104 元勇者の魔王、妖精の母
妖精の住処の最奥。
大樹が聳える空間に、再びコロポックルの群れが訪れる。
コロポックルの総数は不明だが、予想通り、数回に分けて大樹へと魔力供給を行っているようだ。
「――そう言えばオヌシ、腹は減っておるのか?」
「え? そうですね。多少減っている気がします」
「――やはりそうじゃったか。妖精は言うに及ばず、アルラウネも十日に一度の食事でこと足りておる。じゃが、人間はそうもゆかぬようじゃの」
「人間て不便なのね」
「――確か、まだ蓄えがあった筈じゃ。案内してたもれ。妾はしばらくここを動けんでの」
「まったく、仕方ないわね。付いてらっしゃい」
「はい」
言われるまで気が付かなかったが、昨日から丸一日、何も食べていない。
その割には、空腹感が僅かだ。
精々が一食分の空腹と言ったところだ。
妖精の住処では、あまり空腹を覚えないらしい。
これも外界に比べて、魔力が満ちている所為なのだろうか。
先導するアルラウネに続き、大樹の空間から通路へと出る。
通常では在り得ぬ程の高さを誇る木々の合間。
広大な回廊にでも足を踏み入れたかのような感覚だ。
もっとも横幅は、大人3人が両腕を伸ばした程度の広さだが。
天井の異様なほどの高さに比べて横幅が狭い分、妙な圧迫感というか閉塞感みたいなものを覚えもする。
広場までの道中、特に目印らしき箇所は見当たらない。
だが、通路の途中でアルラウネが立ち止まった。
左側の木々に向かい、手を伸ばす。
木の表面に触れて間もなく、変化が起きる。
木々が左右に分かれて行き、奥に空間が広がっている。
「じゃあ、中から食べ物を見繕ってきて。ただし、余り欲張らない方が良いわよ。外界とこことじゃ、満腹を感じるまでの量も違うから」
「分かりました」
出来上がった部屋の入り口に佇むアルラウネ。
その横を通り、部屋へと足を踏み入れる。
中には、様々な果実が保管されていた。
ふと頭を過ぎるのは、スライムたちのことだ。
スライムたちは果実を好んでいた。
この場にいれば、きっと大はしゃぎしたに違いない。
少し寂しさを覚える。
こちらを気遣ってか、ブラックドッグが身を寄せてくる。
しゃがみながら、体を撫でつけてやる。
さて、果実だと、どのくらいの量で腹が満たされるのだろうか。
流石に腹一杯になるまで、果実を食べた経験がない。
先程のアルラウネの言もある。
想像よりも少ない量の方がよいのだろう。
果実を五つほど手に取り、部屋を後にする。
「そんなに持ってきて、ちゃんと食べられるの?」
「え? これでも多いですかね?」
「アタシが人間の食事の量なんて知るわけないでしょ?」
「はぁ……?」
では一体、何を注意されたのだろうか。
「またお腹が空いたら声を掛けなさいよ? 人間がいつ空腹になるかなんて、こっちは分からないんだからね」
「分かりました。世話を掛けます」
突き放したような物言いに反して、面倒見は良いらしい。
難儀な性格のようだ。
果実を抱えながら、再び歩き出したアルラウネに付いて行く。
方向的に、大樹の空間へと向かっているようだ。
そこで食事を取ればよいのだろう。
何の説明もないけど、多分。
戻ってきたら、丁度、コロポックルの群れとすれ違った。
皆、小さくなっていた。
器用に跳ねて移動している。
遠のく姿は、まるで葉が波に攫われていくかの様だ。
「――食べれそうな物はあったかの?」
大樹のそばに居た、ドリュアスが問いかけてくる。
「はい、有難く頂戴します」
「――人間じゃと、二日程度で空腹を覚えるかもしれぬな。もし戦闘などあれば、より短時間で腹も空くじゃろう。気付かぬやもしれぬから、声を掛けてたもれ」
「分かりました」
「それで、コロポックルたちの魔力供給は終わったの?」
「――うむ。一通り終わったところじゃ。皆、元の愛らしい姿に戻っておったわ」
「最近はずっと大きな姿のままだったものね」
「――母が子を生まぬよう諭すのも、一苦労じゃな」
「大樹がどうかしたの?」
「――いつにも増して、魔力が漲っておるからのう。放っておくと、必要な魔力以外で、子を生もうとしてしまうのじゃよ」
「大樹が妖精を生み出すのですか?」
「――左様。妾も、コロポックルたちも、母から生まれたのじゃ」
「そうだったんですね」
ドリュアスの愛しげな視線が、この空間の主であろう大樹へと向けられる。
たびたび、ドリュアスの口から発せられていた、母という単語。
疑問には思っていたが、成程、そういう意味だったのか。
妖精は植物から生み出されていたのか。
「――オヌシ、勘違いしておりそうじゃな」
「え? 何がでしょうか?」
「――何も、全ての妖精が大樹から生み出される訳ではないぞ?」
「そうなんですか?」
「――よく考えてもみよ。オヌシの連れのブラックドッグが、大樹から生まれると思うてか?」
「それは……」
考えてみれば違和感があるか。
一概にそうという訳ではないらしい。
「――基本的に、植物からは植物の妖精が、動物からは動物の妖精が生まれる感じじゃな。例外的に、鉱石などからも妖精が生まれる場合があるようじゃがな」
「そうだったんですね。知りませんでした」
生まれるとはいっても、出産という訳ではないのだろう。
植物が出産というのも変な話ではあるのだが。
しかし、ブラックドッグは動物から生まれたのか。
この大樹のように、母たる存在は特別な個体だったのだろうか。
「具体的には、どういったモノが、妖精の母体足り得るのでしょうか?」
「ちょっと待って! まずは座らない? 食事もまだなのに、何で立ち話し始めてるのよ」
アルラウネから制止の声が掛かる。
「――済まぬ済まぬ。久方ぶりの新たな話し相手を得て、妾も興奮しておるのやもしれぬ。許せ」
「アタシじゃ不満だったってわけ?」
「――長い付き合いじゃ。大体、お互いの考えていることは、言葉にせずとも分かるじゃろう?」
「まぁね。何となくだけど」
「――考えが読めぬからこそ、面白いんじゃよ。さて、また怒られんうちに、こさえてしまおうかの」
ドリュアスの言葉と同時に、植物によって緑の椅子と丸机が出来上がる。
「話好きだったなんて、初耳だけど」
言いながら、アルラウネがいち早く席に着く。
ドリュアスが続く。
二体の視線がこちらに向けられる。
遅れて、俺も着席した。
「――さて、何の話じゃったか……妖精の母についてじゃったか?」
「はい」
「――まぁ、見当ぐらいは付いていようが、魔力を特別宿したモノが成るようじゃな。いわゆる、"主"と呼ばれる存在じゃろうか」
「なるほど。動物などは分かり易いですね。では、鉱物の場合は?」
「――古いモノとかじゃろうかのう。ほれ、ノームとか分かり易いじゃろう。奴らの母は、地面そのものじゃ」
「ノーム、ですか」
確か、洞窟などで目撃例が報告されている妖精だったか。
残念ながら、見たことが無い。
しかし成程、確かに地面ならば、最も古いモノと言えるだろう。
「――恐らく、一番数が多いのは空気を母とする妖精じゃろうな。次に水、三番目がノームじゃろうな。あいにくと、この山は母の領域。他の妖精はおらぬがな」
「妖精も種類によって、住み分けしている訳ですか」
「――住み分けと言うのかどうか。基本的には――」
「あのさぁ、まずは食事を済ませたら? アンタたちって、そんなにお喋りが好きなわけ?」
「あ」
アルラウネに指摘されて気が付いた。
未だに果実を抱えたままだ。
つい先ほど、食事を促されて席に着いたばかりだというのに、また性懲りもなく、話し込んでしまっていた。
興味深い内容の話に、ついつい夢中になってしまった。
「――これは相済まぬ。そうじゃったな。まずは食事を取られるが良かろうて。話す時間は十分にあるじゃろう」
「はい、では頂きます」
礼を言ってから、果実に手を付ける。
口内に広がる、僅かな酸味と圧倒的な甘味。
美味しい。
普通の果実とは、別物にすら感じられる。
しばしの間、果実を平らげる事に夢中になった。
22/01/30 誤字修正
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