56 元勇者の魔王で代表、いいから帰郷しろ 【修正】
23/03/21 全体を加筆修正
衝撃の発言に場が凍結する中、いち早く氷解してみせたのは、秘書さんだった。
「──勇者様が不要とは、どういうことでしょうか? 詳しくご説明を賜りたく存じ上げます」
「やたらと堅っ苦しい喋り方ね。何とかならないわけ? 聞いてるだけで、こっちは息苦しくって仕方がないんだけど」
「ちょっと魔法使いさん!? 勇者様を王都から追いやろうだなんて、いったいどうゆうつもりなんですか!?」
今度は僧侶さんが氷解して、魔法使いに食って掛かる。
「だってコイツ、今の王都に居ても役に立たないでしょ? アタシ、役立たずって嫌いだし」
「え、ちょっ、そんな理由なんですか!?」
「勿論違うわよ。取り敢えず、ほとぼりが冷めるまで、王都から余所に行っててもらうのよ。どうせ、此処で保護する魔物も居ないわけじゃない?」
「ほとぼりって、勇者様を犯罪者みたく言わないでください!」
「僧侶も見たでしょ? この王都の連中の反応を。不信感ってのいうは、そう簡単には払拭できないわ。火種が王都に残っているより、余所に置いとくほうが鎮火も容易でしょ?」
「今度は火事扱いして……でも、一理あるかもしれませんね。今の王都は、勇者様の精神衛生上、よろしくないように思えます」
「まぁ、アタシは精神なんか気にしないけど、辛気臭いヤツに、いつまでも居られても迷惑なのよね」
「魔法使いさん!」
「何よ、悪い? アタシは言いたいことはハッキリ口にする質なの。知ってるでしょ?」
「ま、確かに口が悪いのだけは、昔っから変わらねぇわな」
「アンタは黙ってなさい。どうせアンタの意見なんて、何の役にも立たないんだから」
「へいへい、オレが悪うございましたよっと」
アフロの中に手を突っ込むと、ボリボリと頭皮を掻く音が遅れて聞こえてきた。
魔法使いと僧侶さんが、無言で非難めいた視線を向ける。
当の戦士は、そっぽを向いて知らん顔を決め込んでいる。
どうやら、嫌がるのを分かっていて、態とやっているようだ。
「……で、どう? 何か反論でもあるわけ? 無いわよね? じゃあこれで決定ってことで」
「いやいや、待ってください! ここは勇者様が代表を務める、国営の機関なんですよ!? その代表者がいきなり不在だなんて。今後の運営はどうするつもりなんですか!? それこそ、周囲からの評判が悪くなるだけなんじゃないですか!?」
「万事抜かりないわ。見たところ、そこの眼鏡が副代表なんでしょ? 頭はそれで十分。後は運営だっけ? 要は魔物について報告上げてればいいわけでしょ? アタシの知識があれば十分事足りるわ」
「最早乗っ取りだろうがよ、それ」
「アンタは黙ってなさい! 同じことを二度も言わせないで。つまり、コイツが居なくても、機関とやらは当面回せるわ」
まだ仕事らしい仕事をしてもいないんだが。
魔法使いはいったい、俺に何をさせるつもりなのだろう。
「ですが、また王子様が襲来した場合は、如何なさる御積もりでしょうか? 勇者様のお力が必要になると、愚考致しますが」
最初に疑問を呈して以降、黙っていた秘書さんが、再び質問を投げかけた。
「抜かりないって言わなかったかしら? 聞いてなかったの? まだ試作品だけど、一回だけ使える転移結晶を持ってきてるのよ」
「てんいけっしょう、ですか? 何です、それ?」
「僧侶も当然知ってると思うけど、ダンジョンの最奥に転移魔法陣ってあるじゃない? アレを解析・研究して、人工的に再現してみせたのが、転移結晶ってわけ」
「転移魔法陣って、ダンジョンの脱出用にある床に描かれた模様のことですよね? そんなモノ、外でどう使うんですか?」
「詳しい原理の説明は省くけど、要するに予め決められた場所へ転移可能ってわけよ」
「決められた場所、ですか? ダンジョンの場合は出入口ってことですよね」
「そうなるわね。この試作品の場合、転移先はアタシ」
「つまり何処に居ても、魔法使いさんの元に転移可能ってことですか? それってもう、先日の王子様と同じことが可能ってことなんじゃ……?」
「たかが魔王如きにできて、天才のアタシにできないわけがないでしょ。一応、魔法を用いている品だから、魔法が使えない場所でなければ、って条件付きだけど」
「しかしながら、遠く離れた場所からでは、王都の危急を勇者様が知る術が無いと思われますが?」
「──あ。そ、そうですよ! まさか勇者様に王都の外で野宿でもさせるつもりなんですか!?」
秘書さんからの質問に、僧侶さんが質問を重ねてゆく。
「ん? あぁ成程、説明が不十分だったわね。転移先はアタシだけど、発動するのもアタシなわけよ。コイツが発動するんじゃないから」
「??? 勇者様を魔法使いさんが転移させるんですか? じゃあ、勇者様が王都へ戻ってこようと思った場合は?」
「歩けば良いじゃない。脚、怪我でもしてるわけ?」
相変わらずの物言いに、魔法使い以外の全員がしばらく閉口してしまった。
「つ、つまり、王都に王子様が襲来した際には、魔法使いさんが勇者様を王都へ転移させる、と?」
「そうよ。完璧でしょ」
「んで? 結局のところよぉ、コイツを何処にやるってんだ?」
「さぁ? 別に王都以外なら何処でも良いんじゃない?」
「そこは考えてねぇのかよ!」
「べっつにぃ、コイツの世話するために来たわけじゃないもの。優先順位で言えば、お菓子が一番の目的よ」
そういえば、魔法使いはお菓子が大好物だったな。
大量に買い込んでは、保存が効かずに駄目にして、都度、周囲に当たり散らしていたものだ。
この様子だと、好みは今も変わらないんだな。
「……これはマジだな。コイツ、もう役に立たねぇぞ。どうするよ?」
「勇者様は、何処か行きたい場所はございますか?」
僧侶さんからの質問に、しばし考え込む。
急展開過ぎて、頭がまだ上手く回っていないが、最近の不能っぷりよりは、幾分回復したらしい。
行きたい場所、か。
「そういやアンタ、ずっと王都に居たわけ?」
「え? えぇ、そうですが」
「じゃあ、一度も故郷に帰ってないってことよね? アンタってば、故郷を飛び出してから、一度でも故郷に連絡とかした?」
「いえ、全く」
「はぁ、やっぱりね……そんなことだろうと思ったわよ」
「ったく、しょうがねぇヤツだな。この機会に、故郷に帰っとくべきじゃねぇか?」
「ご両親も心配なされていると思いますよ?」
「勇者様、ご帰郷なされるべきかと」
四人にそう言われてしまった。
同席──というか部屋の隅で直立したままだった学者くんは、終始、一言も発しなかった。
「じゃあ、帰郷で良いな」
「いえ、帰るつもりは毛頭ありませんが」
「い・い・か・ら・か・え・れ!」
「もしかして、お父様のことでしょうか? 苦手としていらっしゃるとは聞き及んでいましたが。ですが、お母様にはお会いになりたいのでは?」
「それは……まぁ、勿論そうですが」
「妙なとこで意固地だよな。平和になったとはいえ、王子の一件もある。また魔物が狂暴化してるとも限らねぇんだぞ? 心配じゃねぇのかよ?」
魔物の狂暴化?
そうか、その可能性をすっかり失念していた。
どういうわけか王子もまた、俺と同じく魔王となったらしい。
あの王子の振る舞いからして、魔物の命を尊ぶとは思えない。
「心配ではあります」
「帰りたがらない理由は、その父親ってわけ? そんなに嫌いなの?」
「嫌いですね」
「これまたハッキリ言い切りやがったな。オマエにしちゃ、結構珍しいよな」
「昔と今では、色々と感じ方も変わってくるかもしれませんよ?」
「そうでしょうか」
故郷を離れてから、もう10年以上は過ぎたか。
何かが変わったりしているのだろうか?
アイツはもとより、母さんのことすら、あまり思い出すことはしなかった。
「あーもう! グダグダ言わず、帰りなさいよね!」
「オレが言えた義理でもねぇが、親の面倒を見るってのは、息子の役目だと思うぜ?」
皆の両親、か。
そりゃあ、当然居るに決まってるよな。
今の今まで、気にしたことすらなかった。
「もしかしたら、弟さんか妹さんが、増えているかもしれませんよ?」
「おいおい、そりゃ、今言わなくてもよくないか?」
「僧侶、アンタねぇ」
「え? え? 嬉しくない……ですか?」
「正直、複雑な心境ですね」
「あっれぇ~?」
どうにも皆、帰郷させたがっているようだ。
乗り気にはなれない。
二度と帰るつもりは無い。
そんな決意のもと、実家を飛び出した。
確かに、幼いころのことだ。
考えてみれば、色々と様変わりしていてもおかしくない。
そもそも、無事で暮らしているとも限らない。
様子ぐらいは見に行っておくべきなのか。
「恐怖には打ち勝たれたのでしょう? まだ、恐れがありますか?」
不意に秘書さんから問われる。
ブギーマンによる恐怖の具現。
もうアイツの姿を幻視することも無くなって久しかった。
向き合うべき時なのだろうか。
「父親が怖いとか、正気?」
「魔法使いさん!」
「オマエ、虫が苦手だろ? あんな小さいのに。怖いものなんざ、人それぞれだろ」
「人間なんて怖がる理由無いわよ。でも、虫は違うでしょ。気持ち悪いったらありゃしない」
「蝶とかも駄目じゃなかったか? あんなもんの何が怖いってんだ?」
「目よ。あの複眼ってやつ。あーやだやだ、想像するだけでも気持ち悪い」
「複眼って、そうじゃない虫も居ると思うが」
「もう! アタシのことはいいでしょ!」
「そんな怒るなよ。父親と虫じゃあ、比べるべくもねぇが、苦手なもんってのは、他人から見ると、理解の及ばねぇもんってこった」
「えっと、どうでしょうか勇者様? どうしてもお嫌ですか?」
嫌ではある。
嫌ではあるが、心配というのも嘘ではない。
平和であり続ければ、不安もなかったが。
今ではそれも危うい。
一度ぐらいは帰ってみるべき……か。
「分かりました。帰郷してみます」
「拒否っても、強制だったけどね」
「オマエってホント、他人に容赦ねぇよな」
「そんなに抵抗することでもないでしょ? いちいち突っかからないでくれる?」
「へいへい、悪かったよ」
「謝るなら、キチンと頭を下げなさいよね。ああついでに、その頭で床掃除でもしたらいいんじゃないかしら」
「やらねぇよ!」
思いがけず、帰郷する運びとなってしまった。
色々、王都に心残りはあるものの、仲間たちの存在は心強くもある。
後事を任せるには、申し分ない。
記憶が刺激されたのか、いつぶりかの懐かしい故郷の風景が脳裏に浮かび上がっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




