力に感謝する。ええと、どれどれ…………んん? な、なあキミ、渡し間違えてるということはないか?」
「そんなはずは……」
改めてバッグの中を漁ってみるが、そもそもギルド証と間違えるような物を入れているはずもない。
「冒険者ギルドでも提示しましたし、それで間違いありません」
「ううむ、しかしなぁ、職業が……」
職業がどうかして────あ。
そうか、ギルド証には魔王として載っていたんだったか。
身分を保証するどころか、偽造を疑われても致し方ない。
「ええっと……」
「すまないが、自分と一緒に冒険者ギルドまで同道してもらおう。おい、しばらく代わりを頼む!」
兵士の言ったように、町の様子に異常は見受けられない。
それどころか、人出は増しており、表通りは随分と賑わっている。
兵士は脇目も振らず、冒険者ギルドへと向かう。
一階では、未だ大勢の人々がカウンターに押し寄せていた。
「……やれやれ。討伐にも向かわず、何をしているのかと思えば。冒険者の質も落ちたものだな」
そう兵士が言葉を零すと、一階で用事を済ませるのは難しいと判じたのか、階段へと向かう。
二階のカウンターに控えていた受付嬢は、有難いことに先程と同一人物だった。
これなら、余計な手間はかかるまい。
兵士がカウンターへと近寄る。
「お疲れ様です、冒険者様。ご用件は何でしょうか?」
「悪いが、見てのとおり冒険者ではない。この町に常駐している兵士だ」
「失礼致しました。それでは改めまして、兵士の方が、冒険者ギルドに何のご用件でしょうか?」
「このギルド証が本物か偽造か、確かめてもらいたい」
「お預かりいたします……これは」
「やはり偽造か!?」
「い、いえ。こちらは午前中に確認済みの物となります。もちろん、本物に間違いございません」
受付嬢の視線が、兵士の背後に控える俺へと向けられたのを感じた。
「なにぃ!? 本物だとぉ!? しかしだな、こんな職業があるわけ──」
「間違いございません。ギルド証をお返しいたします」
「くそっ、何がどうなってるんだ」
「冒険者ギルドが承認している冒険者に対しての不当な扱いが発覚した場合、然るべき場所へと抗議をさせていただきます。差し当たっては、今となりますが」
「ふざけるな! こちとら職務に忠実なだけで、難癖つけられちゃ堪らないぜ。偽造じゃないならそれでいい。ほれ、もう行っていいぞ」
ギルド証を押し付けるように渡すと、足早に階段を下りて行ってしまった。
「とんだ災難でしたね。ですがご安心ください。冒険者ギルドは、職業に対する差別の一切を行ってはおりませんので」
「はあ、そうなんですか」
「とはいえ、犯罪行為を擁護するものではございませんので、あしからず」
何やら忠告めいたことを言われてしまった。
思いがけず冒険者ギルドへと戻ることになったが、ついでに用事を済ませておこう。
依頼を受けてはいなかったわけだが、沼でアンデッドを見つけられなかったことを伝える。
また、周辺の町村に早馬を送り、警戒を促った方が良いとも付け加えておく。
それらを済ませてから、冒険者ギルドを後にした。
日の位置を確認するまでもなく、腹が空腹を訴えてくる。
沼に居たはずの何かについては気がかりだが、もう打てる手も無い。
切り替えて、遅い昼食を取ることにする。
表通りに軒を連ねる飲食店。
良い匂いが食欲をそそる。
が、誘惑に抗い、宿屋を目指す。
宿屋の自室に向かう前に、御者の部屋を訪ね、無事を伝えておく。
自室の扉を閉め、ローブを脱いで、ようやくブラックドッグを実体化させてやる。
その身を撫でつけながら、魔法使いに言われたように、魔法を発動する要領で、魔力を手に集中させる。
ブラックドッグの体が淡く光る。
今回も無事、成功したようだ。
魔力を吸収できるとして、魔法は吸収できたりするのだろうか。
まあ流石にそれは無理だよな。
魔法の発動に魔力は必要だが、魔法自体が魔力の塊というわけでもない。
魔力と魔法は、例えるなら薪と火の関係のようなもの。
火を熾すために薪が必要なのであって、火と薪が同一なわけがない。
魔法使いに尋ねれば、もっと詳しく解説してもくれただろうけど。
ひとまずは、こんな解釈で納得しておこう。
さて次は、自分の腹を満たさないと。
部屋に残してあった荷物の中から、宴の後に手渡されていた弁当を手に取る。
外の飲食店を利用しなかった理由は、これだ。
皆への感謝を心の中で述べながら、ありがたく弁当をいただく。
この後はどうするべきか。
出発は明日の朝。
朝食は食いっぱぐれたが、夕食は宿で提供されるし、夜は当然就寝する。
となると、夕食までは暇を持て余してしまう。
どうせこの先、長い期間、馬車の中に居ることになる。
運動するならば今のうち。
一応、町周辺の警戒がてら、ブラックドッグと散歩でもしようかな。
少し食休みを取った後、再び町の外へと繰り出すことにした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




