106 元勇者の魔王、反響と影響
夜を告げに来たドリュアスとアルラウネに声を掛けられるまで、コロポックルたちと遊んでいた。
お蔭で、コロポックルたちの機嫌は上々だ。
いや、少しやり過ぎたかもしれない。
「「「「「ポーーー!!!」」」」」
光糸のネットに緑の球体が群がっている。
そして、ブラックドッグも姿が見えなくなる程に、コロポックルたちに群がられていた。
余程に娯楽に飢えていたのだろうか。
興奮冷めやらぬ様子だ。
「――これは一体、何の騒ぎじゃ!?」
「アンタ、何したわけ!?」
速攻で、二体に問い詰められてた。
「飛び跳ねるのが、殊の外お気に召したようでして、気が付けば今のようなテンションになってしまいました」
「やり過ぎ」
「――じゃな。これは大人しくさせるのも一苦労じゃろうて」
喜ばれて責められるとは、何たる皮肉か。
「――オヌシは母へと魔力供給を頼む。この場は妾がどうにかしておくゆえな」
「あの、ひとつ物は相談なんですが……」
光糸のネットを見せ、遊具について提案してみる。
創る事自体は難しくもないようだ。
ただ、場所は移すと言われた。
広場の周囲に部屋を設け、色々な遊具を創ってみようとなった。
ひとまず、その場をドリュアスたちに任せ、緑の山から救出したブラックドッグを伴い、大樹の元へと向かった。
木に見下ろされながら、通路を進む。
やがて、一面緑に覆われた空間へと辿り着く。
一際目を引くのは、奥に構える大樹。
心なしか、大きさを増しているようにも感じる。
魔力を吸収した影響が出ているのだろうか?
威容を視界に収めながら、大樹の元へと進み出る。
近づいてみると、より鮮明に姿を確認できた。
やはり、影響が表れているようだ。
樹皮がひび割れているのだ。
隙間から覗くのは、新たな樹皮。
急激に成長している。
そういえば、山や集落への影響はどうなのだろうか?
この大樹により、妖精の住処や山の異常が齎されているならば、魔力を増したことで、なんらかの影響が出ていないとも限らない。
ドリュアスへの確認もさることながら、自分の目で確認してみた方がよいかもしれない。
そう考えると、これ以上の魔力供給は、どうにも躊躇われてくる。
果たして、自分の行いは正しいのだろうか。
誰かの不利益となってはいないだろうか。
答える声はあろうはずもない。
最良か最善か。
思い込みは禁物だ。
客観的に、多角的に、見極める必要がある。
妖精の協力による移動手段の確保。
魅力的な力ではある。
王子の捜索において、必ずや役立つはずだ。
だが、仲間たちと相談をしたわけではない。
俺の独断だ。
そして、魔力を増した大樹による、周囲への影響が不明ときている。
本当に大丈夫なのだろうか。
考え始めると、不安の割合が増してくる。
「――どうじゃ、もう済んだかの?」
不意に背後から声が掛けられる。
振り向かずとも、声の主は判然としている。
ドリュアスだ。
色々と考え込むより、いっそ聞いてしまった方がよいかもしれない。
振り向きざまに、問いかける。
「大樹に魔力供給を続けた場合、周囲への影響はどれほどあるのでしょうか?」
「――何じゃ、藪から棒に。周囲への影響じゃと? ふむぅ、まず思い浮かぶのは、植物の成長かのう。妖精の発生は、妾が抑制しておるから、妖精が大量発生するという事は有り得んぞ」
「他にはありませんか? 特に、集落への影響などは?」
「――どうじゃろうかのう。確かに、気にかけてはおらんかったな。どれ、少し覗いてみるか?」
「是非お願いします」
「――相分かった。……ほれ、どうじゃ」
俺とドリュアスの中間地点の空間に、映像が浮かび上がる。
暗い。
そういえば、外界は夜だったか。
「――俯瞰視点過ぎたかの。夜では見えんな。もそっと近づけてみようかの」
「はい」
視点が集落の上空から、徐々に下降を始める。
なだらかな斜面に、明かりが漏れる家々が散見される。
――ん?
何か違和感が……何だろうか。
気のせいだろうか、妙に家の背丈が低いような……?
視点が家屋の屋根を通過する。
「「「――」」」
俺とドリュアスとアルラウネ。
一人と二体は、しばしの間、その光景を見つめながら沈黙した。
集落に変化はあった。
雑草だ。
明らかに増えてるわ伸びてるわ。
日中であれば、家々から明かりが漏れることもないため、廃集落かと疑ったかもしれない有様だった。
「影響、出てますね」
「出てるわね。間違いなく」
「――う、うむ、その様じゃな。その辺りについても、後で調整しておくとしよう。いやはや、気が付くのがもう少し遅ければ、集落は草に埋もれておったじゃろうな。カカカッ」
「笑い事ではありませんよ、まったく」
「――相済まぬ。以後、周辺への影響についても、都度確認しておくとしよう」
「お願いします」
「ワタシは別に、人間への影響がどうなってようが、一向に構わないけどね。むしろ、人が寄り付かない方が望ましいぐらいだし」
「――これ、不要に波風を立てるでないわ。安心せい、明朝には元通りじゃ」
「ありがとうございます」
中空の映像が消える。
俺は大樹へと向き直り、ひび割れた樹皮へと手を当てる。
手の平からは、大樹の鼓動が伝わってくるような気がする。
魔物や妖精ならともかく、植物が鼓動を刻むはずもない。
錯覚だ。
感じるのは温かさだ。
生きているのだと、そう感じる。
目を閉じ、魔力を注ぎ込む。
やはり、大樹が脈打つような錯覚がある。
半分の魔力を注ぎ終え、目を開きながら手を離す。
妖精の母たる大樹。
先程の光景しかり、確かに力を増してきているらしい。
木々の壁に手を触れる。
この状態で念じればいいんだったか。
壁に隙間が出来る。
次第に広がりを見せ、やがて昼間までいた部屋が姿を現した。
「一応、ドリュアスはちゃんと対応したみたいね。これで出入りは自由にできるわよね。でも、だからって、勝手に出歩かないでよね?」
「分かっています」
「明日は自分で起きてよね。もう起こしになんて来ないから」
「お手数をお掛けしました」
とは言え、今朝も起きてはいたのだが。
単に出られなかっただけだ。
もっとも、起こしに来てくれなければ、ずっと室内に閉じ込められたままだったのは間違いない。
礼を述べるべきなのは確かだ。
「じゃあね。……お休み」
「お休みなさい」
プイっと視線を逸らして、足早に去って行くアルラウネ。
ブラックドッグを伴って、室内へと入る。
今度は出入口付近の木の壁に触れる。
次第に隙間が閉じていく。
やがて通路は見えなくなった。
光源が失われた室内は、真っ暗闇だ。
目が慣れるまでは、何も見えない。
不便というか、極端というか。
寝るにはとてもよい環境なのは確かだ。
暗いし、静かだし。
布団代わりの葉も、在り得ないほどに柔らかい。
しばらくジッとして過ごし、目が暗闇に慣れてきた頃に、葉の布団へと向かう。
柔らかな葉に包まれると、いつも通りにブラックドッグが上に乗って来る。
今の今まで、襲撃はなかった。
今晩はどうだろうか。
目を閉じて浮かぶ光景は、草木に覆われた実家の姿だった。
ははは、洒落になってない。
危うく埋もれてしまうような成長具合だった。
大樹であれなのだ。
大気や水、大地に魔力が過剰供給された場合、何が起こるのだろうか。
今後の課題として、覚えておくべきだろう。
だが、まずは睡眠を。
一日でも早く、王子の捜索を開始するために。
今は休むとしよう。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




