99 元勇者の魔王、植物の世界
バッグを背負い、コロポックルを抱える。
傍らには、ブラックドッグの姿がある。
外からは、降りしきる雨音が聞こえてくる。
雨避け用にと、ローブを羽織った。
コロポックルは、ローブの内側から不思議そうに視線を向けてくる。
「コロ?」
のみならず、不思議そうな声も付いてきた。
背を軽くポンポンと叩いてやる。
玄関を前に、振り返る。
心配そうな表情の母さんと、険しい表情の父さんが立っている。
「いつでも帰って来て良いのよ? ここは貴方の家なんだからね」
「はい」
「本当に付いて行かなくて良いのか?」
「帰りがどうなるか分かりませんから。それに、あまり人間を歓迎している風でもありませんでしたしね。無暗に刺激するのも良くないでしょう」
「そうか」
「では、もう行きますね。お世話になりました」
「もう、"行ってきます"、でしょう?」
苦笑する母さんの指摘に面食らう。
そうだった。
そうだったな。
「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」
「他人に迷惑を掛けるなよ」
「お父さん!」
父さんの相変わらずな物言いに、母さんが食って掛かっている。
賑やかな声を背に、雨の中へと身を投じる。
雨の日特有の、湿った匂い。
加えて、木々の濡れた、青臭いような匂いが鼻を刺激する。
不思議なものだ。
今は雨に濡れた山が確かに視認できるというのに、一度山の中へと足を踏み入れれば、忽ちのうちに、雨の気配はなくなってしまうのだ。
ドリュアスの物言いでは、魔力に因る影響のように聞こえたが。
山へと立ち入る寸前、何気なしに背後を振り返る。
雨粒の向こうに、小さくなった実家が見える。
かつて、故郷を飛び出し王都へと向かった際は、どのような理由だったのか。
父さんから距離を取るため?
母さんを守れるほど、強くなるため?
故郷から、魔物の脅威を退けるため?
噂に聞いた、魔王を討伐せんとするため?
色々と考えていたようでもあるし、衝動的だったような気さえする。
では、今はどうだろうか。
再びの故郷。
しかし、長居することなく、また旅立とうとしている。
何のためか。
王子を倒すため?
いや、連れ去られた魔物達を助けるために。
そして、他の魔物達を支配から解放するために。
再び魔王の脅威が去った時、この集落にも、妖精が自ら姿を見せる日が訪れるのだろうか。
集落のそこかしこに、コロポックルが跳ね回る光景を幻視する。
そんな光景が実現するかは、これからの行動次第か。
視線を切り、ブラックドッグを伴って山へと入る。
予想に違わず、山の中で雨に降られることはなかった。
雨避けのローブを脱ぐために、一時的にコロポックルをブラックドッグへと預ける。
器用に鼻先でキャッチし、バランスを保ってみせる。
その光景を確認し、素早くローブの水気を飛ばし、バッグの中へと仕舞う。
途中で手に伝わる感触。
本だ。
そういえば、先日の戦闘時、バッグは雨ざらしになっていた。
だが、幸いなことに、ローブを雨避け代わりに、本は濡れてはいなかった。
バッグ自体も、多少の防水性はあるはずだが、完璧ではない。
折角、学者くんが手ずから用意してくれた本だ。
雨で駄目にしてしまっては、申し訳が立たない。
今度はローブの水気で濡れないように、荷物を整理する。
一通りの作業を終えて、バッグを背負いなおす。
向き直った先では、ブラックドッグがコロポックルを宙に跳ね飛ばしていた。
思いがけない光景を前に、一瞬理解がおよばず硬直を強いられる。
不意に記憶が刺激される。
スライム達にも、似たようなことをしていたのを思い出す。
これはこれで、一種の愛情表現なんだろうか?
中空に手を伸ばし、コロポックルをキャッチする。
「ポ~、ポ~、ポ~」
心なしか、フラフラしている気がする。
視線を下げると、ブラックドッグが尻尾を垂れさせていた。
この反応、さては遊んでいたな?
ボールではありません、あなたと同じ妖精です。
しゃがみ込んで、ブラックドッグをジッと見つめる。
今度は耳を垂れ、伏せの体勢を取る。
か細く鼻を鳴らして来たので、勘弁してあげる事にする。
自分が楽しいからって、相手も楽しんでいるとは限らないからね。
気を取り直し、山の奥、妖精の住処を目指して、山歩きを再開する。
しばらく同じような景色が続く中を、黙々と歩いてゆく。
ほどよい陽気が眠気を誘う。
動物の気配はなく、植物のみが支配しているような感覚がある。
静寂というのか、静謐というのか。
どこか違和感がある。
やはり自然といえば、鳥の鳴き声や動物の気配だろうか。
当然のモノがない。
欠けた箱庭。
そんな印象だろうか。
このあり方が、妖精にとっての理想なのだろうか。
不意に景色が変わる。
枝葉の天井が遠のく。
眼前には開けた場所。
既に無数のコロポックルが待ち構えていた。
中央には、緑色をした人影が二つ。
魔物のアルラウネと、妖精のドリュアスだ。
総出でお出迎えらしい。
「――よくぞ参ったのう。昨日振りじゃが、大事ないか?」
「多少気怠いですが、問題ありません」
「――左様か。あれ程の立ち回りの翌日に、もう普通に動けるとは。脅威の一言に尽きるの」
「ははは、恐縮です」
「――オマエも案内ご苦労じゃったな。ゆるりと休むが良かろう」
視線と声の行方は、腕の中のコロポックルか。
しゃがみ込み、地面へと下ろしてやる。
「ポ!」
こちらに向かい、一声。
軽く手を振り返し、二体へと向き直る。
「さて、ではどうしましょうか」
「――妾達に対し、何ぞ望みがあると申しておったな?」
「はい」
「――では申して……」
「ちょっと待って。まずは場所を移さない? それとも、このまま立ち話を続けるつもり?」
「――それもそうじゃな。では場所を移そうかの。足労を掛けるが付いて参れ」
「分かりました」
促されるままに、先を行く二体に追従する。
背後からはコロポックル達の視線と声援が浴びせられた。
「「「「「ポーーー!!!」」」」」
手を振り返し、後に続く。
妖精の住処を奥へと進んでいく。
広間を抜け、外の数倍の高さを備える木々に見下ろされながら、そのあいだを抜ける。
そうして辿り着いた先は、緑の空間だった。
最初に目にした広間よりは、随分と狭い。
だが、木々に囲まれたこの空間は、多種多様な草花で満ち溢れていた。
見たことのあるモノ、見たことのないモノ。
何種類あるかも不確かだ。
気候風土を問わず、あらゆる草花が存在しているように見受けられる。
狂い咲く花々。
濃密な花の香りが充満している。
だが、不思議と不快ではない。
「――どうじゃ? 中々に見事なものじゃろう? 妾の寝所じゃ。そして……」
ドリュアスが視線を向ける先。
そこには、巨大な一本の樹が生えていた。
他とは太さも高さも、まさに桁違いだ。
大袈裟な物言いではなく、小規模の山程もありそうだ。
「――妾の母たる大樹じゃ。この山を護っておる」
圧倒的な存在感を誇る大樹。
恐らくは秘すべき場所へと通された意味を考える。
ある程度は信頼を得られたのだろうか?
それとも、見定める為に、この場へ招かれたのだろうか?
一際異質な空間にて、対話が行われようとしていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




