92 元勇者の魔王、一時休戦で
ブラックドッグは未だ戻って来ない。
支配下にある以上、左程離れていなければ、意識を集中する事で、相手の状態を把握出来る。
故に、無事なのは確認済みだ。
この妖精の住処が、如何程の広さなのか見当も付かないが、いずれ声の主を見つけて、ここへと連れて来てくれるだろう。
それまでは、眼前の魔物、アルラウネから改めて話を聞く事にしよう。
「さて、これ以上は無駄な抵抗と言うものでしょう。大人しくして居て下されば、危害を加えたりはしません」
「もういいわよ。アンタには敵いっこないみたいだし」
「では、色々と知っている事をお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
「よろしくはないけど、いいわよ」
妙な言い回しだが、取り合えず話は出来そうだ。
先程の声から、山の異常については、世界に溢れた魔力だという話を聞いた。
妖精絡みと思われる事柄は、後程連れて来られる声の主に尋ねれば良いか。
となると、聞くべきことはそれ程無いのかな。
「何故、魔物の貴女が妖精の住処にいらっしゃるのでしょうか?」
「大した話じゃないわ。随分と昔の話よ。冒険者に追われてたワタシを匿って貰ったのよ」
「成程。元々ここに住んでいた訳では無いのですね?」
「そうよ。だから、ワタシ以外のアルラウネは、ここには居ないわ」
「そういう経緯でしたか。では、ここではどうお過ごしになっていたんですか?」
「別に。強いて言えば用心棒かしらね」
「俺達以外に、この場所に立ち入った者が居たんですか?」
「いいえ。集落の人間も、ここまで来た事は無いわ。来ないよう、予め脅していたし」
「結局、集落に対しての決まり事とは、何だったんですか?」
「一番は勿論、この場所への侵入禁止。後は、山での異常を他言しない事とか。生物を見付けても、狩るのは勿論、触れるのも厳禁とかかしらね」
「基本的には、この妖精の住処の保全。その延長としての山での決まり事という感じですか」
「まぁ、そんなところね。別に積極的に人間を虐げたりはしてないわ。勿論、嫌いではあるけど」
「それを聞いて少し安心しました。集落には俺の家族も住んでいます。事と次第によっては、相応の報いを受けて頂く事になったでしょうね」
ビクンと、アルラウネの体が僅かに震える。
先程の戦闘を思い出したのかもしれない。
「大人しそうな顔して、発言が怖過ぎね、アナタ。――そういえば、元勇者とか言ってたわよね。じゃあ、アナタが魔王様を倒したって訳?」
「そうです」
「それなのに、新しい魔王もアナタ?」
「そうなのですが、正確にはもう一人魔王が居ます。それが先程言っていた王子になります」
「何で魔王が二人も居るのよ。しかも人間だなんて」
「そればっかりは、俺にも分かりませんね。ただ、二人共が転職により魔王になった事が共通点ではありますね」
「魔王って職業なの?」
「みたいですね」
「訳が分からないわ。魔王様の気配なんて、ここ数年、感じなかったのだけれど。今も別に何も感じないし」
「もしかしたら、この妖精の住処の中に居る所為かもしれませんね。外では、王子が多くの魔物を支配していましたから」
「じゃあ、ワタシもここから外に出ると――」
「王子の支配の影響が出ないとも限りませんね。出ない事を強くお勧めします」
「そうね。人間は嫌いだけど、戦うのも好きじゃないし。魔王様とは言え、人間に操られるのも御免だわ」
「――中々戻って来ませんね」
「あの黒い妖精の事? 別に脅すつもりは無いけど、流石に大きくなったぐらいじゃ、勝てないと思うわよ?」
「無事は確認出来ています。もし危うい状況になったとしても、俺には伝わりますから」
「あっそう。――そういえば、さっき巻き込まれた子は大丈夫なの?」
「おっと、そうでしたね」
庇ってくれたらしいコロポックルの事だ。
先程、残っていたポーションを余さず掛けてあげた。
傷口は全て塞がった筈だが、流石に失った血液までは戻りはしない。
妖精に輸血が可能かは分からないが、魔力を補給したりするべきだろうか?
地面に横たわっている。
未だ意識は戻ってはいないようだ。
周りを囲むように、他のコロポックル達が心配そうに見守っている。
「生きてはいるみたいね。結構酷い怪我に見えたけど。さっきの液体のお蔭かしら? 何だったの、あれ?」
「回復薬のポーションと言うらしいです。俺の仲間が作った物です」
「へぇ、人間ってそういうの得意よね。何かムカつくわ」
「生憎と、手持ちはさっきのだけなので」
「――何よ? もしかして、ワタシの怪我の心配してる訳? バカみたいにお人好しね」
「不可抗力とは言え、随分と斬ってしまいましたからね」
「ハイハイ、ワタシが悪うございました。数年ぶりに戦った相手が、魔王様を倒した勇者だったなんて。ワタシもツイてないわね」
「信じて貰えましたか?」
「別にもう、どうだって良いわ。戦っても無駄なのは、分かったしね」
「それで、怪我の具合は如何ですか?」
「ホントに心配してた訳? 別にこのくらい、放っておけば勝手に治るわ」
「それは良かったです。生憎と回復魔法は使えませんし」
「どうせ今は、魔法自体が使えないでしょ」
「そう言えばそうでしたね。妖精の住処に入ったのは、これで二度目になりますが、流石に造りは違うみたいですね」
「随分と珍しい経歴持ちよね、アナタ。大概ね」
「どういう意味ですか?」
「普通、人間が妖精の住処になんて、入れる訳が無いでしょう? 妖精の許可無しには、絶対に入れないのよ。それを二度も経験してるとか、妖精も物好きよね」
「酷い言われようですね」
「そもそも、今回はどうやって侵入して来たのよ? 内側から招き入れてなんていない筈よ?」
「さぁ? 特別何かした訳ではありませんが。――もしかしたら、コロポックルを連れて来た事で侵入出来たのかもしれませんね」
「コロポックルを連れていたから、ね。道理で警報が鳴らない訳だわ」
「警報なんて鳴るんですか?」
「今まで、誰も侵入して来なかったから、鳴ったのを聞いた事は無いけどね。あの子が念の為付けてあるって言ってたわ」
「"あの子"と言うのが、先程の声の主ですか?」
「そうよ。不思議と見た目がワタシと似てるから、まるで姉妹のような感覚なのよ」
声色が少し嬉しそうにも聞こえる。
魔物と妖精の仲が良好というのは、極めて珍しい。
両者共に言葉が通じる事が、幸いしたのだろうか。
他種族との共存についての、良い見本としたいところだ。
「魔物と妖精が似ている、ですか。見た目で判別は難しい種類も居ますからね」
「アンタは最初、ワタシを見てどう思った訳? 魔物と思った? それとも妖精だと思った?」
「最初に思ったのは妖精でしたかね。魔物や動物を寄せ付けないようでしたから」
「ハァ、理由が最悪。……バカ」
「ん? 何か機嫌を損ねる事を言ってしまいましたか?」
「別に何でもないわよ! もぅ、まだ決着が付かないのかしら? いっその事、こっちから向かう?」
「そこそこ時間も経ってますしね。外に追い出されてしまった父さんの様子も気になりますし、そうしましょうか」
「あら、さっきの人間って、アンタの父親だったのね。――何か御免ね。最初に攻撃しちゃったわ」
「対話で解決出来なかったのは不本意でしたが、被害はありませんでしたからね。もう気にしてはいませんよ」
「そう。なら良かったわ」
会話が数瞬途切れる。
その隙間を縫うように、遠くから声が響いて来た。
間延びしたそれは、言葉として聞き取る事が難しい。
俺とアルラウネは、示し合わせたように、耳を澄ませる。
しかし、次に聞こえてきたのは、声では無く、音だった。
耳を劈くような、凄まじい大音量が辺り一帯に響き渡り始めた。
反射的に耳を塞ぐ。
もしかしなくとも、この音が、先程アルラウネが言っていた警報なのだろう。
何か、良くない事が起こったらしい。
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