36 元勇者の魔王、しばしの別れ 【修正】
22/07/01 全体を若干修正
ブギーマンを保護してから数日が経過した。
生物というより霊体に近い存在なのか、睡眠を必要とせず、あくまでも存在維持のために恐怖を糧としているだけのようだった。
鍵を掛けた室内では、出来るだけ姿を現して貰っていたが、寝起きの度にアイツ――父親が居るのは極めて不快なわけで。
既に恐怖というよりかは、不快感のほうが強い気がする。
恐怖の対象も、居ることが分かっていたり、見慣れてしまえば、働く感情も鈍くなるようだ。
やはりと言うべきか、俺からの恐怖だけでは足りず、住民や冒険者から恐怖を得ることになった。
それも迷惑な話だろうが、中でもマズかったのは、他ならぬ受付嬢さん。
彼女をブギーマンに会わせるため、宿屋の部屋に招いた時のこと。
冒険者を辞める切っ掛けとなった事件。
どうやらそれに俺が関係していたらしいのだが、生憎と覚えていない。
その事件というのが、とある魔物に襲われたことなのだそうだ。
その時助けに入ったのが俺らしく、また、その時に負った怪我が原因で冒険者を辞めたらしい。
つまり、彼女がブギーマンを目にした際、恐怖の対象として、その時の魔物が現れた。
普段の冷静沈着な様子からは想像できないぐらいに取り乱し、慌ててブギーマンに姿を消して貰った程だ。
更に、悲鳴を聞きつけた宿屋の女将とひと悶着。
只々平謝りをし、後日改めてお詫びをするということで、受付嬢さんには帰っていただいた。
とても軽率で申し訳ないことをしてしまった。
得られた教訓としては、それぞれの抱えている恐怖は、他人には決して推し量れないということ。
少し驚いたり、驚愕で固まるぐらいなら良かったのだが、あれ程取り乱されるとバツが悪過ぎる。
できれば相手の了承を得て、恐怖を味わってもらうべきなのだろう。
その手段を受付嬢さんと検討したかったのだが、それも断念せざるを得なかったわけだ。
他種族の共存は中々簡単にはいかないらしい。
今日は、というより、今日から数日間、王都を離れることになる。
それというもの、いよいよBランクへの昇級試験に挑むことにしたのだ。
既に冒険者ギルドへ申請し、誓約書やら規定の事前説明、試験場所の地図など、諸々の手続きを終えていた。
勝手知ったる何とやら。
かつて受けた試験ではあるが、冒険者ギルドも転職者用に複数の種類を用意もしていられないだろう。
王都から数日の距離にある人工のダンジョン。
その最奥の敵を倒し、討伐の証を持ち帰るというものだ。
要するにBランクで受けることになるクエストの予行演習的な要素。
遠征とダンジョン攻略と魔物討伐が詰め込まれた内容の試験となっている。
勿論のことながら、魔物が捕えられているわけではない。
居るのはゴーレム。
魔法協会、渾身の一品らしい。
驚くべきは、その利便性だろう。
何せ倒された後に、時間経過で自動再生するのだ。
時折メンテナンスは必要らしいが、それでもその利便性は計り知れないだろう。
一時は、魔王に対抗するための兵器としても検討されていたようだが、1体を製造するのに希少な鉱物類と膨大な時間が必要らしく、大量生産には不向きだったため、あえなく断念されたとか。
更に、計画が頓挫した要因の一つは俺。
思い返すのは、かつての試験のこと。
通常であれば、Cランク冒険者が2名以上で挑む試験。
当時、魔法協会随一と謳われた天才が製造したゴーレムを、俺が単身倒してみせたからだ。
ゴーレムを単身で倒せる勇者の存在こそが、ゴーレムの大量生産に止めを刺したことになる。
そのことにいたくプライドを傷つけられたその天才が、後日俺の元を訪れ、あらん限りの言葉で以て報復された。
……最終的には魔法を放ってきたが。
まぁその後,なんやかんやあって、仲間の1人、魔法使いとなった。
そんな懐かしいエピソードのある試験。
単身、その試験に挑むことになる。
スライムやブラックドッグは受付嬢さんに予め預かってもらっている。
以前発案したコミュニケーション方法を試す良い機会だと、彼女から提案されたのだ。
ありがたいことに、その間、冒険者ギルドを休んでまで面倒を見てくれるとのことだった。
コミュニケーションに用いる絵の意味は、俺が前もって皆に教えておいた。
まだそれ程種類は多くないが、必要最低限は用意できたはず。
後は結果を御覧じろ、といった具合だろうか。
ただし、ブギーマンだけは、前回の一件もあったこともあり、預かってもらうのはこちらから断っておいた。
彼女の反応は尋常ではなかった。
未だに、かつての恐怖が微塵も薄れてはいないのが容易に見て取れた。
故に、ブギーマンだけは連れて行くことにした。
そう考えると、厳密には単身ではないことになるのか。
ブギーマンには戦闘能力は皆無と言っていいし、あながち単身という表現も間違ってはいないだろう。
恐怖の量が心配ではあるが、道中、常に姿を現して貰っていれば、多少は足しになるだろう。
久々の遠出ということもあり、身支度は慎重に行う。
とはいっても、部屋に残っている品などたかが知れているわけではある。
今回、ブラックドッグは連れて行かないため、ローブは置いていく。
いつもはスライムたちが入っていたバッグの中に携帯食料や水、後は雨用のコートを入れておく。
後、念の為にエーテルを入れてある。
もし万が一、光体を使用してMPが無くなった場合に備えて、回復手段を用意しておくためだ。
流石に、今回の試験で使用するとは到底思えないが、念には念を入れておくべきだろう。
魔法協会の人たちは、ちょっと努力の方向性を誤っている節がある。
ゴーレムが魔改造されていないとも限らない。
それこそ、仲間だった魔法使いが何か手を加えているかもしれない。
彼女も魔法協会へ戻っているはずだ。
その可能性は否定できなかった。
荷物の最終確認も終え、部屋を出る。
一階に降りたところで、宿屋の女将さんに出くわした。
「おや、もう行くのかい?」
「はい。数日留守にしますが、部屋を引き払わないでくださいよ?」
「前金貰ってるってのに、そんな真似しやしないよ。失礼な子だね、まったく。……気を付けて行ってきな」
「はい、行ってきます」
短い挨拶を交して宿を後にした。
朝食を終えたとはいえ、まだ早朝と言ってよい時間帯だ。
今日も晴れるのか、薄ら明るい空の下、東門へと向かう。
試験のダンジョンは東門を抜け、数日歩いた先にある。
――と、東門の側に見知った顔が立って居ることに気が付いた。
銀髪眼鏡の受付嬢さんだった。
当然、仕事を休んで貰っているので私服だ。
「おはようございます、勇者様。今から向かわれるのですね」
「はい。あの、もしかして、もっと前からここで見送りのために、待っていてくださったんですか?」
「さぁ、どうでしょう。ともあれ、こうしてお見送りできて良かったです」
ワザとらしく惚けてみせる受付嬢さん。
「やっぱり見送りのために待ってたんですね? ただでさえ、皆の面倒を見てもらって恐縮しているぐらいなんですから、そんなに気を回していただかなくても……」
「朝の散歩のついでですから。偶然ですよ、偶然。皆のことは私に任せて、勇者様は試験に集中なさってください」
「……分かりました。では、皆を頼みます。受付嬢さんも、どうかご無理をなさらないでください。何かあったらセントレアを頼ってみてください。色々と癖が強いですが、きっと力になってくれるはずです」
「えぇ、そのご助言は何度も賜っておりますとも。どうか、私たちのことはご心配なさらず、ご自身のことに集中なさってください」
「分かりました。では、行ってきます」
「はい、勇者様に限って問題は無いとは思いますが、道中のご無事をお祈り申し上げます」
『マオウサマ、イッテラッシャイ!』
『マオウサマ、ゴシュツジン!?』
『マオウサマ、ヨニゲ?』
どうやら、スライムたちも連れてきていたようだ。
後、最後のヤツ、色々間違ってるからね。
こちらの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている受付嬢さんを背に、一路、試験のダンジョンを目指し歩く。
【次回予告】
Bランク昇級試験に挑みます。(当たり前の事を言いました)
連番のサブタイトルでお送りします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




