37 元勇者の魔王、Bランク昇級試験① 【修正】
▼10秒で分かる?前回までのあらすじ
スライムとブラックドッグを受付嬢さんに預け、
ブラックドッグと共に、Bランク昇級試験に挑む。
それでは本編の続きをどうぞ。
22/07/03 全体を若干修正
一人と一体の歩みは速い。
ブギーマンは歩くというよりも浮いているらしく、滑るように進んでいく。
最近訪れたばかりの小川はとうの昔に通り過ぎ、今や振り返っても視認できない距離だ。
10代前半だった当時は、片道4日程度は掛かっていたはず。
身体が成長した今ならば、片道2日といったところか。
無理して強行軍を行うつもりはないが、これが初見の試験というわけでもない。
ステータスで言えばAランクに届いている俺にとって、Bランク昇級試験はそこまで構えるようなものでもなかった。
別段、障害に遭うこともなく、道程を順調に消化してゆく。
思えば、魔王を倒して以来、これ程王都から離れたこともなかった。
Sランクの依頼はまったくなかったし、特に遠出する用事もなかったから、惰性のままに王都で暮らしていた。
だからなのか、久々に見る王都郊外の景色は殊の外新鮮に感じる。
皆を連れてくれば良かったかと、ふと頭を過ぎったが、皆で連れだって歩けば、その分移動速度は遅くなる。
とりわけ、スライムたちは長距離の移動には向いていない。
それにダンジョン内のトラップのこともある。
どのみち、内部には連れていけない。
また、何か遠出する機会にでも、皆を連れてくれば良いだろう。
そう考えなおす。
空を見上げれば、日が中天付近から僅かにズレ始めていた。
既に昼時を過ぎた頃合いか。
周囲は平野から岩場へと、すっかり様変わりしていた。
手頃な岩の1つに腰かけ、昼食を取ることにする。
不測の事態に備え、手持ちの食料はできる限り温存しておきたいところではあるが、残念ながら食料になりそうな動植物は道中に見受けられなかった。
一応、事前に準備した分は予定日数よりも多めに見繕ってある。
不測の事態に備えて温存することで、今から消耗していては本末転倒だ。
大人しく携帯食料を頂くことにする。
とにかく栄養と満腹感を追求しているためか、大味だ。
お世辞にも美味いとは言えない。
歯応えは硬いというわけではなく、粘つくような妙な弾力がある。
味わうためでなく、ひたすらに完食することだけを考えて、無心で咀嚼する。
これを食べるのも数年ぶりか。
旅を行っていた時分には、それはもう随分と食べ飽きていた品だ。
危険の少ない道行の場合、食材を買い込んでおき、調理して食べていた。
携帯食料は過酷な環境などでもない限り、出番はなかった。
年単位どころか、月単位でも食べるには向いていない。
遠征をした冒険者なら、誰もが共感するであろう感覚。
記憶を刺激する、懐かしい味がした。
昼食後、少しの休憩を挟み、すぐに歩みを再開した。
見渡す限りの岩場、岩場、岩場と、代り映えのしない風景が続いている。
未だに生き物の姿を見かけない。
王都からは結構離れたし、そろそろ魔物が居てもおかしくないと思っていたのだが、どうやら当てが外れたようだ。
この辺りはBランクの鉱石類の採取クエストで訪れる場所。
もしかしたら、そのついでに魔物も倒されてしまっているのかもしれない。
流石に、王都に日帰りできない距離まで離れれば、まだ生き残っている魔物は居ると予想しているのだが、この辺りはまだ日帰りできる距離なのだろう。
遭遇できるとすれば明日以降になるか。
もし遭遇できたとしても、必ずしも王都に連れ帰るわけでもない。
保護する必要がないなら、そのまま手出しするまでもないだろう。
魔物を片っ端から保護するつもりはないのだ。
あくまでも、人間が不必要に魔物に危害を加えないようにしたいだけ。
被害に遭った魔物に対しては、保護したいと考えている。
だが、その場にちゃんと根付いている、自活できている魔物に関しては、余計な手出しはせず、現状維持で構わないだろう。
以前構想していた魔物図鑑的な観点からは、その生態を知っておくことは有意義ではあるが、そのためだけに王都へ連れて行こうとは考えていない。
共存とは、共に同じ場所で生きることではないはず。
同じ世界で、不必要に生存を脅かされることがなければ良い。
……それにしても、人間は恐ろしい生き物なのだと改めて理解させられる。
かつて、この場所を通った時は、引っ切り無しに魔物に襲われた覚えがあった。
それが今やどうだ。
まったく姿を見かけやしない。
あれから十数年、この場に生息していた魔物は、自主的に移住したのか、それとも住処を追われたのか、はたまた根絶させられてしまったのか。
皮肉なことに、魔物の襲撃に見舞われないことで、予定よりも早く目的地に到着できそうなのが、複雑なところでもある。
もっとも、この場に魔物が居たとしても、襲われたとは限らない。
何せ魔王のお通りだ。
狂暴化が解けていればなおのこと、襲ってはこないように思う。
もしくは、セントレアが言っていたように、魔王の特性とやらで逆に魔物を引き寄せてしまうかもしれないのか。
あっという間に日が沈み、夜が訪れていた。
幸いなことに、雲が出ていないため、辺りは星明りで十分に照らされており、思いの外明るい。
まだまだ歩き続けられるだけの体力も気力も残ってはいたが、休めるときに休むのも大事なこと。
大人しく、近場で野営できそうな場所を探す。
程良く、洞窟の様になっている岩場を見つけ、そこで夜を明かすことにした。
暖を取るために火を起こしたいところではある。
しかし残念ながら、周囲は相変わらずの岩場で草木の類も皆無。
当時は、魔物の死骸を薪替わりに火を起こしていたものだが。
今回、そんな真似をしないために、事前に準備しておいた。
固形燃料だ。
掌大のこれ1個で、一晩の暖が取れる優れ物。
流石に野晒しで着火するような真似はせず、周りを石で囲んでやる。
いつぞやの盗賊から没収したナイフを用いて着火する。
子供の頃とは大違いだ。
こんなことでさえ、かつては大変な苦労をしたのに。
揺らめく炎。
穏やかな時が流れる。
当時とは雲泥の差だ。
単独で試験に挑んだことで、当然ながら交代で夜の見張りなど行えるはずもなく、魔物の襲撃に備えながら、僅かな仮眠を取っていた。
今思い返すと、中々に無謀なことをしたものだ。
だが、当時の俺は2種類の大人しか知らなかった。
母さんのように優しい人間と、アイツのように非友好的な人間。
他人を、取り分け大人を頼ろうとはしなかった。
アイツのような奴ばかりかもしれないと、警戒していたのだろう。
そんな人間と一緒に居ても、命を預けるどころか、気も休まらない。
それが今や、ブギーマンによる偽物とはいえ、アイツと共に暖を取っている。
複雑な心境だ。
恐怖……ではないと思う。
思うが、今も変わらずブギーマンはアイツの姿を具現化して見せている。
恐怖を克服してみせたとき、ブギーマンはどのような姿に見えるのか。
魔物たちと同様に、霧状に見えるのか。
それとも、また別の恐怖を具現化して見せるのだろうか。
焚火独特の木が爆ぜる音などはぜす、ただ静かにその場で炎が揺らめいている。
――と、その光景が琴線に触れたような感覚がした。
何だろうか。
炎をアイツと囲む。
幼い頃、そんなことでもあっただろうか。
記憶を探ってみるが、それらしいものは思い出せない。
だが、どこか懐かしい気がする。
確かに、アイツに動物の狩りの仕方や食べられるよう処理の仕方など、サバイバルのイロハを叩きこまれたことは覚えている。
魔物の倒し方に関してもそうだ。
とはいえ、それは仲の良い親子のソレではなかった。
必要だから教えている、程度の感覚だった。
普段は碌に口も聞かず、偶に口を開けば”その程度か”みたいな蔑みばかり。
嫌いだった。
いや、今でも嫌いだ。
二度と会いたくもない。
暴力を振るわれたことなど無いが、好きになれる要素は皆無だった。
実家を飛び出す以前、母さんが何故アイツと一緒になることにしたのか、まるで理解できやしなかった。
……いや、そうでもないのか。
アイツは母さんにだけは優しかった。
優しさを向けていた。
口調も、掛ける言葉も、態度も、向ける視線も。
どれも決して向けられることの無かったもの。
悲しいとは思わなかったし、今でも思わない。
勇者による感情の抑制の所為ではないはずだ。
母さんが羨ましかったわけではない。
アイツに優しくされたかったわけでもない。
ただ疑問だった。
何故、俺だけが別物のように扱われるのかが疑問だった。
だが、それも最早どうでもいい。
世界を旅して、様々な人間がいることを知った。
アイツみたいな変り者が一人ぐらい居てもおかしくはないのだろう。
どうでもいい、はずだ。
揺らめく炎も、傍らのアイツの似姿も、答えを返してはくれなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




