20 元勇者の魔王、コミュニケーションを模索 【修正】
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
22/06/10 全体を若干修正
最大の懸念材料たる宿屋の女将に遭遇する事無く、自室へと辿り着けた。
来客を想定してはいなかったので、綺麗とは言えないだろうが、何分物の少ない部屋だ。
定期的に宿屋の女将が掃除してくれていることだし、大丈夫だろう。
そう思い、部屋の扉を開く。
「では、余り綺麗とは言えない部屋ですが、どうぞお入りください」
「それでは失礼します」
受付嬢を先に部屋へと通し、続いて俺も部屋に入り扉を閉める。
勿論鍵を掛けるのも忘れない。
一連の行為だけ振り返ると、疚しいことをしているような気になるが、それこそ気にしたら負けだろう。
それに、目的は至って真面目な話だ。
落ち着け俺。
魔王討伐の旅路では、仲間たちと同じ部屋で泊ったこともあっただろうに。
野宿ならば、更に多い。
何を緊張する必要があろうか。
「――勇者様? どうかされましたか?」
「ひゃいっ!?」
思いがけず、口から変な声が出てしまった。
慌てて言い繕う。
「ゴホン……失礼しました。ええっと、どうぞ椅子を使ってください」
「あ、はい。ありがとうございます」
「まずは皆を紹介したいと思います。驚くのも無理は無いとは思いますが、どうか騒がず、落ち着いてくださいね。決して危害は加えさせませんので」
「? はい、分かりました」
いきなり皆を紹介すると言われて、困惑気味の彼女であったが、説明を前にしようが後にしようが、無理ならば結果は一緒だろう。
意を決して、まずはバッグを開き、中身をその場に出してやる。
床に姿を現す三体。
その視線はすぐに、椅子に座る女性へと向けられた。
彼女もまた、そのスライムたちをジッと見ている。
数秒の沈黙が室内を支配する。
とはいえ、スライムたちの声は俺にしか聞こえないのだが。
敵意を向けて来ない彼女を不思議に思ったのか、頭に声が聞こえてきた。
『スワッテ、ウゴカナイ!』
『オソッテ、コナイ!?』
『ナンデ、ドウシテ?』
「彼女には、俺と同じように魔物の保護に努めて貰おうと考えています。だから彼女は襲って来たりしませんよ」
「? あの、勇者様? どなたと話されているのでしょうか?」
「え? あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。実は、俺はもう勇者ではありません」
「――それは存じ上げております。ギルド証も拝見させていただいておりますし」
「……あぁ、そういえばそうですね。それで魔王となった際に、【意思疎通 (魔)】というスキルを獲得していまして。その効果により、魔物の意思は俺の頭の中に伝わり、俺の言葉は魔物に伝わるって感じで会話が可能なんです」
「……それは凄いですね。ちなみに、今は何て言っていたんですか?」
「貴女が襲って来ないことを不思議に思っていたようです。元々、王都の下水道に潜んでいたのですが、冒険者に襲われそうな所を助けて、そのまま今に至っているので、襲われなかったのが殊更に不思議だったのでしょう」
「……成程。あの依頼はそういう理由で解決していたのですね。……しかし、こうして間近で魔物と対峙するのは、何とも不思議な感覚ですね。妙に緊張してしまいます」
「それは無理もないでしょうね。俺もスキルが無ければ他の冒険者と変わらなかったと思いますし。っと、実はもう一体居るんです」
「スライム以外に、ですか?」
「えぇ、ただ、この子は魔物ではなく妖精なんですが」
そう言って、身に纏ったローブを開く。
身体は見えず、黒い霧で覆われている。
元の姿に戻るよう指示を与えると、黒霧が室内へと移動し始め、次第に形を成してゆく。
やがて2メートル程の犬の姿になった。
「――っ!? ブラックドッグ!?」
流石の彼女もブラックドッグを目の当たりにして、動揺を隠せない様子だった。
「安心してください。残念ながら妖精とは意思疎通できませんが、敵対しない者への攻撃は禁じていますので」
「……魔物ではないんですか?」
「実はそうみたいなんですよ。自分も驚きましたがね。何よりも驚いたのは、王都南の山中に居たことですが」
「そんなに近場に居たのですか!? かなり好戦的な魔物として周知されていましたが……」
「もしかしたら、現在も危険視されている魔物の多くは、実は魔物以外の種族かもしれませんね」
「……確かに、魔王が倒された以降に狂暴化が解けていないというのは、そういった理由があるのかもしれませんね」
「でしょう? だから、魔物の保護だけでなく、その生態や種族の違いなんかも並行して調べてゆき、最終的には図鑑のように纏めて、広く普及できれば良いとも考えています」
「それは大変素晴らしいお考えかと。ただ、そのためには莫大な時間が必要となりそうではありますが」
「……そうですよねぇ。そもそもスキル無しに魔物たちとコミュニケーションを取る方法を考えないといけませんし」
「……確かにそうですね。私もそれができなければ仕事に差し支えますね」
「下手にスキルで意思疎通ができる所為か、中々良い案が浮かばなくてですね。外で軽くお話させていただきましたが、今回お招きしたのも皆の紹介とは別に、その件をご相談したかったからに他なりません」
「コミュニケーション方法を、ですか?」
「そうです。何か思いついたことがあれば、是非教えてください」
「…………確か、妖精とは意思疎通はできないと仰ってましたよね?」
「えぇ、そうです。それが何か?」
「では、どうやって妖精とコミュニケーションを取っておられるのですか?」
「あー、それはですね……」
どうしたものか。
支配のことに関して、正直に話しても大丈夫だろうか。
流石に王様に使用したことは伏せておくにしても、ブラックドッグに使用したことを話さないと、質問の答えが返せない。
んー、隠しておく方が、後々問題になりそうか?
中々に悩ましいが、ここは一つ、信頼してみるとしよう。
「実はですね、魔王に転職したことで、支配ということが可能になりまして、それで意思疎通せず、ある程度行動を制限できているんですよ」
「……支配、ですか? 大仰な名称ですが、その力とはどのような?」
「文字どおりの意味ですね。触れた対象の思考や意思を支配できるみたいです」
「…………それは随分と危険な力のように思えますね」
「そうですね。俺もそう思います。なので軽はずみに使用しないよう心掛けているつもりです」
「しかし、それならばいっそのこと、王都中の住人にその支配を使用すれば、魔物の保護は容易く叶うのではないですか?」
……随分過激なことを言う人だな。
まぁ、確かにそのとおりではあるんだろうけれどもね。
「確かに、その方が手っ取り早いんでしょうね。ただ、俺にそのつもりはありません。支配がどれだけの人数に、どれだけの期間作用するのかも分かりませんし」
一呼吸を挟んで、言葉を続ける。
「魔王が倒されて魔物の狂暴化が解けたのは、支配の影響から脱したからかもしれません。ならば同じように、俺が死んでしまえば、支配も解除されてしまう可能性が高い。理解を得られぬまま支配が解ければ、魔物への処遇は改善され得ないでしょう」
「……否定して貰えて良かったです。流石にそれを実行に移すようであれば、ご協力は致しかねましたので」
「ははは……そ、そうですか。それは何よりでした」
思いがけずも、試されていたわけか。
盲目的に従って貰っても、それこそ支配しているのと変わりがない。
むしろ、俺に対し意見を述べてくれたり、諫めてくれた方が有難いほどだ。
「では、妖精に対して指示を与える場合は、どうしているのでしょうか?」
「基本的には手で触れて、俺の意思を伝えるって感じですかね」
「……それは触れないとできないのでしょうか?」
「そうみたいですね。触れていない場合は、特に反応してはくれませんね」
「ちなみに、長期的な指示を与えることは可能でしょうか? 例えば、絶対に吠えるな、などは」
「んーそうですねー。一々指示を与えなくてもって意味であれば、できているとは思いますけど」
「……成程。であれば、コミュニケーションは可能かもしれません」
「っ!? ほ、本当ですか!? 一体どうやって!?」
「まず現状を整理しましょう。魔物には意思疎通で、妖精には支配で指示を与えることは可能なのですよね?」
「そうですね」
「文字……いえ、何か絵のような物を用意して、その時々の考えや訴えなどを選んで貰ってはどうでしょうか?」
「……? ちょっと、まだよく分かっていないんですが……」
「例えば、ご飯の絵を用意しておくとして、お腹が減った場合にはそれを指し示して貰う、といった具合です」
「おお、成程! つまりは、予めその絵の意味を伝えておけば、言葉を用いずともコミュニケーションが可能というわけですか!」
「想定どおりにゆけば、ですが。とはいえ、これも絵を判別できるという前提ではありますが。目の見えない魔物などの場合は、また何か別の方法を考える必要があるでしょうね」
「……そうですね。確かに、一律でとはいかないですかね」
「それに、絵の識別に関しても個体差があるかもしれませんし。こればかりは試行錯誤を重ねるしかないかもしれません」
「でも、割と可能性は高そうな方法だと俺も思いますよ、実際。ジェスチャーとかしか思いつきませんでしたし」
「その方法でも大丈夫かもしれません。ただその場合、人間が指示を与えるには有効そうですが、魔物からのジェスチャーをどうするかが課題でしょうか」
「確かに、それもそうですね。いえ、まずは絵を試してみましょう。……むしろ、都合の良い絵が見つかると良いのですが」
「無ければ作るしかないでしょうね。頑張ってください」
「え? て、手伝ってはくれないんですか?」
「フフフ、冗談です。勿論、お手伝いいたします」
「……冗談になってないですよ」
割と表情が変わらないから、本気か冗談か分かり辛い。
ただ、こういう普段表情が変わらない女性が不意に見せる笑顔とか照れとかは、非常に良いと思います!
まぁ、今はそんな表情はしてないけれどもね。
ともあれ、悩んでいたのが馬鹿らしくなるほどに、早期解決してしまった。
最初こそ俺が魔物に絵の意味を教える必要があるだろうが、それ以降は俺以外の人間ともコミュニケーションが可能となるだろう。
――と、いつまでも女性を男の部屋に引き留めておくのも不味いか。
「いやー、本当に今日はありがとうございました。お陰様で光明が見えました」
「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです」
「それはもう、大助かりでしたとも! しかし、突然部屋にお招きしてしまい、申し訳ありませんでした。またお時間がある時にでもお話させてください」
「勿論、構いませんよ。今日はもうご用件はお済になられたのですか?」
「はい、本当に助かりました」
「それは良かったです。――では、私はこれで失礼させていただきますね」
「碌なおもてなしもできず申し訳ありませんでした。また機会があれば是非」
「はい、それではこれで失礼します」
席を立つ彼女に、床でこちらの様子を窺っていたスライムたちが反応した。
『オハナシ、オワリ!』
『オヤマ、イキタイ!?』
『オナカ、スイタ?』
「あぁ、そういえば、もう昼食時でしたか。じゃあいつもどおりに、山に行きましょうか」
「はい? ――あ、もしかして、またスライムが何か喋ったのですか?」
スライムたちに返答した俺に、彼女が反応を示した。
傍から見れば、独り言を喋っている様にしか映らないか。
「えぇ、そうなんですよ。最近は山でお昼を取ることにしていたので、その催促をされたんです」
「そうだったんですね。それは随分と健康的なことですね」
『ハッパ、タベル!』
『オヤマ、ノボル!?』
『ミンナ、イッショ?』
「ん? そうですね、いつもの皆で行きますよ」
『オキャク、コナイ?』
「えぇ、彼女は帰るところですから」
「? 今度は何と?」
「どうも、貴女も一緒に来ると思っていたみたいでして」
「そうなのですか? ……この後の予定もありませんし、お邪魔でなければ、私は構いませんが」
「……そうですか? ただハイキングがてら昼食と採取クエストをこなす程度なんですが、それでも構いませんか?」
「えぇ、こうして魔物と接する機会も稀ですし、折角ですので是非に」
「有難うございます。 ――良かったですね。彼女も同行してくれるそうですよ。折角ですし、何か感謝を示してみてください」
そう、スライムたちに無茶振りしてみる。
さて、どういった行動を取るのだろうか。
――と、スライムたちは彼女に向かい、一斉に飛び掛かった。
一瞬、俺も彼女も身構えたが、ポスっという音と共に、彼女の腕に三体共が抱き留められた。
『カンシャ!』
『アリガト!?』
『フカフカ?』
最後の一体よ、何の感想だそれは。
「ほら、バッグの中に入ってください」
「……いつも、そのバッグに入れているんですか?」
「えぇ、そうですが、それが何か?」
「……早く、外を連れだって歩けるようになると良いですね」
「えぇ、まったくです」
ローブを羽織り直し、ブラックドッグを霧状にして内側に入って貰う。
バッグの中で今もはしゃいでいるスライムたちを宥めつつ、彼女と連れだって部屋を後にした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




