93 元勇者の魔王、響く音
けたたましい音が響き渡る中、近づいて来るモノがあった。
黒い影。
次第に大きさを増してゆく。
ブラックドッグだ。
どうやら、ようやく戻って来たようだ。
十メートル程の巨体の上には、小さく緑色の何かが乗っかっていた。
「何があったの!?」
傍らのアルラウネが、迫り来るブラックドッグに向かって声を掛ける。
警報音が響き渡る中、声を通らせる為に、必然的に大声になる。
「――魔物じゃ。忌々しいことに、この山に近づいておる」
すると、返って来たのは、聞き覚えのある声だった。
となると、上に乗っているのが、声の主だろうか。
「魔物って、ワタシ以外、近づく事も出来ないんじゃ?」
「――どうも他の魔物とは勝手が違うようじゃ。本来であれば、この場所を認識すら出来ない筈なんじゃが。どういう訳か、一直線に此処を目指しておる」
ブラックドッグが眼前で立ち止まる。
見上げる背には、緑色の女性の姿。
アルラウネが先程言っていたように、確かに似ている。
緑色の妖精は、フワリといった様子でブラックドッグの背から降りて来た。
間近で見ると、やはり似ている。
女性の人の似姿。
葉や草に似た緑色の体色。
違いは蔓ではなく、葉で全身が覆われている事か。
頭部から髪のように伸びた幾つもの葉が、衣服のように全身を覆っている。
彼女が声の主なのか?
頭を過ぎるのは、俺を庇い傷ついたコロポックルの事。
言いたい事は一言どころではない。
しかし、今は非常時らしい。
怒りを抑え、まずは状況の確認に努めよう。
「ちょっと! ジロジロ見てるんじゃないわよ! この変態!」
降り立った存在を観察していると、横合いからアルラウネが注意してきた。
「おっと、失礼しました。それで、貴女がこの妖精の住処の主でしょうか?」
「――正確には違うが、まぁ似たようなものじゃな。妾はドリュアス。妖精じゃ」
「この山に魔物が迫っているとか? どういうことでしょうか?」
「――まぁ待て、まずは警報を切る。いざ鳴ってみると、五月蠅くて敵わんな」
「あ、はい」
言うなり、ずっと鳴り響いていた警報が止んだ。
だが未だに、耳鳴りのような残響が聞こえているかのようだ。
「まだ耳がおかしな感じがするわ。もっと小さい音で良かったんじゃない?」
「――うむ、そうじゃな。鳴らぬに越した事は無いが、いざという時、五月蠅くては敵わん」
「えぇっと、それで、魔物と言うのは?」
「――そうじゃったな。丁度、人間の集落とは反対側から、巨大な魔物が迫っておるのじゃ」
「どんな魔物かは分かりませんか?」
「――そう急かすな。ほれ、そこに映し出してやるわ」
ドリュアスと名乗った妖精が、何もない中空を指し示す。
余計な口を挟まず見守る。
次第に何かが浮かび上がって来た。
これは、風景だろうか。
山中ではない。
山の外、こちらへと迫る、白く巨大な何かが居た。
スカル、つまりはアンデッドか。
「どうやら、アンデッドのようですね」
「――アンデッドじゃと? まさか、本当に魔王が復活しておるのか?」
「復活とは違いますかね。他の人間が魔王に転職したので」
「――魔王とは職業だったのか?」
ついさっき、同じ疑問をぶつけられた気がするな。
俺に言われても、俺も転職して魔王になっている訳だしな。
「そのようですね。これも王子の仕業でしょう」
「――アンデッドと申したが、あの白いの、この山ほどもあるぞ? あれ程巨大な生物など、おったのか?」
「恐らくは、複数の生物を組み合わせて、巨大な一体にしているのでしょう。道中、もっとサイズは小さかったですが、遭遇した覚えがあります」
「――生き物を弄ぶが如き所業。今代の魔王は、余程に下衆な手合いのようじゃな。気分が悪うなるわ」
「魔王様の品位を貶めるなんて、これだから人間は!」
「人それぞれですよ。皆が皆、そうではありません。王子を擁護は出来ませんが」
「――しかし、どうしたものか。あんな化け物、とてもではないが、相手取れん」
「俺がどうにかして来ましょう。このままでは、山にも、麓の集落にも被害が出てしまいますし」
「人間が一人で戦って、どうにかなる相手じゃないでしょ!? 見なさいよ、アレ! 大きさが山程もあるのよ!?」
「まぁ、あれぐらいなら、どうにかなるでしょう」
「アンタねぇ!?」
「かつて、魔王城を俺一人で消滅させていますからね。大きさとしては同じぐらいでしょう」
「――とんでもない事を、さらりと言いおったな。まぁ、妾達ではどうにもならんしな。任せる他あるまい」
「問題は距離ですかね。この山も十分広いですし。反対側へ行くのに、どれだけ掛かるか」
「――それについては任せて貰おうかの。この住処から出た先を、山の反対側へ繋げておく」
「そんな事が出来るんですか?」
「――別に、この山だけでなく、他の場所に繋げる事も可能じゃて。もっとも、そんな事が出来るのも、世界に魔力が満ちておるお蔭じゃがな」
それはつまり、多くの犠牲の上に成り立っているという事か。
無駄ではない。
無駄になどしない。
「――しかし、ホンに一人で、あの巨体を退治出来るのか? 及ばずながら、戦えそうなモノを集めるぐらいはしてやれるぞ?」
「いえ、俺一人で十分ですよ。――ただし、これは貸しです」
「――何じゃと?」
「命の恩人に対して、誠意を見せて下さいね」
「おい人間! 調子に乗るな!」
「――まぁ、見事退治して見せたのなら、何ぞ、望みの一つぐらい、妾に叶えられるなら、叶えてやらんでもないぞ」
「ちょっと!? 何を言い出してるのよ!?」
「――構わんよ。他所へ避難しようにも、この住処から移動出来ぬモノもおる」
「それはっ!?……そうかもしれないけど」
「――であれば、そこな人間を頼る他あるまい?」
「ぐっ。アンタ、言うからには、ちゃんと退治して来なさいよ!」
「勿論、そのつもりです。その間、ブラックドッグを預かっていて下さい」
「――承った。せめて、山の護りを強化しておくかの」
ドリュアスが再び中空を指し示す。
今度は上ではなく、正面側だ。
途端、正面の空間が歪みを見せる。
「――ほれ、繋げてやったぞ。精々、励まれるがよかろう」
「まぁ、アンタが負けたら、こっちもヤバいしね。あれだけ豪語してみせたんだから、さっくり倒して来なさいよ!」
「はい、ではまた後で」
激励らしき言葉を受け取り、空間の歪みへと歩み寄る。
だが、引き留めるかのように、頭上から甲高い鳴き声が響いた。
巨大化したままのブラックドッグだ。
俺の身を案じてくれているのだろうか。
言葉は通じないとは分かってはいるが、声を掛けてやる。
「心配無用です。それと、指示通りに連れて来てくれて、ありがとう」
応じるように、再び一鳴きが返って来た。
思わず口元に笑みが浮かぶ。
言葉は分からずとも、通じ合えるモノはある。
色々と目まぐるしい展開が続いているが、まずは迫る脅威に対処するとしよう。
もう振り返る事無く、空間の歪みへと入って行った。
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