98 元勇者の魔王、抑止力
久々の戦闘の翌朝。
夢も見ずに、寝た次の瞬間には起きたような感覚だ。
魔力は回復したものの、二度の超級の使用による負荷か、体には倦怠感が残る。
窓に打ち付ける雨音が、耳に届いている。
どうやら、今日も雨らしい。
ベッドから起き上がる。
窓からの光は僅かだ。
室内は薄暗い。
重い体を引きずるようにして、部屋から抜け出す。
部屋を出ると、食欲をそそる良い匂いが漂っていた。
匂いに導かれるようにして、移動する。
そうして辿り着く先は、当然の如く食卓だ。
待ち受けていたのは、奇妙な光景だった。
いや、達人の業なのか。
台所に立つ母さん。
その両腕には、緑色の球体のコロポックルが抱えられている。
そんな状態で、どういう理屈か、調理が着々と進行していっているのだ。
腕は?
使っていない訳は無い筈だが、常にコロポックルを抱えているように見える。
どういう事だろうか?
全く理解が及ばぬままに、気が付けば食卓の上には朝食が並べられていた。
よくは分からないが、凄いモノを見せられた気がする。
外は生憎の雨模様。
井戸に顔を洗いに行く訳にもいかず、台所に溜めてある水を使わせて貰う。
手渡された布で顔を拭い、席に着く。
少し遅れて、父さんが食卓に顔を見せた。
同じように、顔を洗ってから席に着く。
最後に母さんが席に着き、朝食を皆で戴く。
朝食の合間に、改めて昨日起こった出来事を説明する。
実際に目の当りにしていない母さんは、コロポックルの群れに食いつきを見せていた。
余程にコロポックルのことが、お気に召したらしい。
父さんが言葉少なげに、集落の決まりについて話してくれた。
一つ、山への余所者への立ち入りを禁ずる。
一つ、集落の者であっても、山の奥への立ち入りを禁ずる。
一つ、山の生物への手出しを禁ずる。
一つ、他人に山での出来事を伝えることを禁ずる。
といったモノらしい。
ちなみに、いつからこんな決まりができたのかも尋ねてみた。
決まりができたのは、十年ほど前のようだ。
であれば、魔王討伐の旅路の時分になる。
そのころから、動物、人間、そして魔物が減少していたということか。
そうして、世界に魔力が満ちてゆき、比例して妖精の力が増したという具合か。
詳しくは、また妖精の住処で、ドリュアスに聞くことにしよう。
皆が食事を終えたところで、話を切り出す。
「今日、また妖精の住処へと行ってきます。恐らくそのまま戻らないと思います」
「え? どういう事なの?」
キョトンとした母さんが、そう問い掛けてくる。
「妖精に協力して貰い、王子の探索を開始しようと思っています。どうやら妖精には、遠くの場所へと瞬時に移動出来る術があるようなんです。その力を貸して貰おうと思っています」
「それじゃあ、またしばらく戻って来れないってこと?」
「しばらく、と言うか、もう戻っては来ないかもしれません」
「そんな!?」
悲鳴のような声が上がった。
チラリと視線を横に移動させる。
母さんの対面に座る父さんは、目を瞑って無言を貫いている。
「王子を見つけ出し倒したとしても、それで世界が平和になる訳ではありません。人間は魔物を不必要なまでに恐れ、排除しようとするでしょう。妖精も、友好的とは言い切れません」
「貴方がどうにかしなきゃいけない問題なの? 他の誰かじゃ駄目なの?」
「他の人間では、魔物と意思疎通は叶いません。それに、魔物を最も多く討伐したのは、他ならぬ自分自身です。そういう意味でも、見過ごすことはできません」
「でも、偶に帰って来るぐらいはできるでしょう? ねぇ、お父さんからも何か仰ってください」
「――もう、子供という歳でもない。自分の生き方ぐらい、自分で決めさせろ」
「お父さん!」
「他所へ移り住む気も無い。行くも帰るも好きにすればいい」
好きな時に戻って来てもよい、って意味だろうか?
少なくとも、拒絶はされていないらしい。
あまり関係性が修繕されたとは言い難い気がするが、険悪でなければそれでよいか。
「仲間の魔法使いが、転移技術を研究しているようですし、いずれは好きに何処へでも移動できるかもしれません。その時は王都へ来てください。案内しますよ」
「ワタシたちが行く側なのね。でも、偶には旅行もいいかもしれないわね」
「とはいえ、まずは王子への対処が肝要です。更に言えば、発見することから始めないといけません」
「人間が人間の脅威になっているなんて、怖い話だわ」
母さんの言葉を聞き、本当の脅威は人間、そんな言葉が頭に浮かぶ。
欲望を抑えられない印象はある。
だが、"だから"などとは言いたくはない。
誰もが、いや、何者であろうと変われる筈だ。
生きている以上、色々なモノに影響される。
動物も、人間も、魔物も、妖精も。
この世界に、生物は数多く存在する。
知性を有するモノも人間だけではない。
だが、人間と対話出来るモノは少ない。
言葉が通じる者同士でさえ、諍いが生まれるのだ。
ましてや、言葉が通じないともなれば、どうなるかは想像に難くあるまい。
言葉を伝えられない、魔物の代弁者足り得るのは、魔王と成った俺や王子だ。
その王子も、共存ではなく、支配を望んている様子だった。
結局は人間か。
事態の悪化を招いているのは、人間の存在なのだろうか。
もしそうだとしても、悪化させられるということは、影響を与えているという意味に他なるまい。
であれば、好転させることも可能なはずだ。
あらゆる物事は、表裏一体。
一方だけを見て決めつけていては、判断を誤ることになりかねない。
力を持つ者は、特に気を付けなければ。
勇者の力。
特に光の神級魔法の影響は絶大だ。
好き勝手に世界を歪める訳にはいかない。
自制を。
自戒を。
常に心掛けなければ。
――そうか、そうなのか。
ふと、腑に落ちるモノがあった。
勇者の特性としての、感情の抑制。
それはすなわち、暴走の抑止の為だったのではなかろうか。
感情のままに力を振るえば、周囲への影響は計り知れない。
ならば、魔王はどうなのだろうか。
支配、転移、アンデッド化。
もしかしたら、闇の超級魔法や、神級魔法というのも在り得るのかもしれない。
好きに力を振るえば、たちまちの内に、世界は一変してしまうことだろう。
魔王の力に対する抑止力は、備わってはいないのだろうか?
怒りや悲しみ。
魔王になって、初めて得た感情。
成程、感情で動く人間にとって、魔王という職業は相性が最悪だ。
魔王には、強い自制心こそが求められるのかもしれない。
自分はどうだろうか?
既に三度、支配の力を行使している。
自制できているだろうか?
感情のままに力を振るってはいまいか?
常に自問し続けろ。
より多くの選択肢を模索しろ。
一度失われた命は、二度と黄泉がえりはしないのだから。
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