96 元勇者の魔王、目覚めは衝撃と共に
何だろうか。
何かが額に当たっている気がする。
何度も何度も、繰り返し繰り返し。
突然、一際強く額に衝撃が加えられた。
一気に意識が覚醒する。
「――んんっ」
瞼越しに光を感じる。
思わず口から声が漏れる。
薄目を開けながら、周囲の様子を窺う。
正面、空が遠い。
いや、木々の枝葉で覆われている。
「やっと目を開けたわね。幾ら叩いても起きないんだから」
左側には、俺の額の辺りから、手を引っ込めていく緑色の人の似姿。
ジト目でこちらを見下ろしているのは、魔物のアルラウネ。
もしかしなくとも、直前まで額を叩いていたのは彼女だろうか。
右側には、アルラウネによく似た姿がある。
精霊のドリュアスだ。
「――まずは苦労を掛けたな。皆を代表して礼を述べよう。お主の奮戦のお蔭で、皆も山も無事に済んだ。感謝するぞ」
最初に聞いた声よりか、幾分か和らいだ声音が耳に届く。
次第に、記憶が蘇って来た。
山の如き異形のスカル。
あろうことか、二体連続で襲撃を掛けてきたのだったか。
どうにか、どちらも討伐は叶ったようだ。
「あれから、敵の増援は?」
「――無い。どうやら、敵方も打ち止めと言ったところかの。あれ程の巨体じゃ、そうそう用意も出来まいて」
「ホントに一人で倒しちゃうとはね。とんでもない人間ね、アナタ」
「――まさしく、元勇者に相違あるまいて。そしてまた、別に魔王が存在するのも確かのようじゃ」
「人間が魔王を僭称するなんて。おこがましいにも程があるわ」
「――確か、転職したとか言うておったな。はてさて、この世は一体、どうなっておるのやら」
「いつまでも寝そべってないで、いい加減起き上がったら? 体力も魔力も、少しは回復してる筈よ」
言われ、疲労感が体から失せている事に気が付いた。
腕と腹に力を込め、起き上がる。
「どのぐらい眠ってましたか?」
「――ふむ、人間で言う所の二時間程かの」
「そうですか」
返事を聞きながら、周囲に目を向ける。
緑の群れ。
コロポックル達が沢山居た。
正面には、未だに巨大化したままのブラックドッグの姿もある。
視線が合うと、一鳴きしてみせた。
先程の戦闘では、ブラックドッグの助けが無ければ、バッグに辿り着く事も出来ず、踏み潰されていたことだろう。
事前に巨大化していた事も、幸いした。
そうでなければ、あれ程素早い移動も叶わなかっただろう。
後で十二分に労ってやるとしよう。
「――さて、もし敵を倒せたならば、妾に出来る事なら叶えてやると言った訳じゃが。何ぞ、既に望みがあるようじゃったが?」
「何でもは駄目よ。節度とか倫理とか、キチンと弁えなさい!」
「――何を言い出すかと思えば。邪推は止さぬか。ともあれ、今すぐでなくとも構うまい? まずはゆるりと、体を休められるが良かろう」
「そうですね。その辺の話は、また日を改めて……」
いや待て。
まず、やらせるべき事があった筈だ。
「いえ、今すぐ叶えて頂きたい事がありました」
「――何じゃ? 随分とせっかちな事じゃのう」
「謝罪を要求します」
「――謝れじゃと? 妾に何を謝れと申すのじゃ?」
「コロポックルに怪我を負わせた責です」
「――あれは妾の過失ではあるまい? あの子が勝手にやった事じゃ。それに、貴重な願いを叶える機会を、そんな事に消費して良いのかえ?」
「"そんな事"? どの辺りが貴女にとって些末事なんでしょうか?」
漏れ出る怒気にアルラウネが反応する。
「ち、ちょっと!? ここで暴れないでよ!? ドリュアス! この件についてはアンタが悪いわ! あの子、危うく命を落とすところだったのよ? つべこべ言わずに、謝りなさい!」
「――何で妾が……」
「ドリュアス!!!」
「――相済まぬ」
「謝る相手が違うかと」
「――ぐぬぅっ」
顔を歪めたドリュアスだったが、体を反転させて、コロポックル達に向くと頭を下げた。
「――此度は妾の不徳の致すところじゃった。家族を不要に傷つけた事、誠に相済まなかった。どうか妾を許してたもれ」
「コロ?」
コロポックル達は不思議そうに声を上げている。
もしかして、言葉が通じていないのでは?
そう思ったのも束の間、変化が起きた。
「「「「「ポーーーッ!!!」」」」」
コロポックル達が一斉に声を上げたかと思うと、ドリュアスの体へと大挙して押し寄せたのだ。
あっという間に、緑の山の中へと消えるドリュアス。
発掘するのにしばしの時を有した。
「――コホン。では改めて。望みを聞くのは明日にしよう」
咳払い一つで、先の一件を無かった事にするつもりらしい。
まぁ、謝罪は聞いたし、コロポックル達が許すというなら、俺に否やは無い。
「――帰るのも手間じゃろう。どれ、人里まで繋いでおくかの」
「そうですね――」
ドリュアスの提案に乗ろうとして、少し考える。
そういえば、父さんはあれからどうなったのだろうか?
恐らく、この妖精の住処の外へと、出されてしまったようだったが。
「俺と一緒に来ていた、父さん――人間はどうなったか分かりませんか?」
「――何じゃ、お主の父君じゃったのか。しばし待て。……ふむ、まだ山の中におるな。恐らくは、お主を待っておるのじゃろう」
その言葉を聞き、軽い衝撃を受ける。
何故だろうか。
妙な感じがした。
「――どうする? 父君の元へ繋げた方が良いかの?」
「お願いします」
「――うむ。……ほれ、後ろに用意しておいたぞ」
立ち上がりつつ、後ろを確認する。
確かに、背後の空間が歪んでいる。
「おい、荷物を忘れるなよ」
声と同時に、見覚えのあるバッグが投げつけらえる。
反射的に受け取る。
どうやら、俺と一緒に荷物も回収してくれていたみたいだ。
「ありがとうございます」
「べ、別に礼なんて言われる程の事じゃないわ。むしろ、こっちが礼を言わなきゃいけないぐらいよ」
「いえ、あの敵の事でしたら、恐らく狙いは俺でした」
「え? どういう事よ?」
「一度目なら偶然で済みますが、連続して二度目ともなれば、意図的な襲撃だとしか思えません」
「――成程のう。王子とやらは、余程にお主の事を警戒しておるようじゃな」
「遠からず、決着をつけるつもりです」
「――左様か。まぁ、詳しい話は明日致そう。今宵はゆるりと休まれるが良い」
「はい。ではまた明日、伺います」
不意に頭上に影が差す。
見上げてみれば、ブラックドッグがそばに来ていた。
これ、元のサイズに戻れるだろうか。
鼻を寄せて来るのに合わせて、手で撫でつけてやる。
小さくなるように指示を与えてみる。
――あれ、小さくならない?
いつものように、体の大きさが変化してくれない。
何度か指示を与えてみるが、いずれも変化は無い。
「――何をしておるのじゃ? 愛でるなら、外でも出来ように」
「いえ、体の大きさを元に戻してやりたかったのですが。何故だか上手くいかないみたいでして」
「――ここは他所とは違い、魔力が殊の外多く在る。そうそう縮むのは難しいじゃろうな」
「それは困りましたね」
流石に、十メートル程もあるブラックドッグを、連れて帰る訳にもいくまい。
当然、家の中になど入れないし、集落の人の目もある。
悪目立ちするのは避けたい。
「――ここで預かっても構わんが、ここに居る限り、小さくなる事は難しいじゃろうな。……仕様が無いのぅ。妾が魔力を吸ってやろう」
ドリュアスがブラックドッグへと近づき、片手で体に触れる。
すぐさま、ドリュアスの体が淡く光り始めた。
対して、ブラックドッグの体が、見る見る縮んでいく。
「――む? 思ったよりも、ちと多いな。それに、自然にある魔力とは、何か違う感じがするのぅ。吸収するのは、ちと早計じゃったか?」
「ちょっと!? 大丈夫なの!?」
「――まぁ、多少は人間に近しくなってしまうかもしれんな。とは言え、一時的なものじゃろうて。日常的に人間から魔力を吸収しておれば、多分に影響を受けるかもしれんがな」
――何だって?
今、結構大事なことを、サラッと言ったような。
「ここ数週間ほど、俺が直接ブラックドッグに魔力を与えていたんですが……」
「――では、既に影響を受けているじゃろうな。……もう、お主から離れて生きるのは難しいかもしれん」
「そんな!?」
いずれは、仲間の元へと帰してやるつもりだった。
魔法使いの提案に乗らず、市販のエーテルを買い与えていれば良かったのか。
「――ま、結果に責任を取る事じゃな。ほれ、元の大きさに戻ったじゃろ」
ブラックドッグから手を離して、ドリュアスが言う。
確かに、ブラックドッグのサイズは、二メートル程の大きさに戻っていた。
しかし、妖精に魔力を与える事で、そんな影響があるとは思ってもみなかった。
軽率な行動過ぎただろうか。
支配を使った上に、性質にまで影響を及ぼしてしまったと言うのか。
ブラックドッグが顔を寄せてくる。
反射的に頭を撫でつけてやる。
目を細めている様子には、嫌がっている素振りは無い。
慣れたのか。
それとも、ドリュアスの言うように、影響を与えたが故なのだろうか。
どうにもモヤモヤする。
意図した事ではない。
知らない事だったのだから、誰を責めるという訳でも無い。
いや、責は俺にある。
あるいは、人と離れて生きる事で、また元の状態へと戻れるかもしれない。
例え、戻れなかったとしても、その時は俺が共に居よう。
ドリュアスとアルラウネに礼を言い、妖精の住処を後にする。
――よりも前に、声が掛けられた。
「――ちと待て。……そこの大きいの。一緒に付いて行くが良い」
ドリュアスだ。
何やら見覚えのある、一際大きいコロポックルに声を掛けている。
庇って傷を負っていた子だ。
無事に意識が戻ったらしい。
「――妾も常に外界を見張っている訳にもいかぬのでな。この場所までの道案内と、住処へ入る鍵代わりに、一体連れて行くが良い」
「は、はぁ」
そもそもが、この子を住処に届ける目的だった。
だと言うのに、こうして連れて戻る事になろうとは。
何だろうか。
徒労感が凄い。
「ポ!」
バッグを背負い、元気になったらしい、コロポックルを抱き上げる。
相変わらず、見た目に反して軽い。
「ポー!」
腕の中のコロポックルは、随分と機嫌が良さそうだ。
あんな目に遭ったと言うのに。
ポンポンと軽く背を叩いてやる。
「ポ、ポ、ポ」
叩くリズムに合わせて、声を発している。
何とも気が抜ける光景だ。
「――ほれ、もう引き留めはせぬ。早う帰るが良い。父君も待ちくたびれておるじゃろう」
「そうでしたね。それでは、また明日」
二体からの返事を背に受けながら、空間の歪みへと足を踏み入れた。
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