89 元勇者の魔王、向けられるは敵意
スキル名は【】、使用した能力や魔法は≪≫で記載しております。
近づいて来る緑色の人影。
次第に姿もハッキリと見えてくる。
子供ではない、大人の女性といった容姿だ。
とはいえ、明らかに人間では無いのだが。
傍らのブラックドッグは、今なお唸り声を上げ続けている。
今にも飛び掛からん勢いだ。
不意に相手が立ち止まった。
彼我の距離は5メートルと言ったところか。
十分近い。
が、話すにしては距離があるようにも思える。
「そこの妖精には随分と嫌われてしまったようね。それにしても、人間に懐いているなんて、珍しい妖精も居たものね」
「貴女も、いえ、貴女は妖精ですか?」
「いいえ。妖精では無いわ。ワタシは魔物よ」
やはりそうか。
道理でブラックドッグが、これ程までに警戒して見せる訳だ。
だが、それならそれで疑問は生じてくる。
「この山には魔物は侵入出来ないようですが、貴女はそうでは無いようですね?」
「そうね。でも、人間のアナタに説明する義理も無いわね。さっきも言ったけれど、この場所への立ち入りを禁じていた筈よ。禁を侵すなら、相応の報いを受けて貰う事になるわよ?」
その言葉を聞き、尋ねるように背後の父さんへと視線を向ける。
当の父さんは、訳分からずといった様子だった。
それでも口を開き、言葉を探すように語る。
「――確かに、山の奥へと立ち入るな、とは集落の長からは言われていた。だが、どういった場所だとか、理由までは知らされていない」
「理由を知らないのも無理ないわね。そもそも詳しく話してもいないし。でもそれはそれ。立ち入るなという禁を破った事には違いない。そうでしょ?」
言うが早いか、頭部から伸びている、地面に這っていた蔓の一本が動いた。
地面から跳ねるように浮かび上がり、先端を尖らせて迫る。
一瞬にして右横を通り過ぎる蔓。
標的は……背後!?
父さんか!
≪光剣≫
光の中級魔法。
右手に現れた光の剣を、反射的に上へと振るう。
見事、父さんへと迫った蔓を切断してみせた。
「キャッ!?」
相手が悲鳴を上げる。
そうか、頭部から伸びているのだから、斬られれば痛いのは当然か。
「済みません。傷つけるつもりはありませんが、攻撃されれば迎撃せざるを得ません。まずは話し合いをしませんか?」
「話し合いですって!? 一方的に禁を破っておきながら、よくもまぁぬけぬけと! 大人しく串刺しになりなさい!」
声に合わせて、今度は蔓が十本近く動く。
強烈な敵意と殺気。
すかさず、ブラックドッグが反応を示す。
飛び掛からんとするのを片手で制し、もう片方の手を相手へと向ける。
流石に何度も斬り付けるのは気が引ける。
≪光縛≫
光の初級魔法。
蔓がこちらに迫り来るよりも早く、相手の動きを封じる。
「落ち着くか、大人しくするか、せめてどちらかはして頂きたいんですが」
「――っ!? 忌々しい人間め! 小癪な真似を!」
射殺さんばかりに睨んで来る。
随分と沸点の低い相手らしい。
会話するのも、骨が折れそうだ。
「そういえば、貴女は何故無事なんですか? 魔王によって魔物は全て支配されてしまったかと思っていたんですが」
そう、王子による支配は、未だ健在の筈。
魔物であるならば、王子による支配は免れ得ないのではないのだろうか。
それとも、支配の影響範囲には、限界が存在しているのだろうか。
「魔王様は、アナタ達人間に倒されたんでしょうが! 忘れたとは言わせないわよ!」
忘れるも何も、倒した張本人なんですがね。
それを正直に白状すると、より怒りを買いそうな雰囲気だ。
「確かに、かつての魔王は倒されました。ですが今、新たな魔王が魔物を支配しているんです。ご存じありませんか?」
「新しい魔王様ですって? ――何よそれ、どこのどいつよ!?」
「えーっと」
魔王は二人共が人間なんですよね。
これも言ったら怒りを買いそうではある。
だが、黙っていても話が進まなそうだ。
「二人共、人間です。片方が王子で、魔物を支配しています」
「二人? 魔王様が二人も居るって言うの? しかも、人間ですって!?」
「そうです。――その様子では、本当に何も知らないようですね」
「ワタシは此処から出たりしないし、外の世界の事なんて知らないわよ。悪い!?」
「いえ、別にそういう訳ではありませんが……」
何だろうか、妙な既視感を覚える。
話し方というか、性格というか。
――あぁ、魔法使いに何となく似ているのかも。
そう考えると、親近感を覚えてくるな。
「ちょっと、妙な視線を向けないでくれる? とにかく、早く解放しなさいよ!」
「もう暴れない、襲い掛からないと誓えるのであれば」
「誓わないわ!」
即答だった。
まったく迷う素振りも見せなかった。
ますます魔法使いに似ている。
良くも悪くも、正直な相手のようだ。
「ではこのまま話しましょう」
「ちょっと! 人間の分際で、調子に乗ってるんじゃないわよ!」
「――えぇっと、言いそびれていたのですが、もう一人の魔王は、俺の事なんですよ。魔物であれば、何か感じたりしませんかね? 他の魔物には、魔王だと直ぐに見破られたんですが」
「はぁ!? アナタが魔王!? 人間の分際で、不遜が過ぎるっての! 少しは身の程を弁えなさい!」
「スライムにセントレア、後はブギーマンとは意思疎通出来ていたんですが」
「……"せんとれあ"って何よ? そんな魔物知らないけど」
「あぁ、ケンタウロスの事です。どうしてもセントレアと呼ぶように言われていたので、つい」
何とも懐かしい。
口にすると、途端に色々と思い出してしまう。
もう、どれぐらい皆に会っていないのか。
無事を願う事しか出来ない、自分が不甲斐ない。
「ケンタウロスに、そんな妙な拘りなんてあったかしら。でも、スライムやブギーマンなんて、魔物ですら会話出来ないのに、人間が会話出来る筈無いでしょ! この嘘つき!」
「でしょうね。言葉も喋れませんし。ただ、魔王のスキルに【意思疎通《魔》】というモノがあってですね。そのお蔭で、意思疎通が可能だったのです。もっとも、ロックワームに対しては、何故か通じませんでしたが」
「意思疎通のスキルですって? ハッ、随分と都合の良いスキルを思いついたものね。なら、証拠を見せてみなさいよ?」
「証拠ですか。生憎とご期待に沿えられそうにありませんね」
「でしょうね。人間が魔王様を騙るなんて、そもそもが……」
「?」
急に押し黙ってしまった。
何かを考え込んでいるような、悩んでいるような素振りを見せている。
「そんな筈……人間が魔王様になれる訳が……でも、この気配はまるで……」
どこか虚ろな視線は、何かを探すように中空を彷徨っている。
「本当に、魔王だって言い張るつもり?」
「今の所、証明する方法はありませんがね」
「……良いわ。取り合えず、千歩譲って信じてあげる」
「魔物にはやはり、魔王の何かを感じるんですかね? その辺り、全く自覚出来ないんですが」
「さぁね。でも別に、アナタを信用した訳じゃないから! 調子に乗らないでよね!」
「まぁ、強制はしません。好きに解釈なさって下さって構いません。――それで、貴女はどういった種族なんでしょうか? トレントではありませんよね?」
「ワタシがトレントですって!? そんな訳無いでしょ!? 何処に目を付けてる訳!?」
「いえ、ですから、違いますよねと――」
「ワタシは"アルラウネ"。あんな木モドキと一緒にしないでくれる!?」
あぁ成程、アルラウネだったのか。
実物を見たのは初めてだ。
聞いていた話では、余り好戦的ではないとの事だったが。
改めて眼前のアルラウネを見やる。
光縛により拘束され、ジタバタ藻掻いている。
視線は鋭いままだ。
とても大人しい様子には見受けられない。
先程の攻撃といい、この個体が特別好戦的なのか、あるいは、情報自体に誤りがあったのか。
とはいえ、以前に交戦した経験が無いのも確かだ。
この個体の個性なのだと、思うことにしよう。
「貴女がアルラウネでしたか。初見だったので、分かりませんでした」
「その口振りだと、ワタシの種族について、知っていたって感じね? 何? 自称魔王ってのは、魔物集めが趣味なの?」
「いえ、そういう訳ではありません。あくまでも、人間から襲われないよう、保護に努めているだけです」
「は? 魔物を人間から保護してるですって? ――変人ね、アナタ」
「無害な魔物が虐げられるのは、決して気持ちの良いものではありませんからね」
「随分と上から目線ね。人間の癖に。癇に障るわ」
「他の人間よりも、多少、強さには自信がありますから」
「不遜な物言いね。増々気に食わないわ」
何と言うか、話せば話す程、好感度が下がっている気がする。
一応、会話は成立している。
機嫌を損ねきる前に、聞きたい事を、出来得る限り聞き出しておきたい。
周囲のコロポックル達は、先程から一言も発していない。
固唾を飲んで見守っているといった様子だ。
表情には怯えではなく、期待や興奮といった感情が見て取れる。
心なしか、楽し気ですらあるようにも、見えなくも無い。
コロポックルにとって、アルラウネは脅威では無いようだ。
妖精の住処に居た魔物。
果たして、どういった理由があるのだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




