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勇者は転職して魔王になりました  作者: nauji
第二章 妖精秘境編 中編
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99 元勇者の魔王、植物の世界

 バッグを背負い、コロポックルを抱える。


 かたわらには、ブラックドッグの姿がある。


 外からは、降りしきる雨音が聞こえてくる。


 雨避け用にと、ローブを羽織った。


 コロポックルは、ローブの内側から不思議そうに視線を向けてくる。



「コロ?」



 のみならず、不思議そうな声も付いてきた。


 背を軽くポンポンと叩いてやる。


 玄関を前に、振り返る。


 心配そうな表情の母さんと、険しい表情の父さんが立っている。



「いつでも帰って来て良いのよ? ここは貴方の家なんだからね」


「はい」


「本当に付いて行かなくて良いのか?」


「帰りがどうなるか分かりませんから。それに、あまり人間を歓迎している風でもありませんでしたしね。無暗に刺激するのも良くないでしょう」


「そうか」


「では、もう行きますね。お世話になりました」


「もう、"行ってきます"、でしょう?」



 苦笑する母さんの指摘に面食らう。


 そうだった。


 そうだったな。



「行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」


「他人に迷惑を掛けるなよ」


「お父さん!」



 父さんの相変わらずな物言いに、母さんが食って掛かっている。


 賑やかな声を背に、雨の中へと身を投じる。






 雨の日特有の、湿った匂い。


 加えて、木々の濡れた、青臭いような匂いが鼻を刺激する。


 不思議なものだ。


 今は雨に濡れた山が確かに視認できるというのに、一度山の中へと足を踏み入れれば、たちまちのうちに、雨の気配はなくなってしまうのだ。


 ドリュアスの物言いでは、魔力に因る影響のように聞こえたが。


 山へと立ち入る寸前、何気なしに背後を振り返る。


 雨粒の向こうに、小さくなった実家が見える。


 かつて、故郷を飛び出し王都へと向かった際は、どのような理由だったのか。


 父さんから距離を取るため?


 母さんを守れるほど、強くなるため?


 故郷から、魔物の脅威を退けるため?


 噂に聞いた、魔王を討伐せんとするため?


 色々と考えていたようでもあるし、衝動的だったような気さえする。


 では、今はどうだろうか。


 再びの故郷。


 しかし、長居することなく、また旅立とうとしている。


 何のためか。


 王子を倒すため?


 いや、連れ去られた魔物達を助けるために。


 そして、他の魔物達を支配から解放するために。


 再び魔王の脅威が去った時、この集落にも、妖精が自ら姿を見せる日が訪れるのだろうか。


 集落のそこかしこに、コロポックルが跳ね回る光景を幻視する。


 そんな光景が実現するかは、これからの行動次第か。


 視線を切り、ブラックドッグをともなって山へと入る。






 予想に違わず、山の中で雨に降られることはなかった。


 雨避けのローブを脱ぐために、一時的にコロポックルをブラックドッグへと預ける。


 器用に鼻先でキャッチし、バランスを保ってみせる。


 その光景を確認し、素早くローブの水気を飛ばし、バッグの中へと仕舞う。


 途中で手に伝わる感触。


 本だ。


 そういえば、先日の戦闘時、バッグは雨ざらしになっていた。


 だが、幸いなことに、ローブを雨避け代わりに、本は濡れてはいなかった。


 バッグ自体も、多少の防水性はあるはずだが、完璧ではない。


 折角、学者くんが手ずから用意してくれた本だ。


 雨で駄目にしてしまっては、申し訳が立たない。


 今度はローブの水気で濡れないように、荷物を整理する。


 一通りの作業を終えて、バッグを背負いなおす。


 向き直った先では、ブラックドッグがコロポックルを宙に跳ね飛ばしていた。


 思いがけない光景を前に、一瞬理解がおよばず硬直をいられる。


 不意に記憶が刺激される。


 スライム達にも、似たようなことをしていたのを思い出す。


 これはこれで、一種の愛情表現なんだろうか?


 中空に手を伸ばし、コロポックルをキャッチする。



「ポ~、ポ~、ポ~」



 心なしか、フラフラしている気がする。


 視線を下げると、ブラックドッグが尻尾を垂れさせていた。


 この反応、さては遊んでいたな?


 ボールではありません、あなたと同じ妖精です。


 しゃがみ込んで、ブラックドッグをジッと見つめる。


 今度は耳を垂れ、伏せの体勢を取る。


 か細く鼻を鳴らして来たので、勘弁してあげる事にする。


 自分が楽しいからって、相手も楽しんでいるとは限らないからね。


 気を取り直し、山の奥、妖精の住処を目指して、山歩きを再開する。






 しばらく同じような景色が続く中を、黙々と歩いてゆく。


 ほどよい陽気が眠気を誘う。


 動物の気配はなく、植物のみが支配しているような感覚がある。


 静寂せいじゃくというのか、静謐せいひつというのか。


 どこか違和感がある。


 やはり自然といえば、鳥の鳴き声や動物の気配だろうか。


 当然のモノがない。


 欠けた箱庭。


 そんな印象だろうか。


 このあり方が、妖精にとっての理想なのだろうか。


 不意に景色が変わる。


 枝葉の天井が遠のく。


 眼前には開けた場所。


 既に無数のコロポックルが待ち構えていた。


 中央には、緑色をした人影が二つ。


 魔物のアルラウネと、妖精のドリュアスだ。


 総出でお出迎えらしい。



「――よくぞ参ったのう。昨日振りじゃが、大事ないか?」


「多少気怠いですが、問題ありません」


「――左様か。あれ程の立ち回りの翌日に、もう普通に動けるとは。脅威の一言に尽きるの」


「ははは、恐縮です」


「――オマエも案内ご苦労じゃったな。ゆるりと休むが良かろう」



 視線と声の行方は、腕の中のコロポックルか。


 しゃがみ込み、地面へと下ろしてやる。



「ポ!」



 こちらに向かい、一声。


 軽く手を振り返し、二体へと向き直る。



「さて、ではどうしましょうか」


「――妾達に対し、何ぞ望みがあると申しておったな?」


「はい」


「――では申して……」


「ちょっと待って。まずは場所を移さない? それとも、このまま立ち話を続けるつもり?」


「――それもそうじゃな。では場所を移そうかの。足労を掛けるが付いて参れ」


「分かりました」



 促されるままに、先を行く二体に追従する。


 背後からはコロポックル達の視線と声援が浴びせられた。



「「「「「ポーーー!!!」」」」」



 手を振り返し、後に続く。






 妖精の住処を奥へと進んでいく。


 広間を抜け、外の数倍の高さを備える木々に見下ろされながら、そのあいだを抜ける。


 そうして辿り着いた先は、緑の空間だった。


 最初に目にした広間よりは、随分と狭い。


 だが、木々に囲まれたこの空間は、多種多様な草花で満ち溢れていた。


 見たことのあるモノ、見たことのないモノ。


 何種類あるかも不確かだ。


 気候風土を問わず、あらゆる草花が存在しているように見受けられる。


 狂い咲く花々。


 濃密な花の香りが充満している。


 だが、不思議と不快ではない。



「――どうじゃ? 中々に見事なものじゃろう? 妾の寝所じゃ。そして……」



 ドリュアスが視線を向ける先。


 そこには、巨大な一本の樹が生えていた。


 他とは太さも高さも、まさに桁違いだ。


 大袈裟な物言いではなく、小規模の山程もありそうだ。



「――妾の母たる大樹じゃ。この山を護っておる」



 圧倒的な存在感を誇る大樹。


 恐らくは秘すべき場所へと通された意味を考える。


 ある程度は信頼を得られたのだろうか?


 それとも、見定める為に、この場へ招かれたのだろうか?


 一際異質な空間にて、対話が行われようとしていた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者に挑むは無職の少年』 本作の続編も完結!

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