101 元勇者の魔王、支配への対処
様々な草花に囲まれた空間。
一際背の高い大樹の前にて、一人と二体の会話は続く。
木の椅子とは違い、柔らかな感触を返してくる植物で編まれた椅子。
浅く腰掛け、背もたれに体重を預ける。
「――さて、先程は質問に答えて貰ったわけじゃが、重ねて妾からも一つ質問がある。良いかの?」
「はい、構いませんよ」
常に昼間というこの空間では、どのぐらいの時間が経過しているのか不明瞭だ。
朝方に出立してからこうして会話するまでの間に、既に夜になっているとは、体感時間からは考え辛い。
大樹へと魔力供給をして就寝するまでには、まだ時間は十分にあるだろう。
「――感謝するぞ。尋ねたい事と言うのは他でもない。他の妖精についてじゃ。オヌシはブラックドッグを連れておるが、他の妖精の住処に心当たりはあるかの?」
「ブラックドッグは王都郊外にある山で遭遇しましたが、妖精の住処はそこにはありませんでしたね」
「――そうじゃったか」
「ですが、魔王討伐の旅路で、ピクシーに助力を請われ、住処へと招かれたことがありました」
「――ピクシーか。久しく見かけておらんのう。壮健じゃったかの?」
「元気が有り余っている、と言った感じでしたね。深い森の中で、緑色の泉がありました」
「――ここからじゃと、距離があるのかの?」
「そうですね。一年以上は掛かるかと。もっとも、徒歩の場合はですが」
「――他の妖精を見かけなくなって久しい。以前にも増して魔力は多い。他に後れを取ることはないとは思うが、先だっての襲撃じゃ。心配じゃのう」
「妖精は、あまり移動はしないんでしょうか?」
「――種類にもよるじゃろうな。住処の外へと出る類は、皆、ある程度の強さを有しておるじゃろう」
ようやく妖精と対話が叶ったのだ。
ブラックドッグについても聞いてみよう。
「では、ブラックドッグについてはどうでしょうか? 住処の心当たりはありませんか?」
「――残念ながら知らぬな。住処の外に出る類なのは確かじゃろう。人の街の近くにおったんじゃったか?」
「そうですね。山で遭遇して保護しました」
「――山の雰囲気はどうじゃった? この山と似た感じはあったかの?」
「いえ、至って普通の山でした」
「――他に目撃例はないのかの?」
「ありませんね。少なくとも、俺は聞き覚えがありません」
「――他所から流れて来たか、あるいは、迷ったか」
「"迷う"とは、どういう意味でしょうか?」
「――何と表現したものかの。オヌシも見たじゃろうが、空間を歪ませて任意の場所へと移動させる事が出来るのじゃが、稀に、意図せずして歪みが発生する場合があるのじゃ」
「それに誤って入ってしまった、と?」
「――目撃例もなく現れたりしたのならば、可能性は高いじゃろうな」
確かに、王都周辺でブラックドッグの目撃例など、魔王討伐以前にも聞いた覚えがない。
山で遭遇したのは、色々な偶然が重なった結果だったのか。
もう半年近く一緒に居るわけだが、何とも奇妙な縁だな。
「先程の偶発的な歪みというのは、移動距離に制限はないのですか?」
「――さて、どうじゃろうな。確かめたこともないしのう。簡単に戻っては来れんようじゃし、通常の歪みとは異なるのじゃろうな」
偶発的な歪みによる移動。
利用するには色々と問題がありそうか。
そもそもが、場所を指定出来ない。
加えて、恐らくは元の場所に戻れない。
不規則、且つ、片道。
不便過ぎるか。
「もういい? じゃあ、次はアタシね」
アルラウネが発言したことで、思考を中断し耳を傾ける。
「――なんじゃ、まだあるのか?」
「だって、十年以上、ここに引き籠ってるのよ? 色々と知りたいじゃない?」
「とはいえ、俺もここ数年は王都にずっと居ましたからね。答えられることは少ないかもしれませんが」
「魔物を保護してたって言ってたわよね? 具体的にはどうやってたの?」
「宿屋の部屋で匿ってましたね」
「……え? 保護ってそういう意味?」
「いえ、専用の施設を建設してはいたのですが、完成までの間はそうしてました」
「そういう意味ね。じゃあ、完成してからは?」
「残念ながら、完成初日の夜に王子の襲撃に遭い、そのまま魔物は全て連れ去られてしまいました」
「そ、そうだったのね。なんか御免なさい」
気まずそうにするアルラウネに対し、声を掛ける。
「俺の力不足が原因です。どうかお気になさらずに」
「でも、それまでは一緒に居たってことよね? 何をしてたの?」
「そうですねぇ。主に散歩でしょうか」
「散歩って、ペット扱いしてたわけ!?」
椅子から身を乗り出すようにして、こちらへと詰め寄る。
「スライムとブラックドッグとで、よく山へ行きましたね。もっとも、スライム達は現地に着くまではバッグの中でしたが」
「のんびりしたものね。他の子は? ケンタウロスとかも一緒に住んでたの?」
「ブギーマンは一緒に居ましたね。流石にセントレアは室内に招くのは難しかったので、王城の庭で預かって貰っていました」
「あぁ、セントレアとか言ってたわね。……待って、何ですって? お城に居たの? そういえば、他の人間がよく魔物を受け入れたわよね」
「まだ万人に受け入れられてはいませんでしたがね。王様の許可を得て、魔物保全機関を設立したんです。そこで保護しようとしていました」
「人間の王って、そんなに物分かりがいいものなの? 何か企んでたりしない? どうにも信じられないんだけど」
「はははっ……」
乾いた笑いが口から漏れる。
確かに、物分かりはよくなかった。
ゆえに、支配を使用して魔物への理解を促したわけだしな。
「気持ちの悪い笑い方しないでくれる? 何か裏がありそうよね」
「仰る通り、王様の物分かりはよくありませんでした。魔物は排除すべきとのお考えをお持ちでしたから。そこで支配を使ったわけです」
「支配を使うって言うのが、よく分からないんだけど? そういえば、王子だかも支配を使ってるとか言ってなかった?」
言葉と同時に首を傾げて見せるアルラウネ。
「その通りです。魔王の特性として、支配という力があるようです。俺の場合は頭に触れた相手を、王子の場合は離れた複数に対し、使用できるようです」
「支配っていうのは、つまり何ができるわけ?」
「文字通りの支配です。俺は試してはいませんが、恐らくは思考全てを掌握できるのでしょう」
「そんな事って在り得るの?」
「かつて、魔王が倒される以前、魔物は今よりも狂暴でした。違いますか?」
「そう、かもね。それが何?」
「私見ですが、狂暴化そのものが支配の影響ではないかと考えています」
いきり立ったアルラウネが声を荒げる。
「魔王様が、アタシ達を支配してたって言うつもり? 言い掛かりだわ!」
「魔王が居た期間、意識はありましたか?」
「もちろんあったわよ」
「その時の自分と今の自分。何か違いを覚えたりはしますか?」
「え? ど、どうかしら」
「――住処に匿うまでは、随分と狂暴じゃったな」
「ちょっと!?」
「――あながち、的外れでも無いやもしれぬな。住処に匿ってから、幾分落ち着きを取り戻しておったし。影響を受けてはおったのじゃろう」
「魔王様は、魔物の為に人間を滅ぼそうとして下さっていたのよ! 魔物を操ったりなんてしないわ!」
「すみません。不快な思いをさせるつもりはありませんでした。可能性の話です」
「でも、ドリュアスだって同調してるじゃないのよ!」
「――すまぬすまぬ。そう癇癪を起すでない。しかし支配とは、げに恐ろしき術じゃのう。妾達に対して使うでないぞ? オヌシとて只では済まさぬ」
ドリュアスの視線が鋭くなる。
殺気こそないが、目には慈悲の色は見て取れない。
「もちろん、使うつもりはありません。どうしても話の通じない相手に、最終手段として用いる可能性があるぐらいです」
「――それでも十分に恐ろしいがのう」
恐ろしい力。
まさしくその通りだろう。
不用意に使ってよい力ではない。
いや、そもそも使うべきではない力なのだろう。
支配の解除は、聖魔法では出来なかった。
光の神級魔法でようやく可能だった。
だが、先程の話が確かならば、妖精の住処であれば、影響下から脱することが可能かもしれない。
この先、王子を倒し、そして俺も居なくなった後の世界で、再び魔王が出現した場合。
支配に対抗する手段を見つけ出しておくべきだろう。
そういう意味では、この僅かな会話は金言といえた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




