91 元勇者の魔王、抑えきれぬ怒り
▼10秒で分かる、前回までのあらすじ
王都を仲間に任せ、故郷を目指して約二週間
故郷へと辿り着くが、再会した家族との仲はどこかぎこちない
立ち入りを禁じられた山へと入ってしまい、妖精のコロポックルを保護する
一時的に実家にて預かったものの、住処へと帰す事に
山の奥で妖精の住処に辿り着くも、魔物のアルラウネにより攻撃されてしまう
それでは、本編の続きをどうぞ。
この場に居るのは、人間一人と、魔物が一体と、妖精が無数。
傍らにはブラックドッグが、周囲にはコロポックル達が居る。
先程からの声の主の姿は無い。
だが、こちらの様子は把握しているようだ。
「――しかし、勇者を自称するとはな。もし本物であれば、感謝の一つも述べておくべきかもしれぬがな」
「どういう意味でしょうか? 嘘を申し上げたつもりはありませんが」
「――かつて、魔王が人間共を間引きし、勇者が魔物共を間引きした。これがどういう事か、人間のオヌシに理解出来るか?」
「いえ」
「――であろうな。この世のあらゆるモノには、量の多寡は違えども、魔力が宿っておる。そして、人間と魔物が減少すれば、その魔力はどうなると思う?」
「世界に魔力が溢れる、ですか?」
「――まぁ、そんなところじゃな。そして、魔力の影響を最も強く受ける生物。それが妾達、妖精という訳じゃ」
「では、この山の異常も、魔力の影響によるものだと?」
「――左様。成程な。確かに、オヌシは他の人間共とは頭の出来は違うようじゃ。馬鹿は好かぬが、利口な者は好ましい」
「それはどうも」
「――そういう訳で、魔王と勇者には、感謝する理由があるという事じゃ。何せ、妾達妖精の為に、間引きしてくれたのじゃからな。カカッ」
間引き。
多くの命を奪った。
大多数は魔物を。
時には野盗化した人間も。
失われた命は数知れぬ。
――それを感謝する、と?
そう言うのか。
そんな考え方を、妖精はするのか?
少なくとも、声の主はそうなのだろう。
不愉快だ。
とても、とても不愉快だ。
王子も大概だったが、この声の主も相当なモノだ。
闘気が、怒気が、漏れ出してゆく。
「――何じゃ、妾の物言いが、癇に障ったかの? 人間も大概に難儀よな?」
頭に血が上って行くのが分かる。
嗤われたのだ。
奪われた命と、奪った命が。
あらゆるモノが犠牲者だった筈だ。
それを、よりにもよって、嗤うなんて。
到底、許せる所業ではない。
許して良い筈がない。
魔法無しで、どれ程の事が出来るのかは不明だが、流石にこのまま大人しく嘲りを聞いてなど居られない。
「――これで知りたかったことの、幾らかは知れたであろう? 妾からの、せめてもの餞別じゃ。いや、手向けになるのかの?」
「人間を侮り過ぎではありませんかね」
「――まずは、オヌシ達の始末を付け、次に外に出した人間、最後に集落の者達とするかの」
「させません」
「――抗う事すらも、叶わんよ」
途端、周囲の空間から、見えない何かが射出されて来た。
魔法、ではない。
何か特殊な技なのか。
素早くブラックドッグを抱き上げ、勘を頼りに、回避し続ける。
「――ほぅ、これを避けて見せるか。存外、只者では無いようじゃな」
何か返事をするよりも早く、次の一手が加えられる。
「――避けられては詰まらぬ」
何だ!?
急に動けなくなった!?
周囲の空気が、まるで固体化でもしたかのように、強い抵抗を返してくる。
どの方向へも動けない。
「――これでもう避けられまい?」
再び迫り来る、見えない何か。
駄目だ、避けられない!
せめて、ブラックドッグだけでも無事にと、霧化させる。
「ぐぅっ!?」
全身を何か所も何かで貫かれる。
だが、致命傷は避けられたようだ。
しかも何故か、周囲の戒めが解けた。
原因は地面に横たわってた。
コロポックルだ。
大きさからいって、俺達が運んできた一体だ。
身体からは、緑色の血のようなものが流れ出ている。
先程の攻撃から、庇ってくれたのか!?
「――余計な真似を。妖精が人間如きを庇うなど、恥を知れ」
響く声に頭が沸騰しそうになるが、今は捨て置け。
コロポックルへの対処こそが最優先だ。
背負っていたバッグを漁り、手早くポーションを取り出す。
色味では判別出来ないので、蓋を見て確認する。
以前付けた印がある。
蓋を開け、コロポックルの全身に掛ける。
中身が空になるまで、全て出し切った。
改めて、横たわるコロポックルを見やる。
出血は止まっている。
傷口も既に消えたようだ。
怪我のショックの所為か、未だ意識は戻らないようだ。
ひとまずは安心だろうか。
危ないところだった。
ポーションが無ければ、命を落としていたかもしれない。
共に過ごした時間など、ほんの僅かに過ぎない。
にも拘わらず、身を挺して庇ってくれるなんて。
助けてあげるつもりで来たというのに、逆に助けられていれば世話が無い。
不甲斐ない。
不甲斐ないぞ、俺。
誰かに守られるなんて何時以来だ?
ここ十数年だと戦士ぐらいか。
もっと昔なら、父さんだろうか。
――流石にもう、我慢の限界だ。
「どうやら、貴女に主たる資格は無さそうですね。害する相手を誤るとは」
「――勝手に動いたのだから、妾の所為ではあるまいよ」
「貴女の意思に沿わぬモノも居る。それを理解していないのでは?」
「――抜かせ。人間風情が、調子づきおって」
立ち上がり、黒霧へと手を伸ばす。
魔法は使えなくとも、魔力はこの身に宿っている。
ありったけの魔力を注ぎ込む。
頼るのは忍びないが、矜持など、何の役にも立ちはしない。
今は抗う時だ。
「目標は声の主。出来るだけ生かして捕えて来て下さい」
黒霧が、見る間に体積を増してゆく。
数倍、いや、十倍は超えただろうか。
そうして顕現するのは、当然ながら、巨大なブラックドッグだ。
体長は十メートル以上。
ドラゴン程の威容だ。
今までで一番大きい。
「――何だ、何が起きた!? 巨大なブラックドッグじゃと!?」
「行け」
甲高い雄叫びが響き渡る。
次いで、黒い巨体が姿を消す。
速い。
巨大化しただけでなく、身体能力も増しているようだ。
指示に従い、声の主の元まで、凄まじい速度で駆けて行く。
後に残るのは、コロポックル達と、俺。
そして、眼前にまだ居続けていた、魔物のアルラウネだ。
「魔法が使えないなら、ワタシの敵じゃないわね」
「そうでもありませんよ。どちらかと言えば、魔法を使った方が手加減がしやすいってだけです」
「忌々しい人間ね。その減らず口、今すぐ永遠に閉じさせてやるわ!」
腰に固定してあった、秘書さんから貰った短剣を抜く。
「アハハッ、自信の根拠はそれかしら? 随分と頼もしい事だわ、ね!」
言葉を言い終えると同時に、蔓の群れが槍衾の如く、眼前を覆い尽くす。
右手で逆手に構える短剣を、力強く握り締める。
両足を肩幅よりも開き、地面を踏みしめる。
「――シッ!」
呼気が閉じた歯の隙間から漏れ出る。
同時に放つは、高速の斬撃。
殆どを斬撃が、残りは空いた左手が、弾いたり掴んだりして、蔓の群れを凌いでいく。
「じょ、冗談でしょ。どんな化け物よ、アナタ」
動揺するアルラウネの声が、蔓の壁越しに聞こえて来る。
緑の壁に穴が開く。
次第に穴は増えてゆく。
数か所、十数か所と。
やがて、向かって来る蔓は無くなった。
全ての蔓を凌ぎきって見せたのだ。
そうして露わになるのは、自身から伸びる蔓を切断された痛みと畏怖とで、体を震わせているアルラウネ。
魔王としてのレベルこそ1でしかないが、ステータスはどれも500超えなのだ。
並みの魔物相手に、遅れを取る事などありはしない。
「「「「「ポーーー!!!」」」」」
周囲のコロポックルから、無数の声が上がる。
悲鳴……という訳ではなさそうだ。
どうやらお気に召したようだ。
さて、ブラックドッグの方はどうなっただろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




