46 元勇者の魔王、埋まらぬ溝 【修正】
23/01/03 妖精に関する記載を少し修正
周囲では多種多様な料理が振舞われており、様々な人たちが集っている。
一般人、商人、冒険者、貴族や王城の偉い人などだ。
流石に王様はこの場には居ないが。
賑やかに食事を取りつつも、視線は時折、ある一か所へと向けられる。
他ならぬ俺たちの居る一角である。
ブラックドッグの一件から数日後、冒険者ギルド主催で、とある催しが執り行われていた。
食事を餌に、と言うと聞こえが悪いが、ブラックドッグやスライムたちのお披露目会である。
冒険者たちが王都地下で悪事を働いていたことへのお詫びを、事実が伏せられていてもなお、行いたかったとギルド長が言っていた。
そんな折、数日前の騒動があったわけだ。
場所は建設中の魔物保全機関の一角を使用している。
ブギーマンの通称恐怖小屋を試作した辺り。
庭となる想定のため、目下建設中の場所とも被らない。
食事を冒険者ギルドが、場所を俺、というか王国が提供した形だ。
そばにはスライムたち、中型犬のサイズのブラックドッグ、そして、セントレアの姿があった。
万が一にもあり得ないが、魔物が暴れた場合に備えて、取り囲むように兵士たちの姿もある。
流石にブギーマンには姿を消してもらっている。
今回、小屋の出番は無い。
もし姿を現せば、途端に悲鳴の嵐に見舞われることだろう。
銀髪眼鏡の受付嬢さんは、同僚の方と共に、今日は持て成す側ということで、配給係と化していた。
皆、遠巻きにこちらを見ているだけで、近づいて来ようとはしない。
近づかない理由は、取り囲んでいる兵士たちの威圧感だけではなかろう。
怯えている、そして、恐れているのだ。
数で劣っている魔物たちを。
幼い子供を除いて、否、幼い子供でさえも、魔物は脅威であると教えられているのが常。
子供の目にも、好奇心ではなく、恐怖の色が宿っているのが見て取れる。
誰しもが覚えているのだ。
魔王が健在だった頃の魔物の脅威を。
そして、魔物が齎した被害を。
知人を、友人を、恋人を、家族を。
誰かを亡くした者が、この場にも少なからず居るのだろう。
あるいは、未だ憎しみを抱いている者が居てもおかしくはない。
両者の溝は埋まる事無く、このまま催しが終わってしまう。
そう思われた矢先、一人、こちらへと歩み寄って来る男性の姿があった。
皆の視線がこちらに集まるのが、確認せずとも伝わってくる。
「す、済みません。す、少しよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。何でしょうか?」
少し緊張している風の男性に対し、そう言葉を返す。
「い、以前、よ、妖精についてお調べになられていたのは、ぶ、ブラックドッグのためだったのですね」
「──え?」
以前?
妖精について調べたといえば、王城の書庫での一件ぐらいだ。
確かに、近くにいた学者風の男性に手伝ってもらい、妖精に関する文献を探してもらったことがあった。
お蔭で妖精の食事にエーテルが適していると当たりを付けることができた。
どこで知ったのかは分からないが、そのことを言っているのか。
意思疎通ができないこと、また、エーテル、つまりは魔力を食事としていることなどから、ブラックドッグが噂にあったとおり妖精なのは、まず間違いないだろう。
ブラックドッグが魔物ではなく妖精であろうということは、この催しを行う際に、事前に通達してあった事柄だ。
「よくご存じでしたね。仰るとおり、ブラックドッグにどんな食事を与えればよいのか、調べていたんです」
「お、覚えておられませんか? あ、あの時、ゆ、勇者様のお手伝いをさせていただいたのですが」
「!?」
何と、あの時の男性その人だったのか!
服装が私服らしいためか、印象が違っており、気が付かなかった。
「あの時の方でしたか! その節はお世話になりました。お陰様で今もこうしてブラックドッグが元気に過ごせていますよ」
「か、かの悪名高い──い、いえ失言でした。ゆ、有名なブラックドッグが、ま、まさか妖精だったとは、い、今でも驚きを隠せません」
「そういえば、妖精が実在するのか懐疑的でしたね」
「え、えぇ、ま、まったくお恥ずかしい限りです。が、学者の端くれとして、い、今なお多くの未知があるなんて」
「誰しも、最初は何も知り得ませんよ。そして、知っていても、正しく理解できているとも限りません」
「し、至言ですね。こ、こうして目の当たりにしている事実こそ、そ、その証左でしょうね」
「怖いですか?」
「え?」
「この場に居るみんなは、人間を無暗に襲うことはありません。俺が保証します。それでも、怖いですか?」
彼は少し考えるように目を伏せると、少し間をおいて口を開いた。
「し、正直に申し上げれば、こ、怖いですね。い、今も恐怖を必死に押し殺しているぐらいです。も、もっとも、ぼ、ボクの場合は知的好奇心が勝っているのかもしれませんが」
「触ってみますか? 大丈夫、噛みついたりしませんよ」
「きょ、興味はあるのですが、そ、それは──」
「ブラックドッグの体は黒い霧の集合体のようなモノらしくて、何とも不思議な触感ですよ」
「な、何と! そ、それは実に興味深い! ぜ、是非触らせていただきたい!」
「どうぞ。頭を撫でておきますので、安心して体を触ってみてください」
「で、では、し、失礼して!」
掛け声とは裏腹に、恐る恐る手を伸ばし、指先がほんの少しブラックドッグの体に触れる。
「こ、これは、な、何とも!?」
触感を確かめるように、次第に接触する表面積が増えていき、最終的に手の平で撫でつけ始めた。
「た、確かにこれは、な、何とも不可思議な感触ですね。わ、綿毛の塊のような、し、しかし確実に抵抗を返してくる」
その声を聞いてか、聞き耳を立てていた周囲の人々が、興味深げにこちらを眺めていた。
「ふ、ふむ、ほ、本体は霧? で、ではこれはあくまでも擬態なのか? だ、だが霧状の生命というのは──」
いつの間にか、彼は己が思考に埋没してしまったらしく、ブツブツと何事かを呟いていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え? は、はい、も、勿論大丈夫です。い、いやぁ、じ、実に興味深い」
そう言うと、ようやく撫で続けていた手を離した。
「あ、あとはスライムとケンタウロスですか。こ、こうして実物を見るのは初めての経験です」
「あらやだ、アタシを呼ぶときは──」
早速、セントレアに絡まれ始めてしまった。
しばらくは解放されないだろう。
次に、子供たちが数人、駆け寄ってきた。
奥からは見知った女性が歩み寄ってくる。
「お久しぶりです、勇者様」
「こちらこそ、ご無沙汰しております、院長さん」
いつぞやの孤児院の院長さんと、孤児院の子供たちだった。
「ねぇねぇ、ゆうしゃさま。ボクもさわってみてもいい?」
「ズルい! アタシもアタシも!」
「ボクだってさわりたい!」
「皆さん。まずは勇者様へのご挨拶が先でしょう?」
「「「「ゆうしゃさま、こんにちは!」」」」
院長さんの指摘に、子供たちが元気よく挨拶をしてくれた。
「こんにちは。皆、元気そうでなによりです」
「うん、げんきだよ!」
「わたしも! げんき!」
「ゆうしゃさま! ぼく、いぬにさわりたい!」
「でも、かまれたりしないかな?」
「ゆうしゃさまが、だいじょうぶだって、いってただろ? きいてなかったのかよ、バカ」
「こら、そんな言葉を口にしては駄目ですよ」
子供の発言に対し、院長さんが注意する。
「……はぁい、ごめんなさい」
「謝る相手が違うのではなくて?」
「……ごめんなさい」
「いいよ、ボクもなんかごめんね」
そんな2人を余所に、残りの子供たちは、既にスライムやブラックドッグに触り始めていた。
「わー、やらかい! プニプニしてる!」
『ダイニンキ!』
「ホントだ! スゲーやらかい! それにスゲーのびる!」
『ランボウモノ!?』
「なんか、ゼリーみたい。おいしいのかな?」
『イヤナ、ヨカン?』
「乱暴に扱っては駄目ですよ。相手も生きているんです。皆と同じように、痛かったり悲しかったりするんです」
子供たちに弄ばれながら、俺にだけスライムたちの声が届いてくる。
一応、子供たちに対し、注意を口にしておく。
「ぜんぜん、しゃべらないよね?」
「だって、くちないじゃん。しゃべれないだろ」
「じゃあ、なにたべてるんだろ?」
「だから、くちがないんだから、たべれないだろ?」
「あ、そっか」
「ねぇねぇ、ゆうしゃさま。このこたち、なにたべてるの?」
「だ~か~ら~」
「主に落ち葉ですね。好物は果物みたいです。水を吸収したりもしますよ」
「えー!? くちないじゃん! どうやって?」
「おい、なにか、たべものもってこようぜ」
「お、それいいな! どうやってたべるか、みてみたい!」
「いくぞ!」
「あ、まってよー」
皆、我先に食べ物を与えようと、駆け出した。
残される俺と院長さん。
「騒がしくて申し訳ございません、勇者様。何分、このような催しは初めての経験でして」
「いえいえ、気にしていませんよ」
「……実を申しますと、あの子たちの境遇を考えれば、幾分複雑な心境なのでございまして」
「それは無理からぬことですよ」
孤児たちの親を奪ったのは魔物なのだ。
院長さんがそう思うのも無理はない。
「確かに、人間に害をなす魔物ではないように見受けられます。ですが、魔物の危険性も教えてあげる必要があると、ワタシは考えております」
「それについては同感です。まだこの世の中には、危険な魔物もいるでしょう」
「いえ、それだけではありません。この魔物たちですら、いつまた人間を襲うかも知れませんでしょう?」
「そんなことは──」
「もしまた魔王が現れたら? それでも大丈夫でしょうか? また狂暴化することはないと誰が保証できましょう」
魔王が現れたら、か。
この場で魔王であることを打ち明けたら、ショックのあまり寝込んでしまうのだろうか。
沈黙を肯定と取ったのか、院長さんが続ける。
「ワタシはあえて魔物と共に暮らす必要はないと考えております。是非、勇者様におかれましても、お考えを改められることを願うばかりです」
駆け戻ってくる子供たちの興奮した声を聞きつつ、院長さんの言葉が重く圧し掛かった。
幸い、取り立てて騒ぎも起きず、無事催しを終える。
宿に帰ると、宿屋の女将が入り口で待ち構えていた。
「ほう? いい度胸してるじゃないか。もう隠しもしないってわけかい」
腕の中のスライムたちと、足元のブラックドッグを見据えて、剣呑な雰囲気を醸し出している。
「魔物を匿ってたんだってねぇ? アタシャ初耳だったんだが、さて、どういうことだろうねぇ」
それはもう長い長いお説教を賜ることと相成った。
子供たちの会話に関して、幼さの表現として、意図的に平仮名表記をしております。
読み辛ければ、申し訳ございません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




