32 元勇者の魔王、恐怖の具現 【修正】
22/06/26 全体を若干修正
昼食を取り終え、その場から立ち上がる。
あまりこの場に長居したくない。
これ以上、余計なことを思い出したくはなかった。
「お腹はいっぱいになりましたか?」
『ハラ、ロクブンメ!』
『スコシ、モノタリナイ!?』
『ゴハン、スクナメ?』
流石に洞窟の一角に自生している程度では物足りなかったか。
そうなると、日毎のローテーションにこの洞窟を加えるのは微妙かもしれない。
残る近場だと、森だろうか。
今日とは反対側の西門を抜けた先にある森。
今から行くと暗くなってしまうし、城門が閉まってしまえばセントレアにも会えなくなる。
後者が特に問題だろう。
以前、城門が閉まってから訪ねた際には、門越しに随分と不満をぶつけられたものだ。
解放されたのは深夜だった。
あれの二の舞は御免だ。
「帰り際に落ち葉でも拾っていきましょうか」
『オチバ、ヒロイ!』
『キノミ、モトム!?』
『カジツ、オチテル?』
「果物、好きなんですか?」
『『『スキ』』』
「……成程、それじゃあ露店で買ってから宿に戻りましょうかね」
『ヤッタネ!』
『デザート!?』
『オヤド、モドル?』
「先にセントレアの所に寄りますよ」
『オウマサン!』
『オネエサン!?』
『オジサン?』
「……言葉が通じなくて良かったですね。そうでなければ蹴られるところですよ」
ブラックドッグを促し、スライムたちと共に洞窟の出入口を目指して歩きだす。
松明の明かりが遠くに見えてきたところで、そのそばに人影があることに気が付いた。
慌てて皆を所定の位置に隠す。
すると、相手もこちらに気が付いたのか、こちらに向かい声を掛けてきた。
「アンタも冒険者か? ここに魔物が来なかったか?」
「……確かに俺は冒険者ですが、魔物が居たんですか?」
「あぁ、この付近に逃げたと思ったんだが。アンタは洞窟の奥から来たのか?」
「えぇ、その通りです」
「その様子じゃあ、道中で魔物は見かけなかったんだな?」
「そうですね。それらしいモノは見かけていませんね」
少なくとも、一緒に連れている以外の魔物はね。
「そうか、突然済まなかったな。じゃあ、オレはもう行くわ」
「はい」
冒険者だったらしいその男は、そう言うとすぐに駆け出していった。
……この付近に魔物?
あの言動からして、スライムたちを見られていたわけでは無さそうだ。
そうなると、他に魔物が居たことになる。
さっきも言ったとおり、洞窟奥からここまで、他の魔物には遭遇してない。
居るとすれば、この洞窟の外だろう。
マナーとして洞窟を出る際に松明の火を消す。
念の為、洞窟の周囲を捜索してみる。
そういえば、魔物の詳しい特徴などを聞きそびれていた。
とはいえ、周囲は平野が広がっている。
余程小さかったりでもしない限りは、見逃すはずも無いと思うのだが。
特にそれらしい影も形も見当たらない。
と、不意に背後から気配を感じた。
咄嗟に振り返った直後、硬直してしまう。
――在り得ない。
――ここに居るはずが無い。
そんな考えが頭の中を一瞬で占める。
眼前の人物は一言も発する事無く、こちらを眺めている。
あれから十年以上は経っているにも拘わらず、その容姿に変化は見られない。
当時の記憶そのままの姿。
同時に、それを鮮明に覚えていた自分にも驚いてしまう。
――在り得ない。
――そう、在り得ないんだ。
母さんを置いて、アイツがこんな場所に一人で来るわけが無い。
これは父さんじゃない!
「何者だ! 返答次第では手荒い真似をすることになるぞ!」
「――――」
不用意に心を乱され、意図せず声が荒ぐ。
誰何の声に返答は無い。
何なんだコイツは?
よくよく観察してみれば、妙に気配が希薄だ。
まるで幻か何かのような……。
戸惑うこちらに何の反応も見せる事無く、見る間にその姿が薄らいでゆき、終いには跡形もなく消えてしまった。
訳が分からない。
何だったんだ今のは?
しばらくその場で周囲を警戒し続けていたものの、それ以降、そいつに遭遇することは無かった。
日は傾いてはいたものの、沈んではいない。
まだ青い空の下、王都へと戻ってきた。
先程のアレは、やはり魔物だったのだろうか。
直前の冒険者の話といい、そう考えるのが自然な気もする。
だが、何故あの姿で現れたのか。
思いがけず目にすることになった人物に、未だ動揺が収まらない。
……本当は気付いてる。
これは恐怖や驚愕ではなく、安堵なのだと。
そう、本物では無かったことへの安堵だ。
そのことが更に動揺を誘う。
当時、勇者であった頃は抑制されていた感情。
その抑制が失われた今だからこそ分かる。
俺はアイツを恐れていたのだと。
そして、今なお恐れているのだと。
いつも聞かされていた軽口が、耳元で囁かれるような幻覚に襲われる。
……くそっ、何て様だろうか。
真っ昼間に悪夢と遭遇した心持ちのまま、反射動作のみで冒険者ギルドで採取クエストの清算を済ませる。
その足で向かう先は王城だ。
城門の門番たちに怪訝そうな顔を向けられる。
無理もない。
さぞ酷い顔色をしていることだろう。
俺の姿にいち早く気が付いたセントレアが、爆速で接近してきた。
「ダーリーン! 結婚しましょう!」
「……お断りします」
「――あら? 一体どうしたのダーリン!? 顔色が悪いわよ!?」
「……少しばかり悪夢を見ただけです」
「悪夢って……もうすぐ夕方よ? ……何があったのか話して頂戴な」
「…………」
「何の助けになるかは分からないけど、話せば楽になることもあるはずよ」
「……そう……ですかね……」
「勿論よ! 伊達にアタシも長く生きて――いえ、何でもないわ」
セントレアに促されるまま、人目を避けるように場所を移すことにした。
城の庭内、人気のない一角に腰を下ろす。
「それで、何があったのかしら?」
「……王都に程近い平野で、とある人物の偽者に出会ったのです」
「ニセモノ??? 知り合いの偽者ってことかしら?」
「えぇ、ですが姿形は瓜二つでした。それに、すぐに姿を消してしまいました」
「つまりは、人間じゃなかったわけね?」
「……恐らくは」
「その人間とはどういった関係なのかしら?」
「……俺の父親です」
「あら、そうだったの? それじゃあ、お父様の真似をされたのがショックだったのかしら?」
「……いえ、どうでしょうか。俺にもよく分かりません」
「――立ち入ったことを聞くようだけど、そのお父様とは上手くいってなかったんじゃなくて?」
「っ!?」
「……その反応からして、どうやら見当違いってわけでも無さそうね。なら、ダーリンが遭遇したモノが何なのか心当たりがあるわ」
「え? ほ、本当ですか?」
魔物に詳しいとの自負があるわけでもない。
それでも、長らく旅をしていたのだ。
相当数の魔物は見知っている。
知り得ない魔物を、セントレアが知っているというのか。
「えぇ、もっとも確証は無いけどね。恐らくはブギーマンだと思うわ」
「ブギーマン?」
「そう。対象の恐怖を具現化して見せると云われている魔物よ」
「対象の恐怖……」
「特に危害を加える魔物ではなく、ただ自衛のためにそうするって聞いた覚えがあるわ。相手が怯んでいる隙に逃げるみたいよ」
「…………」
「……ダーリン、大丈夫? そんなにお父様が苦手だったの?」
「苦手……と言えばそうですかね。何時如何なる時も俺を認めない人でしたし」
「……厳しい方だったのかしら?」
「厳しいというより、あれは俺に興味が無かったんだと思います」
「…………」
「その理由までは分かりませんが、常に貶されていた覚えしかありませんね。あらゆる事柄において、常に俺の上をゆき、こんなことも満足にできないのかと小馬鹿にされてました」
「……そうだったの……でも、ご両親は今も健在なのよね?」
「えぇ、そのはずです」
「なら、会って話を聞いてみたらどうかしら? もしかしたら誤解があるのかもしれないわ」
「帰りませんよ、俺は。二度とね」
それ以上の会話を断ち切る様に、その場から立ち上がる。
「先程話にあったブギーマンですが、実害は無いのですね?」
「え、えぇ、そうだと思うわ」
「……保護は……必要だったのでしょうか」
「どうかしらね。それこそ、恐怖を感じない相手でもない限りは捕まえられないんじゃないかしら?」
「……成程。勇者だった頃には脅威に思わないはずですね」
「……また何かあったら来て頂戴。精々が、話を聞いてあげるぐらいしかできないけど、ね」
「いえ、それで十分ですよ。随分と楽になりましたから」
「……そう? なら良いのだけれど」
「そろそろお暇させていただきます」
「分かったわ。それじゃあ、またね、ダーリン」
「それでは、また来ます」
そうして王城を後にする。
……忘れずに露店で果実を買わないとな。
日が沈みゆく中、俺の気持ちもまた沈んでいくようだった。
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