102 元勇者の魔王、悲しみの寝床
せがまれるままに、王都での出来事を話して聞かせた。
主に質問してくるのは、アルラウネ。
魔王討伐に関しての話題には、極力触れたがっていない様子だった。
無理もない。
つまりは魔物退治の話に他ならない。
到底、気分のいい話には成り得まい。
夜を迎えるまでの間、話は続いた。
とはいえ、ドリュアスが夜を告げなければ、いつ夜になったのかさえ分からず仕舞いだったわけだが。
語るにつれ、連れ去られた皆への想いが募った。
焦燥感もまた込み上げてくる。
次第に話が尻すぼみになっていったころ、ようやく夜の訪れを告げられた。
ドリュアスに促されるままに席を立ち、空間の奥へと進み出る。
「――さて、先の話し合いの通り、魔力を半分ほど、母へと注ぎ込んで貰うぞ。準備はよいか?」
「はい、いつでもどうぞ」
「――うむ。では始めてくれ」
大樹へと手を宛がう。
目を瞑り、手の平へと意識を集中させる。
やるべき事は、ブラックドッグへの魔力供給と変わらない。
ステータスを確認しながら、MPの半分ほどを、大樹へと流し込んでやればよいのだ。
魔力が移動を始める。
体から腕を伝い、手の平から大樹へと流れゆく。
大樹が淡い光を宿す。
しばらくして大樹から手を放す。
一気に半分ほどの魔力を失い、体には少し倦怠感がある。
もっとも、この後は寝るだけだ。
襲撃がなければ、の話ではあるのだが。
「――まずは成功じゃな。やはりまとまった魔力を吸収すると、母と言えども堪えるようじゃな。魔力量を調整して正解じゃったか」
「そうですか。それで、俺は何処で寝ればよいでしょうか?」
大見得を切って実家を出てきた手前、舌の根の乾かぬ内に戻るのは、とても気まずいものがある。
できれば、この住処で寝泊まりしたいところなのだが。
「――そうじゃのう。襲撃に備える為にも、いちいち集落に戻していては間に合わぬかもしれぬしな。まぁ、この場でよい――」
「よくないから! 全然よくないから! 別の場所にして!」
ドリュアスの言葉に被せるようにして、アルラウネが否定の声を上げた。
「――おぉぅ。それほど嫌がらんでも、寝込みを襲ったりはされんと思うぞ?」
「そ、そんな心配してないわよ! 信用もしてないけど!」
「――ほんに難儀よのう。では、少し離れた場所に寝床を用意しよう。それでよいか?」
「異論はありません」
「――ひとり寝が寂しいなら、友か妾を呼べば良かろう。添い寝ぐらい、遠慮せんでよいぞ?」
ドリュアスが何やら言い始めた。
血相を変えたアルラウネが、食って掛かる。
「遠慮しなさい! ってか、何言い出してるのよ!?」
「――無論、冗談じゃよ。さて、コロポックルに協力して貰うのは、昼間にしようかの。では、寝床へ案内しよう」
「はい、お願いします」
大樹に背を向け、草花が占める空間から出て行くドリュアス。
からかわれたと理解したらしいアルラウネを置き去りにする。
置いて行かれないように付いて行く。
ブラックドッグも遅れずに来る。
山中の数倍の高さを誇る木々の間を、歩くことわずか。
ドリュアスが右隣にある木に手を伸ばした。
すると、木々が自ら左右へと移動してゆく。
どういう原理なのか、まるで見当も付かない。
見る間に、一部屋分の空間が出来上がっていた。
「――広さはこれで十分じゃろうか?」
「はい」
「――後は寝具じゃな」
翳した手はそのままに、室内に変化が起こる。
葉だ。
大量の葉が積み上がってゆく。
山を成す葉が、腰の高さを超えたところで、手が下げられた。
「――葉の布団じゃ。人間でも寝られそうかの?」
「野宿には慣れてますから、十分過ぎるぐらいですよ」
「――それは重畳。いや、オヌシも難儀したようじゃのう」
伊達に十数年も旅を続けていたわけではない。
もっと劣悪な環境下で野宿をしたことも、それこそ数知れないのだ。
部屋に入り、葉の状態を確認する。
とても柔らかい感触が手に伝わる。
濡れてもおらず、形も綺麗な葉。
オマケに虫も居ない。
普通の野宿よりも、快適そうなほどだ。
「――後は明かりじゃな。放っておけば、ずっと昼間のままじゃからな。暗い方がよいなら、この部屋だけ暗くしておくぞ?」
明るいと寝られない、と言う程に神経質ではないが、体内時計が狂っても困る。
「では、暗くして貰ってよいですか。可能であれば、山の外と同じように日の昇り沈みが分かると、大変有難いのですが」
「――えらく注文を付けて来たのう。日がな一日、この部屋に居るわけでもあるまい? 暗くしておくぞ」
「分かりました。それで構いません」
返事に応えるようにして、部屋が暗くなる。
「――では、また明日じゃ。よく休んで魔力の回復に努めよ」
「おやすみなさい」
ドリュアスが立ち去ると、唯一の光源が消える。
出入口が木で覆われたのだ。
どうやら、自由に出歩く事は叶わないらしい。
大人しく寝るとしよう。
慣れぬ暗闇の中を、手探りで移動する。
手に触れた葉の山に潜り込み、ほどよい場所を探る。
ズボッと顔を出し、仰向けになる。
悲しくなるほどに、素晴らしい寝心地だ。
悲しみの理由は、宿屋の堅いベッドを思い出したからなのだが。
モゾモゾと腹の上に乗ってくるのは、ブラックドッグだ。
ここ数日は、母さんと共に寝ていたはずだが。
久しぶりに乗っかられた気がする。
重さは殆ど感じないものの、体長二メートルだと流石に大き過ぎる。
手で撫でつけながら、子犬サイズへと変えてやる。
ブラックドッグの上の葉をどけてやり、目を閉じる。
いつ何時、襲撃が来ないとも限らない。
とはいえ、いつまでも警戒していては、魔力の回復もままならない。
寝るのも仕事、というのは少し違うかもしれないが、休息は必要不可欠だ。
有事に備えるためにも、休めるときに休むべきだ。
肺の中の空気を全て出すように、ゆっくり長く息を吐く。
苦しくなる前に、今度は肺一杯に空気を溜めるように息を吸う。
交互に繰り返す。
思考を止め、呼吸だけに専念する。
高ぶっていた気が静まってゆく。
周囲からは物音一つしない。
環境音が一切ない。
耳鳴りがしそうなほどの静寂。
現実が遠のいてゆく。
意識が薄れる。
何か、大いなる存在に包まれている。
そんな感覚を最後に、意識が途絶えた。
【次回予告】
妖精との交流を経て、王都への帰還を目指します。
22/01/15 誤字修正
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




