103 元勇者の魔王、出られません
▼10秒で分かる、これまでのあらすじ
故郷へと十数年ぶりに戻り、家族の無事を確かめた
傍の山には妖精の住処があり、足を踏み入れてしまう
魔物のアルラウネや妖精のドリュアスに襲われるが、
突如襲撃してきたアンデッドをを退けたことで和解
王子捜索のため、妖精の協力を仰ぐことになった
それでは、本編の続きをどうぞ。
暗闇の中、目が覚める。
見慣れぬ光景に、しばしの間戸惑いを覚える。
ゆっくりと状況の認識が追い付いてくる。
確か、妖精の住処で寝床を用意して貰ったんだったか。
体を覆っている感触を確かめる。
無数の葉だ。
とても柔らかい感触が返ってくる。
まさか、動物の毛よりも、葉の感触の方が柔らかいとは思わなかった。
機関の自室のベッドでさえ、ここまで柔らかくは無かったはずだ。
この感触に慣れすぎると、他で寝るのに苦労するかも。
胸の上で丸まっている小型犬サイズのブラックドッグを、起こさないようにしてそっと抱く。
そのまま上体を起こす。
眠気は既にない。
倦怠感もない。
魔力も十分回復している。
今は何時頃だろうか?
薄っすらと周囲の物の輪郭は把握できるが、光源らしきものがない。
無明とまではいかないが、真っ暗闇だ。
ハッキリと見通すことは叶わない。
外に出てみるか。
未だ眠っているブラックドッグを抱いたまま、立ち上がる。
片手を前に突き出し、ジリジリと摺り足で壁まで進む。
すぐに壁――無数の木々へと辿り着いた。
如何なる術によるものか、隙間なく木々が部屋の周りを取り囲んでいる。
壁伝いに一周してみるが、やはり隙間はない。
つまり、出入口もない。
困った。
そういえば、ドリュアスが退出した際に、出入口が塞がったような気がする。
中からでは出られない?
どうやら、外からの迎えを待つしかないようだ。
どれぐらい時間が経過しただろうか。
葉っぱを敷き、壁に背を預けて時をやり過ごす。
腕の中でモゾモゾと動きがあった。
ようやくブラックドッグが目を覚ましたらしい。
外見に見合った可愛らしい鳴き声を発した。
思わず和む。
それが切っ掛けになった訳ではないだろうが、部屋に変化が齎された。
闇が占める空間に、眩い光が射し込まれる。
暗闇に慣れた目には、強過ぎる刺激だ。
目の前に手を翳し、光を遮る。
「ちょっと、いつまで寝てるつもり? もう昼時よ!」
投げかけられる声は、アルラウネか。
「起きてはいたのですが、外に出る術が見つからなくて」
「はぁ? まさか出入りの仕方を教わらなかったの?」
「そんな方法があったんですか?」
「当たり前でしょ! もう、ドリュアスったら。言い忘れたわね」
しかし、もう昼時だったのか。
随分とのんびり過ごしてしまったな。
だが、少なくとも、今の今まで襲撃はなかったということだろう。
念の為、確認はしておくか。
「襲撃はありませんでしたか?」
「幸いね。今はコロポックル達が魔力供給を行ってるところよ」
「そうですか」
ドリュアスが昨日、昼間にコロポックル達から魔力供給を行うと言っていた気がする。
流石に、人間に比べて、妖精が魔力供給できる量は限られるだろう。
魔力は妖精達自身の生存に必要なのだ。
過剰に失えば、命に関わるはずだ。
どうやら俺が目撃した姿は、魔力を過剰供給された状態だったらしい。
恐らく、元はもっと小さい姿なのだろう。
それこそ夢で見た、手の平に収まる程の大きさだったのかもしれない。
「昨日の場所まで移動するわよ。遅れずに付いてらっしゃい」
「はい、分かりました」
アルラウネに促され、立ち上がる。
部屋から出ると、より光量が増した。
中々目が明るさに慣れない。
片腕を目の前に翳し、もう片方でブラックドッグを抱いて移動する。
「ブラックドッグって、そんなに小さくなれるのね」
「え? えぇ、大体、今の子犬サイズから二メートル程度まで変更可能って感じでしょうか」
「へぇ。妖精って、そう考えると便利よね」
魔物であるアルラウネには真似はできないのだろう。
自身の大きさに関して、便利や不便だと感じたことは無いが、視線の異なる光景は、新鮮には違いあるまい。
魔物の幼生体や老成体を目にした機会は稀だが、大きさが顕著に変わるのは、知る限りではワーム種だろうか。
大きさが自在に変えられるというのは、時として脅威足り得る。
町中で巨大化しようものなら、とんでもない事になるだろう。
もしこの先、妖精が町に往来したり、住み着くような事があるならば、その辺りも注意喚起を行っておく必要がありそうだ。
もっとも、まだまだ先の長い話になりそうではあるが。
どうにか目が光に慣れてきた頃。
ほどなく、昨日の場所へと辿り着いた。
分岐もないし、方向さえ間違えなければ、すぐの場所だ。
大樹の前にコロポックルの集団がいる。
だが、広間で見たときよりも明らかに数が少ない。
この空間の大きさからいって、一度に全部は入れないのだろう。
交代で魔力供給を行っているのかもしれない。
無数の草花に覆われた緑の空間。
最奥に聳え立つ大樹が淡い光を放っている。
コロポックル達が魔力供給を行っている最中なのだろう。
傍にはドリュアスの姿も確認できた。
俺とアルラウネは無言で頷き合うと、邪魔をしないように隅に移動した。
――おや?
コロポックルの様子が……。
20センチほどはあった体が、明らかに小さくなっていっている。
次第に小ぶりになっていくコロポックル達。
大きさが変化しなくなった頃、大樹を包んでいた光が消えた。
魔力供給が終わったらしい。
最終的に、コロポックルの大きさは、10センチほどになっていた。
夢で見たのと、丁度同じぐらいの大きさだろうか。
葉っぱに包まれた、緑色の球体が跳ねながら移動してくる。
手足もないのに、跳ねられるのか。
新たな発見である。
緑の群れは、木々に挟まれた通路を去って行った。
「――おや、ようやくお目覚めかの? 随分と寝こけておったんじゃな」
「アンタ、部屋の出入りの仕方、教えて無かったでしょ?」
「――はて? そうじゃったかの? 何じゃ、それでいくら待とうが出てこなんだのか?」
「出る方法が分からなかったので」
「――そりゃあ、済まんことをしたのう。そういえば、人間に対応させるのを忘れておったわ」
「そういうとこ、いい加減よね」
「――済まぬ済まぬ。人間にも対応できるよう、忘れぬうちに施しておく。――うむ、これで大丈夫じゃろう。オヌシ、出入りする際は、木に手を当てて開く様、念じればよいぞ」
「分かりました。やってみます」
「それで、魔力は十分溜まったの?」
「――流石に昨日の今日で溜まったりはせぬよ。まだ数日は掛かるじゃろうな」
「そうだ。言い忘れていましたが、もしかしたら、途中で俺が転移させられるかもしれません」
「――何じゃ、藪から棒に? どういう意味じゃ?」
声は発しなかったが、アルラウネもまた、困惑気味に首を傾げている。
「仲間が転移の魔法で、俺を呼び戻す可能性があるのです。もっとも、在り得る状況としては、王子が王都を襲撃した場合になるでしょうが」
「人間が転移ですって? そんなの、できるわけないじゃない。アレは魔王様の秘儀のはずよ!」
「――妾たち妖精にも、空間の歪みで長距離を移動できるのじゃ。人間にも不可能ということはあるまいて」
「そんな……」
「――人間も中々に侮れぬものじゃて。じゃが、ならば妾たちの協力を仰がずとも、人の都への帰還は果たせるのではないのか?」
「まだ試作段階らしく、王都の仲間からしか、転移を発動させることはできないみたいなんです。なので、こちらから任意で転移を行うことはできません」
「――そういうことじゃったのか。それはまた不便よな。さて、しかし突然居なくなるのは困りものじゃな。せめて敵ごと転移してくれれば有難いのじゃが」
「ははは……」
乾いた笑いが口から漏れる。
俺からしても、その場合は、魔力を提供し損という感じが拭えないな。
「――かと言って、予定を早める事も叶わぬしな。王子とやらの動向次第か」
「ですね。そういう訳で、万が一の際にはご容赦下さい」
「――まぁ、オヌシの責ではあるまいよ。じゃが、考えてみれば盲点じゃったかもしれんな」
「何がでしょうか?」
「――オヌシとの今後の連絡手段じゃよ。送り出すことはできるじゃろうが、その後、連絡が取れん。どうしたものか」
「とりあえず、移動時に創った歪みを残して置けばいいんじゃないの?」
「――他の生き物が入ってこんとも限らんじゃろ?」
「なるほどね。それもそうよね」
「――まだ時間はあるしの。いずれ妙案が浮かぶかもしれん」
「相変わらず呑気ね」
妖精との連絡手段か。
色々と矛盾しているが、魔法使いがこの場に居れば、良い案が浮かんだかもしれないな。
広大なこの世界で、王子を見つけ出す為には、妖精の協力は不可欠だろう。
他の妖精と交渉する場合にも、ドリュアス達と連絡が取れた方が望ましい。
さて、何か良い手段はないだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




