87 元勇者の魔王、魔力の所在
朝日を浴びながら、眼前に聳え立つ山へと向かって歩いていく。
両腕には緑色の球体の妖精、コロポックルを抱きかかえている。
傍らにはブラックドッグが歩いており、後ろには父さんが付いて来ている。
特に会話は無い。
視線を山から更に上へと向けてみる。
日は出ているが、心なしか雲が多い気がする。
遠くの方には黒い雲も見える。
もしかすると、遠からず雨が降るかもしれない。
思い返すのは、昨日見た山中での事だ。
夕方でも夜中でも、山中では昼間のように明るく、木々の枝葉の隙間からは木洩れ日が差し込んでいた。
雨が降った場合はどうなるのだろうか。
程なく山へと足を踏み入れた。
途端に頭上を覆い尽くす木々の枝葉。
やはりおかしい。
如何なる原理によるものか。
まだ朝方だというのに、木洩れ日は直上から降り注いでいる。
山の内と外とでは、まるで別世界のような切り替わりだ。
妖精が住み着いているようだし、ある種の結界のようになっているのだろうか?
それとも、山全体が妖精の住処になっているのか?
――いや、それはないか。
妖精の住処には、妖精に招かれなければ入れなかった筈だ。
経験上でもそうだったし、妖精の本にもそう書かれていた。
あるいは、ブラックドッグが一緒だから入る事が出来たのか?
それも違うか。
背後には父さんの姿がある。
つい昨晩、山中に迎えにも来てくれていた。
妖精を伴わずとも、山への侵入は可能という訳だ。
ここはまだ、妖精の住処ではない。
さて、ではどうやって妖精の住処を探したものか。
一番手っ取り早いのは、コロポックルを支配し、誘導して貰う事だろう。
流石にこれは却下だ。
余りにも身勝手に過ぎる。
であれば、ブラックドッグを頼る他あるまい。
しゃがみ込み、ブラックドッグへと触れる。
コロポックルの住処、もしくは、他の妖精の居る場所を探すよう指示を与える。
すると、いつぞや見たように、周囲を見回し始めた。
畑地帯へと入った時と同じ様子だ。
確か、あの場所も魔物や害獣は、侵入していなかったのではなかったか。
ここも似たような場所と言う事か。
もしくは、この山に対し、畑の方こそが似ていたのか。
しばらく周囲を見回していたブラックドッグだが、遂に一点を見据えた。
歩き出すブラックドッグに追従する形で、俺、父さんの順で続く。
どこも同じような風景に見える山の中。
頭上は相変わらず、木々の枝葉に覆われている。
木洩れ日に変化も見受けられない。
ブラックドッグの後について、何処とも知れぬ山中を行く。
最早、登っているのか下りているのかも不確かだ。
腕に抱くコロポックルは、顔を俺と向い合せではなく、正面側へと向けている。
故に、その表情は窺い知る事は出来ない。
だが、腕の中で僅かに揺れ動く様や、時折漏れ聞こえる声の調子などから、機嫌は良さそうに感じられる。
「ポ、ポ、ポ」
今もこうして、声に合わせる様に揺れ動いている。
そういえば、コロポックルは、ブラックドッグとは違い、周囲を見回したりはしていなかったように思う。
もっとも、相対していた訳では無いので、正確には分かりかねるのだが。
コロポックルにとっては、勝手知ったる場所なのかもしれない。
改めて考えてみると、どうにも妙な話だ。
父さんは山で一度も見た事が無いと言っていた、コロポックル。
しかし、俺や母さんは、昔にもっと小さいサイズのコロポックルを、見た事があったらしい。
そもそも、当時の俺は、山の何処でコロポックルを見つけて来たのだろうか。
夢でそれらしい場面を見たとは言え、思い出せるような心当たりも無い。
子供の足で、山の奥深くまで行って帰って来たとは考え辛い。
今回の様に、住処から外へと出ていたコロポックルを見つけて、家へと連れ帰ってしまったのだろうか。
そういえば、二体共、随分と元気そうに見える。
魔力供給をせずに元気な姿を見せているという事は、父さんの言っていたように、山中で魔力を補給出来ているのかもしれない。
二体を良く観察してみる。
しかし、淡く光っているような様子は見受けられない。
魔力供給時の発光現象。
今は吸収していないのか、現象が表出しない程に微量な魔力供給なのか。
俺自身には、山中の魔力とやらは感じ取れない。
かつて見た、ピクシー達の住処には、緑色の泉にあった。
魔力を多く含んだ水だったらしいのだが、やはり、妖精は魔力の多い場所を好むのだろうか。
周囲にある緑と言えば、木々の葉だろう。
とはいえ、山の外でだって幾らでも生えているし、別段珍しくもない。
何か特別な品種の木だったりするのだろうか?
歩きながらに、周囲の木々を観察してみる。
木だ。
それ以外の感想など思い浮かばない。
木を見て連想するのは、トレントという木の魔物か。
幹の部分に顔があり、枝を手、根を足として動く植物の魔物。
確かトレントは、普通の木に擬態して奇襲を仕掛けて来る、中々に厄介な魔物だった。
だからという訳ではないが、この木々もあるいは、魔物ならぬ妖精だったりはしないだろうか?
今はコロポックルを抱えている為、本で調べたりは出来ないが、少しぐらい可能性としてはありそうだ。
――思考が脱線したな。
この山の魔力について考えていたんだったか。
周囲に数多生えている木の表面は、特別緑色という訳では無い。
普通の、茶色のような樹皮の色味をしている。
次に手元、というか胸元に視線を向けてみる。
コロポックル。
顔以外を幾枚もの葉っぱで覆っている妖精。
物凄く緑色な訳だが、この妖精が山の魔力の源、という事はあるまい。
別に魔力を帯びているから、緑色の葉っぱになっている訳ではないだろう。
しかし、だ。
もしかしたら、山中の魔力の影響により、このコロポックルは異常なまでに成長しているかもしれない。
何せ、地面に置けばうつ伏せに倒れ込んでしまい、自力では起き上がれない。
正常な状態にあるとは、到底思えない。
そう、例えば、以前ブラックドッグが魔力の過剰供給により巨大化して見せたように。
このコロポックルもまた、魔力を過剰に吸収した為に、普段よりも大きくなってしまっている可能性はないだろうか?
以前、妖精の住処で見た、緑色の泉がある訳では無い。
だが、この山の中では、常に昼間といった様子だ。
当然の事ながら、異常事態に他ならない。
魔力の影響なのか、この常の昼間こそが魔力の源なのか。
疑問は幾つも浮かび上がるが、答えは一つとして出て来ない。
目指す妖精の住処にて、答えは得られるのだろうか。
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