107 元勇者の魔王、成果
大樹へと魔力供給をし始めてから、十日程が経過した。
大樹の魔力上昇に伴う周囲への影響も、ドリュアスにより制御されている。
準備は着々と進行していた。
その間、一度とて襲撃が行われることはなかった。
嵐の前の静けさなのだろうか。
だが、前回の襲撃時、使用された骨の量は尋常ではなかった。
数百メートルは下らない巨体が二体分。
そう簡単に用意できる量ではあるまい。
あるいは、もう襲撃はないのかもしれない。
当然、油断は禁物ではある。
少なくとも、スカルドラゴンは出現していない。
いずれ、再び相見えることになるだろう。
水の冷たさが心地よい。
理想はお湯なのだろうが、水浴びできるだけでもありがたい。
妖精の住処の外。
山裾を流れる小川に来ていた。
妖精の住処にも、沐浴が可能な水場はあるらしい。
そう、"らしい"、だ。
俺は利用を拒否された。
主にアルラウネによって。
そうして、風呂代わりの水浴びを、連日、ドリュアスに頼んで外界へと繋いで貰い、行っている次第である。
少し離れた場所では、ブラックドッグが気持ちよさそうに水遊びをしている。
川まで走って飛び込み、反対側まで泳いだら、走りながらまた川まで戻り飛び込む、そんなことを繰り返し行っている。
思い返してみれば、川へはあまり連れて行かなかった。
水遊びも同様だ。
もしかしたら、ずっと水遊びしたかったのかもしれない。
何せ、雨天で来れなかった日以外は、常に同じことを繰り返しているのだ。
コロポックルたちは跳ね回ることに夢中になっていたが、ブラックドッグは水遊びが好みなのだろうか。
特定の物事に執着するというのは、妖精の習性なのか。
昼の陽気が、ほどよく体温を保ってくれている。
いつもの如く、飽きるまでは好きにさせておく。
実に長閑だ。
思いがけず、妖精の住処にて、のんびりしている気がする。
順調に事は運び、障害も今のところ無い。
後数日もすれば、魔力が十分に溜まるらしい。
王都に戻れば、王子探索のため、奔走することになるだろう。
休養は希少で大事なものだ。
王都で皆と、こうしてのんびり過ごせればよいのだが。
実現させるためにも王子の討伐を、その前に捜索を、そのための魔力供給を、といった具合に思考はループしている。
頭も碌に働かないようだ。
岩に背を預け、身を川の水に浸す。
心地よい。
次第に眠気に誘われ始める。
気を抜き過ぎるのはよくない。
眠気との葛藤が起こる。
不意に、揺れを感じた。
――地震か?
続く揺れに身構えるが、少しの間を置いて先程と同様の揺れを感じるだけだ。
次の揺れも、その次の揺れも。
一定間隔で、似たような振動が伝わる。
地震ではない。
王都にジャイアントが襲撃して来たときと同じだ。
何か巨大なモノが近づいてきているのだ。
相手は十中八九、アンデッドだろう。
遂に来たのか。
ガバッと起き上がると、急ぎ下着を履く。
取る物も取り敢えず、残りの衣服は抱えて、空間の歪みを目指す。
異変を察知したのか、すぐさまブラックドッグも駆け寄って来た。
共に歪みへと突入する。
一瞬の後に姿を現す先は、大樹の間だった。
「やっと戻って来――キャァーーーーッ!?」
「――何じゃ!? 何を騒いでおる!?」
「イーーーヤァーーーッ!!」
出迎えたのは悲鳴だった。
アルラウネが緑の顔を赤らめて、両手で顔を覆っている。
一瞬、普通にこちらを見ていたのだが。
どうしたのだろか。
「変態! 痴漢! なんで裸なのよ!? もぅ信じられない!!」
「はだか?」
言われ、自身の体を見下ろす。
下着は履いている。
他は身に着けていない。
辛うじて大丈夫なはずだ。
「ちゃんと着てますけど?」
「全然着てないじゃない!? 早く服着てよ!!」
「――何をしておるのやら。……敵が来ておるし、手早くな」
乾いていない体に、無理矢理服を着込む。
感触が実に気持ち悪い。
「やっぱり人間は最低だわ。ここの水場を使わせなくて正解ね」
未だにこちらを見ようともしないアルラウネ。
「危急の折と、駆け付けたんですがね」
「――まぁ落ち着け。ほれ、懲りずにまた来おったぞ」
ドリュアスの見つめる先には、中空に外の光景が映し出されていた。
平原を移動して来るのは、以前見た白い山。
「あれ? 以前よりも小さくなってませんかね?」
「――そのようじゃな。半分ほどもあるまいて」
どういうことだろうか。
一度敗れた相手を、再び投入してくる理由。
しかも、半分以下の大きさで、だ。
元々、大きさを頼みにした手合いだったはず。
「とりあえず迎撃に向かいます」
何であろうと、迎撃は不可欠だ。
歪みを用意して貰う。
「――あの程度であれば問題はあるまいて。いや、むしろ好都合じゃ」
予想に反して、ドリュアスは空間の歪みを用意してはくれなかった。
何か別の考えがあるようだ。
「どういう意味ですか?」
「――あれが普通の魔物であれば手控えるところじゃったが、都合のよいことに、相手は骨の群れじゃ」
「はぁ、つまり?」
「――生物ほどではないが、魔力を有しておる。以前であれば無理じゃったが、今ならばお互いの力関係は逆転しておる」
「???」
いまいち要領を得ない。
何となくだが、アンデッドから魔力を吸収しようとしている様子なのは察せられたのだが。
「――最早、母よりも小さいサイズの輩。直接食わせてしまえばよい話じゃ」
「は?」
食わせる?
何が何を?
理解が追い付く前に、事態は進展する。
ドリュアスが両手を大樹へと翳してみせる。
続いて、地面が激しく揺れた。
先程とは異なる揺れだ。
立っていることもままならない。
膝をつき、両手も地面につけ、揺れに対抗する。
見れば、立っているのはドリュアスだけだ。
アルラウネもまた、地面に座りこみ、壁面を成す木へしがみついている。
頭上から声が降って来た。
「――さて、残念ながら馳走はできぬ。何せ、馳走はキサマ自身なのじゃからな」
ドリュアスの視線は中空の映像に固定されている。
映像の中でも変化が起こっていた。
白い山の地面から、茶色い線が飛び出してきた。
あれは……根っこだろうか?
すぐさま、白い山は地面に縫い付けられ、動きを止めた。
だが、根の増殖と浸蝕は、留まるところを知らぬと言わんばかりに、勢いを弱めない。
白い箇所が次第に見えなくなっていく。
やがて完全に根に覆われてしまった。
出来上がるのは、茶色い山。
「――カカカッ。他愛ないのう。ほれ、早う抜け出せねば、潰れてしまうぞ?」
未だ揺れが収まらぬ中、振動する音と共にドリュアスの声が響く。
茶色い山が体積を一回り小さくしてみせた。
耳障りな、キュウッという音が聞こえた。
骨が圧縮されたのだろう。
見る間に茶色い山が体積を縮めてゆく。
そして、一気に収縮した。
「――これで仕舞いじゃな。少しは魔力の足しになったじゃろう」
根が地面へと戻って行く。
その場に残されるのは、骨粉だけだ。
唖然として、この光景を見つめ続ける。
前回の半分ほどの大きさではあったものの、一方的に倒してみせたのは、異常に成長しているとはいえ、只の植物だ。
魔力を得ることで、これほどまでに力を持ちうるのか。
初めて、大樹へと脅威を感じた。
異変はまだ終わらなかった。
映像には、再び白い山が出現していた。
「――ふむ、まだ出てきよるのか。よいぞよいぞ。全て平らげてくれる」
そこからは、先程の光景の焼き回しだ。
白い山は茶色い山へと変貌を遂げ、やがて白い粒子へと成り果てる。
だが、その後も三度、白い山は現れた。
それもすぐさま糧となった。
結局、五回も出現してみせた巨大アンデッドだったが、全て大樹の魔力となってしまったようだ。
「――カカカカカっ。入れ食いじゃったな。最早魔力も十分に溜まったわい。明日にでも人間の都へと至れるじゃろう」
「――――」
驚愕の連続で、言葉を発することも叶わない。
まさしく絶句。
この大樹は危険だ。
自分は、何か取り返しのつかないことをしてしまったのではなかろうか。
高笑いを続けているドリュアス。
妖精もまた、人間や魔物の脅威と成り得る。
そう認識せざるを得ない光景だった。
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