57 元勇者の魔王で代表、準備は万端か? 【修正】
23/03/22 全体を加筆修正
魔物保全機関の二階、執務室の右隣りに位置する自室。
簡素な室内に、仕舞われていた荷物が床一面にぶちまけられている。
「お着替えは……え、これだけですか? 少なくありません?」
「別に、裸でさえなければ何でも良いでしょ。テキトーに2・3着、入れときなさいよ」
「裸ってなぁ、そりゃ流石に極論が過ぎるだろ。んなことよりも、だ。剣やら鎧やらはどうしたんだ? そういや、こないだ戦ってた時も着てなかったみてぇだが」
あれよあれよという間に、帰郷のための準備が進められてゆく。
当人のはずの俺を置き去りにしたままに。
僧侶さんの発した疑問に、魔法使いと戦士が反応した。
「えぇっと……生活費の足しにと、売ってしまいました」
「──あ?」
「は? 冗談でしょ?」
「えぇっ!? う、売っちゃったんですか!?」
「えぇまぁ。もう不要だと思ってもいましたので」
「おいおい。あんな物騒な代物、変な連中の手にでも渡ったら事だぞ」
「いつの話よ、それ」
「もう一年以上前になりますね」
「まだお店に残っているでしょうか」
「まあ、昔ならいざ知らず、今は魔物の脅威も薄れて久しいしな。他の冒険者にしろ、装備を手放すことこそあれ、大金を払ってまで買い足すとは思えねぇが」
「それはどうかしら。実用目的では不要でも、貴族や商人が観賞用として収集してるかもしれないわよ」
「一応、探してみますか?」
「いえ、普段着で十分ですよ」
「その無駄な自信の根拠は何なのよ?」
ジト目で見つめてくる魔法使いに、答えと返す。
「そもそも、転職したことでレベルは1になりましたけど、ステータスは500越えしてますしね」
「んだと? 500って、レベル1でAランク相当かよ」
「光魔法も前と変わらず使えますし、問題はないでしょう」
「帰郷には不要かもしれないけど、王子や魔物との戦闘では必要だと思うわ。面倒この上ないけど、こっちで探しておくしかないでしょうね」
「だな。こないだみたく、ふざけた格好で戦闘しようなんざ、馬鹿な真似が過ぎるってもんだ」
「馬鹿に馬鹿って言われてるようじゃ、ホントどうしようもないわね」
「ああん!?」
「コホン。勇者様、装備を売却して得たお金についてなのですが、もしかして寄付されたのではありませんか?」
「へ?」
僧侶さんからの唐突な話題の変化に、生返事をしてしまう。
「より具体的には、孤児院に寄付されたのではありませんか?」
「何故それを」
「やっぱり! もう、どうしてそう他人にばっかり!」
俺の返事を聞いた僧侶さんは、珍しく少し怒った様子で口調を荒らげた。
「馬鹿ね。度し難い程の馬鹿ね。装備を売った挙句、お金は他人にあげるなんて」
「マジかよ……流石にオレも擁護はできねぇな」
「よろしいですか? 先程お渡ししたお金は、他人に施しては駄目ですよ?」
「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。ほんの数年前まで、皆と一緒に旅をしていたじゃないですか」
「そのとおりです。皆と一緒に、です。お一人で旅をされていたわけではないのですよ? きちんと自己管理していただかないと」
「子供じゃないんですから。大丈夫ですよ」
「信用できません」
「信用できないわね」
「信用できねぇな」
何故だか、即座に否定されてしまった。
「やっぱり、誰かが付き添ったほうが良いんじゃないでしょうか」
「あのねぇ、過保護も大概にしときなさいよ」
「折角の帰郷なんだ、一人にしてやろうぜ」
「ですが──」
なおも食い下がる僧侶さん。
余程に心配らしい。
「お気持ちだけで十分ですよ。大体、子供のころに一人で王都まで来れたんですから。それに比べれば、どうということはありませんよ」
「あ、そうそう、その犬は連れて行きなさいよ」
思い出したように、魔法使いが付け加えてくる。
「ブラックドッグを? 何故ですか?」
「アンタって本っ当に馬鹿ね。今の王都に魔物っぽいの置いとくとか、火に油じゃない。アンタがついでに連れてってよ」
「しかし、この子にはエーテルを与えてやる必要があるんです。どれぐらいの日数になるかも分からないのに、用意していくのも難しいでしょう」
「……はあ? 何よアンタ。まさかとは思うけど、毎度エーテルを買い与えてたってわけ?」
「??? そのとおりですが」
「金欠の癖して無駄に金を使ってたとか馬鹿過ぎるんだけど。魔法が使えないならいざ知らず、魔法が使えるのに、何でエーテル買い与えてるわけ?」
「どういうことですか? 分かるように説明してください」
「だ・か・ら、魔法使う時みたいに、魔力を込めてやればいいでしょ? 思いつかなかったわけ?」
「魔法を使わずに、魔力だけ込めるんですか?」
「魔力操作のイロハは教えたはずでしょ? できないとは言わせないわよ」
以前、王城の書庫で学者くんと話していたように、魔力を他者に割譲する魔法は無いはずだ。
それに、魔力を込めて触れてたとしても、他者に魔力の割譲はできない。
だが、そもそも、魔力のみを必要としているブラックドッグになら、魔力を込めて触れてやるだけで、同様の効果が見込めるというのだろうか。
魔法使いに言われたとおりに、大人しくそばに座っていたブラックドッグに触れ、魔法を発動するように、しかし、魔力だけを込めてみる。
すると、ブラックドッグの体が淡く光ってみせた。
エーテルを与えた時と同様、魔力が吸収されているようだ。
「……本当に可能なんですね」
「妖精なんだから、魔力を吸収できるのは当然でしょ?」
「やはり、妖精なんでしょうか」
「魔物は軒並み支配されていったんでしょ? その範囲内にあって無事ってことはつまり、魔物じゃないってことでしょ」
「……そう、なんですかね」
そうだろうとは思ってはいたが、確信には至れてはいなかった。
王様のように、ステータスを確認することもできなかったし。
「今まで幾ら使ったのか知らないけど、勿体ない話よね。でも、これで魔力の問題は解決したでしょ? じゃあ、連れてってね」
「オマエよぉ、単に犬が苦手なだけじゃねぇのか? オマエが触ってるとこ見たことないぜ?」
「アンタと違って、魔法使いのアタシが、万が一にも魔力を吸われるわけにはいかないってだけよ」
「ハッ、ちげぇねぇ。魔力の無い魔法使いなんてのは、まさに役立たずだしなぁ」
「その鬱陶しいアフロ、この際だから消し炭にしとく?」
「っておい、目がマジじゃねぇか!? 止せ、やめろって!」
魔法使いは脅しだけで済ますつもりはないのか、傍から見ても分かる程の魔力を込め始める。
「室内では止めてくださいね。やるなら外に行ってください」
「そういう問題じゃねぇ! 見てねぇで、この馬鹿を止めろや!」
「逃げるな! 死ね!」
「狙ってるのは頭じゃなくて命のほうかよ!?」
「では勇者様。お荷物はこれで十分でしょうか。出発は夜中、馬車をご利用くださいね」
ドタドタと廊下へと走り去ってゆく2人を尻目に、僧侶さんがテキパキと荷物の整理を進めてくれていたらしい。
いつもはスライムの入っていたバッグ。
今にも中から跳び出してくるかのよう。
だが、いくら待とうとも、そんなこと現実には起こり得ない。
助け出すまでは、決して。
と、先程の言葉がようやく脳着した。
「出発が夜中? 夜中まで待つんですか?」
「はい。そのほうが目立たずに済むでしょうから」
「アンタが此処に居ても迷惑だけど、余所に行くのを目撃されるのも迷惑なのよ」
「馬車ん中で寝てりゃ良いだけの話だろ? そんな難しく考えるなっての」
ようやく冷静さを取り戻したのか、2人が部屋へと戻ってきた。
そうそう、肝心なことを確認していなかった。
「それで、帰郷している期間についてなんですが──」
「アタシが転移させるまで、戻って来なくて良いわ」
「は?」
「だから、帰還する時期はアタシが決定するから。それまで好きにしてなさい」
「こっちの状況も分からないままに戻って来られても、騒動の種になりかねない、か」
「勇者様におかれましては、こちらのことは気にせず、家族水入らずでお寛ぎくださいませ」
家族水入らず……。
それは存外、難しいかもしれませんがね。
「父親と不仲なんでしょ? 嫌味なんじゃないの、それ?」
「えぇ!? で、では、お父様との溝を埋める絶好の機会ですよ、勇者様!」
「酒でも酌み交わせば、少しは理解も深まるかもな」
「お酒なんて飲んだことありませんよ」
「んあ? そうだったっけか?」
「勇者様にお酒なんて以ての外です!」
「あーそういや、いっつもこんな調子で、僧侶に止められてたんだっけか。家族水入らず、なんだろ? 固いこと言うなっての。機会がありゃ飲んでみりゃ良いさ」
「でもでも、飲み過ぎは体に毒ですからね?」
「自分の限界を知るってのも、良い機会なんじゃねぇか?」
「暴飲、暴食、ダメ絶対、です!」
「へいへい」
「良いですね、勇者様? お酒は飲んでも飲まれるな、です」
「そいつはちぃっとばかし違う気がするがね」
「まぁ、検討はしてみますよ」
戦士と僧侶さんの遣り取りに圧倒されつつも、何とか答えを返す。
「じゃあ、忘れない内に渡しておくわ。これが"転移結晶"よ。常に肌身離さず持ち歩いてなさい」
親指大の赤い宝石を手渡された。
「常に、ですか? 風呂の時とか、どうすれば──」
「アタシに聞かないでよ、そんなこと! なんとかなさい!」
「はいはい、少し貸してください」
僧侶さんが宝石をヒョイっと掴み取り、何やらゴソゴソし始めた。
「ちょっと!? 変なことしたら、使えなくなるのよ!? 分かってる!?」
「大丈夫ですよ。ほら、ペンダント風に、鎖を付けただけです。これで身に着けやすくなったでしょう?」
「ありがとうございます。助かりました」
僧侶さんからペンダント風に手を加えられた宝石を受け取る。
忘れない内に、首に掛けておく。
一応は、これで大丈夫なのだろうか。
「いえいえ。お役に立てて光栄です」
「アタシが渡したんだけど? で、後はコレ」
「おっと」
魔法使いから、数本のビンを渡された。
中は凄い色の液体で満たされている。
というか、これらを取りに戻るために、先程部屋を出て行ったのだろうか。
「こ、これは?」
「緑色がエーテル、青色がポーションよ」
んん? 緑とか青とか、どちらの見た目も同じ色なんだが……?
「どっちがどっち……いえ、それよりも、"ぽーしょん"って何ですか?」
「薬草代わりの回復薬よ。草食べるの嫌がってたでしょ?」
「まぁ、好きではありませんでしたけど」
「お手製の一品よ。効果は保証するわ」
「味のほうは?」
「効果は保証するわ!」
「そ、そうですか」
魔法使いが調理を担当すると、散々な目に遭ったものだが。
となれば、味もお察しというもの、か。
いざという時に飲もう。
相応の覚悟を決めた上で。
ありがたく、バッグの奥に仕舞い込んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




