SS-5 秘書は回顧する 【修正】
22/08/03 加筆修正
危ういところだった。
皆様方が駆け付けるのが、少しでも遅れていたなら。
王都も勇者様も、どうなっていたことか。
今、こうして過ごすこともできなかったかもしれない。
先程までの賑わいは遠く、休憩中の今、室内には三人と一体が居るのみ。
誰も口を開かない。
静寂が室内を満たしている。
防音を重視した造りの部屋のため、扉も窓も閉じていると外の喧騒からも遠い。
知らず、思考は過去へと向かう。
忘れもしない。
忘れられるはずもない。
満月が程近い頃だった。
冒険者として、男女混成の6名からなるPTを組んでいた。
それなりに場数を踏んた面子であり、頑張ってAランクに昇格も果たせた。
王都からは随分と離れた村で、一つのクエストを受けた。
若い女性の失踪が相次いでおり、原因究明と行方不明者の捜索という内容。
Aランク以上は冒険者全体の1割未満と云われる上級冒険者。
そんな思考が油断を招いたのだろうか。
襲撃は突然だった。
雲がかっていて、月や星の見えない闇夜。
野営中を襲われ、気を失った。
意識を取り戻した時、視界は闇に包まれていた。
光源が一切無い。
触感や音の反響などから、どこかの洞窟内だと推察できた。
自分の他にも、複数の気配がある。
声量を極力抑えて声掛けを行い、状況の把握に努める。
どうやら、失踪していた女性たちが集められているようだった。
また、同じPTの女性もこの場に居た。
奇しくも、クエストの目的地へと辿り着けたわけだ。
後は、皆と共に脱出するだけ。
しかし、そう容易くはいかない。
装備は全て奪われており、唯一の出入口には魔物が陣取っていた。
PTの仲間と協力して、複数人で同時に出入口を目指したが、返り討ちにあってしまう。
人間よりも優れた視力を有するようで、自分たちには無明の闇でも、相手はそうではないらしい。
Aランクに上がったことで、大抵の魔物には勝てると思っていたのに。
この時、運の悪いことに、私は足に深手を負ってしまった。
飢えを僅かに緩和する程度の水と食事が与えられた。
トイレや風呂など、望むべくもない。
朝も夜も判別できない暗い洞窟の中で。
日付の感覚が曖昧になってゆく。
傷の具合も良くない。
応急処置はしたものの、回復のための薬は装備と一緒に奪われたのか手元に無く、聖魔法が使える者もおらず、回復は見込めなかった。
時折、泣き出す者も居た。
だが諦めず、皆で励まし合い、脱出の機会を待った。
そして、その時は遂に訪れた。
洞窟内に雄叫びが響き渡る。
反響し、思わず耳を押さえずにはいられない程の大音量。
そして、久方ぶりに目にする明かり。
誰もが眩しさに目が眩む中、松明を持った人影が近づいて来る。
何とか薄目で相手の姿の確認に努める。
人間の男性だった。
しかも裸だ。
私以外にも迫る相手を視認した者が居たのか、女性の悲鳴が先の雄叫びを上書いて洞窟内を響き渡る。
頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
洞窟の出入口に居たのは、確かに魔物だった。
にも拘わらず、眼前に居るのは人間の男性のみ。
女性の失踪。
洞窟内に集められた女性たち。
闇の中でも自由に動ける魔物。
迫り来る人間の男性。
──まさか。
野営の際、満月はもうすぐといった頃合いだった。
満月、魔物、人間の男性。
ライカンスロープ!!!
満月の晩のみ、人型の狼の魔物の姿から、人間の姿へと変わる。
理由は単純。
繁殖のためだ。
ライカンスロープは、オスのみしか生まれないらしい。
繁殖相手に、他の種族のメスを必要としている。
そう、要するに此処は奴等にとっての繁殖場。
魔物の母体として、人間の女性たちは集められていたのだ。
我知らず、口から悲鳴が漏れ出ていた。
これから起こるであろう事態。
現状を正しく理解した私が取った行動は、脱出ではなく対峙するでもなく、ただただ悲鳴を上げることだけ。
自分が上級冒険者であることも忘れ、恐慌状態に陥る。
他の女性たちも、遅まきながら、自らが辿る未来に察しがついたらしい。
先程よりも、切羽詰まった悲鳴が洞窟内で反響し続ける。
姿を現した魔物の数は、この場の女性の数よりも多い。
遂に、魔物が掴みかかって来た。
周囲からは、次々と割れんばかりの悲鳴が上がる。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
こんなのは現実じゃない。
悪夢に違いない。
夢から覚めれば、野営明け。
また、皆で旅を続けるのだ。
洞窟内に一陣の風が吹いた。
風を感じた次の瞬間、至近から野太い悲鳴が連続して上がる。
女性の声ではない。
男性の声、いや、魔物の声だ。
いつの間に現れたのか。
女性へと迫っていた魔物たちは、軒並み地に倒れていた。
一人の、鎧を纏った人間が、こちらに背を向けて立ちはだかっていた。
魔物の持っていた松明が、その人物を照らし出す。
光を眩く反射する白い鎧。
握られているのは、こちらも白い片手剣。
背格好から察するに、少年か、もしくは青年だろうか。
松明で浮かび上がる敵影は、まだ10体以上も居る。
「──皆さん、助けに来ました。仲間もじきに追い付くはずです。安心してください、もう大丈夫ですよ」
そんな声が背中越しに掛けられる。
だが、視線は微動だにしない。
ただ真っ直ぐ、魔物たちへと向けられている。
「すぐに終わらせます。その場を動かないように」
言い終わる前に、魔物が一体斬り伏せられていた。
止まっていた時間が動き出すように、魔物たちが一斉に襲い掛かって来る。
しかし、放たれる一閃により、次々と地に倒れ伏していく。
もう、悲鳴を上げている女性は居なかった。
ただ茫然と、眼前の光景を眺めていた。
本当にあっという間の出来事。
ライカンスロープは、魔物の姿であれば高い身体能力を有しているが、人間に変じてしまえば、人間と左程変わりはしない。
繁殖のために人化する、まさにその時こそが倒す絶好の機会。
それでも、Aランクの私が敵わなかった魔物。
人化したと言えど、10倍以上の数が相手だったのに。
既に立って居るのは、助けに来たその人だけだった。
洞窟の通路から、他の人の声も聞こえてきた。
どうやら、先程言っていた仲間が駆け付けて来たらしい。
徐々に、事態を理解し始める。
皆もそうだったのだろう。
最初は、微かに。
すすり泣く声が聞こえてきた。
自分たちは助かったのだ。
安堵からか、泣き声は次第に大声となって、洞窟内に響き渡った。
仲間らしい女性により、私は怪我の治療を受けることになった。
残念ながら、怪我を負ってから時間が経過し過ぎていた所為で、完治は難しいとのことだった。
足に負ってしまった怪我。
旅には適さない。
文字通り足手まといになってしまう。
すぐそばには、心配そうに見守る、野営ぶりに見るPTのみんな。
一緒に救出に訪れたようだ。
横目には、救助された女性たちが、次々と例の青年へお礼を述べている光景があった。
絶望的な状況。
生理的な嫌悪と恐怖。
自分の悲鳴など、聞いたのはいつ以来だろうか。
もうあと一歩、青年が駆け付けるのが遅ければ、魔物たちによる凌辱が行われていたことは、想像に難くない。
奇跡?
実は、今まさに凌辱を受けている最中で、今見てる光景は、全て夢だったり?
思考は、すぐそばで発せられた言葉で中断された。
「──まったく、いきなり駆け出すんですから。追い駆ける身にもなって欲しいものです」
「んなチンタラやってたら、間に合うもんも間に合わねぇだろ。オレらを置き去りにするぐらいでなけりゃ、未遂じゃ済まなかったかもしれねぇんだしよぉ」
「いきなり洞窟に跳び込んで行かれたんですよ? 幸い、洞窟が単純な造りだったから、すぐに合流できましたけれど」
「ああも悲鳴が聞こえてくりゃあ、居ても立っても居られなかったんだろ」
「お優しいのは勿論良いことですけれど。勇者様、最近は特に独断専行が目立つと言いますか」
「まぁ、確かにな」
「治療してる僧侶はともかく、馬鹿2人はもう一度洞窟内に魔物が残って無いか確認してきなさいよね! ライカンなんて厄介な魔物、全滅させとかないと、またすぐ被害が出ることになるわよ!」
「そう言うオマエは何もしねぇのかよ」
「アタシは救助者の護衛してんでしょうが。洞窟ごと圧し潰すわよ?」
「どういう理屈だよ、そりゃあ!?」
"勇者様"
確かにそう聞こえた。
噂に聞く、最上級のSランクPT!?
山に巣食うジャイアントの群れやドラゴンの討伐等々。
生ける伝説。
……けど、何故AランクのクエストにSランクの冒険者が居たのか。
仲間によれば、偶然にも私たちの捜索中に出会い、協力してくれたのだとか。
ああ、敵わない。
無償で人を助けられるような存在に、私も成りたかった。
視線は青年へと固定される。
彼が勇者。
その姿を、目に、脳裏に焼き付ける。
命の恩人。
いつか、こんな私でも、ご恩返しができたなら。
昔の記憶。
冒険者としての最後の記憶。
勇者様との出会いの記憶。
扉が開き、皆様方が入室して来られた。
思考が現実へと回帰する。
直前まで過去を追体験していた私は、込み上げてくる感情を抑えるのに必死だった。
「あ、お菓子ありがとう。とっても美味しかったわ」
橙色のクセ毛をした、魔法使い様に声を掛けられる。
「いえ、お口に合って何よりです」
「また、次もお願いね」
「はい、畏まりました」
「駄目ですよ! 彼女は使用人では無いんですからね! 御免なさい、秘書さん。色々と常識外れで、お恥ずかしい限りです」
「いえ、皆様方へのお世話も、私の仕事と認識しております。僧侶様におかれましても、どうか気兼ねなく、お申しつけ下さい」
「私に様付けなんていりませんよ!?」
「僧侶は遠慮し過ぎなのよ。アタシたちは魔王を倒してるんだから、敬われて当然よ」
「魔法使いさんは、いい加減遠慮を学んでください!」
「嫌よ! 他人がアタシに尽くすのは当然よ、当然!」
「オマエら、落ち着けっての。さっさと続きを始めるぞ」
「す、済みません」
「何でアンタが仕切ってるわけ? どうせ何にも考えなんて無いんでしょ? だったら大人しく部屋の隅で縮こまってなさいよ!」
「オマエ、相変わらず大概だよな」
一気に賑やかになる室内。
しかし、代表──いえ、勇者様のお加減は未だ優れないご様子。
私にお役立ちできることは何だろうか。
助けられたのは、これで二度目。
返せぬ御恩が募るばかり。
痛みや苦しみを、すぐにも取り除いて差し上げたい。
昔も今も、変わらず無力な自分。
共に戦うことも叶わぬ自分。
助けられた自分が、助けてくれた相手に、何をできるのだろう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




