86 元勇者の魔王、居場所
食卓にて、最初に反応を示したのは、母さんだった。
「まぁまぁ、じゃあ、この子はコロポックルって言うのね?」
「恐らくは。ただ、便宜的に人間が勝手に名付けた可能性が高いですがね。何せちゃんと喋れませんし」
「コロポックルちゃん」
「コロ?」
不意にコロポックルへと呼びかける、母さん。
不思議そうに見つめ返すコロポックル。
「昔見た時は、小っちゃかったのに、随分と大きくなったのねぇ」
「コロ?」
「同じ個体とは限りませんしね。年齢や個体差もあるのかもしれませんし」
「それもそうね。あらやだ! そういえば、何も食べさせてあげてなかったわ!」
「妖精は魔力を糧としています。恐らく、この子も普通の食べ物は食べませんよ」
「そうなの? どうしましょう。お母さん、魔法なんて使えないわ」
「俺が魔力を与えておきますから」
「待て。余計な真似はせず、山に帰すんだ」
母さんとの会話に、強い口調で父さんが割り込んできた。
「お父さん? でも、お腹が減ってるなら可哀そうじゃありませんか」
「人間とは違うんだ。下手に何かをして、結果、悪い方へと事態が動きかねん」
「少し考え過ぎじゃありませんか?」
「山に住んでいたなら、山に魔力とやらもあるのだろう。昨夜は遅くなったから、仕方なく自宅へと招いたが、速やかに住処へ戻すべきだ。他の手出しは控えろ」
「――母さん。俺も手出しは控えるべきだと思います。人間の常識と、妖精の常識では、どうしたって異なります。こちらの最善が、相手にとっても最善とは限りません」
「貴方まで!? でも、貴方は黒いワンちゃんを連れてるじゃない?」
「ソレとコレとは関係ありません。何も、無理矢理に住処から引き離した訳ではありません。あくまでも保護しただけです」
「じゃあ、この子も保護してあげれば良いじゃない?」
「母さん。この子だって、山に家族が居るかもしれませんよ? 自分の都合で引き離してしまうつもりですか?」
「ズルいわ、そんな言い方」
膝に乗せていたコロポックルを、ひしと抱きしめてみせる。
ついでに頬ずりまでしている。
「ポ、ポ、ポ」
されるがままのコロポックルは、状況を理解出来ていないようだが、心なしか嬉しそうにしている。
一見すると微笑ましい一幕ではあるのだが。
余程に手放したく無いと見える。
「詳しい事情も知らぬままに、保護する訳にはいかないでしょう。今日、俺が住処まで連れて行きますよ」
コロポックルから顔を覗かせた母さんが、何かを思いついたように話し出した。
「――もし、もしもよ? 住処が見つからなかったら、その時はまた、家に連れ帰ってくれるのよね?」
「それは――」
チラリと、横目で父さんの様子を窺う。
案の定、渋面を浮かべていた。
そもそも、俺の滞在すら、許可された訳では無い。
安易に連れ帰るとの口約束は出来ない。
もし仮に、山にコロポックルの仲間が生息していなかったならば、俺が連れて行くしかないだろう。
実家では、魔力供給の術が無い。
いかに母さんが可愛がっていようが、魔力を与えてやれなければ、コロポックルとて生きて行く事は叶わない。
「――最悪の場合、俺が引き取りますよ」
「そんなのズルいわ! どっちも連れて行くなんて!」
ズルいズルくないという問題ではない。
というか、母さんは随分と子供っぽいところがあるんだな。
昔は、自分が子供だったから、そうは感じなかったのかもしれないが。
「いい加減にしないか。みっともないぞ」
「――お父さん。はい、済みません」
父さんの一声で、途端に大人しくなってしまった。
少しだけ可哀想ではあるが、人間の都合で家に留め置く訳にもいくまい。
消沈する母さんを横目に、山歩きに備え、荷物を纏める事にした。
自室に戻り、バッグに本を入れ直してから背負う。
未だ、懐かしさよりも、見慣れぬ感じが強い自室。
自室、自宅、故郷。
とは言ってみたものの、どこか違和感が拭えない。
既視感は確かにある。
俺が感じているのは、違和感と言うよりかは、異物感なのだろうか。
この場所に紛れ込んだ異物。
つまりは俺自身だ。
変化に乏しい山裾の集落。
俺にとっては"過去"でしかない。
現在でも未来でも無い。
かつて居た場所。
そう感じる。
いつまでも居座るべきでは無いのかもしれない。
どのみち、いつ王都に戻る事になるかも不明瞭だ。
しかも、俺の意思とは無関係に、魔法使いによって転移させられるらしい。
用足しや入浴中とかで無い事を祈りたい。
室内を一瞥する。
忘れ物は無い。
未練はどうだろうか。
良く分からない。
子供時分の俺。
まるで別人のような感覚だ。
幻視する子供の頃の俺。
いずれ故郷を離れ、長い長い旅をする事になる。
助言も警告も叶わない、只の幻だ。
幻影を置き去りにするかのように、部屋を出る。
食卓の席には、未だ母さんの姿があった。
父さんの姿は既にない。
今なお抱きしめ続けているコロポックルを受け取るべく、手を伸ばしながら声を掛ける。
「さぁ、渡して下さい。住処の見当も付いていないのですから、急いで出発しなければ、発見が何時になるか分かりません」
「――また会えるかしら?」
その言葉は、コロポックルに対してか。
もしくは、俺に対してだろうか。
あるいは、両方に対してだったのか。
僅かに考え込んだ後、返答する。
「――生きていれば、また会う事も叶うでしょう。いつか、きっと」
「そうかしら。いえ、そうかもしれないわね」
悲し気な微笑を浮かべ、コロポックルを手渡してくれた。
しかと受け取る。
「コロ?」
コロポックルは俺と母さんを交互に見やり、不思議そうな顔をしている。
自身の置かれている状況を理解していないのだろう。
ずっと母さんの隣に座っていたブラックドッグが立ち上がる。
共に玄関へと向かう。
その後を母さんも付いて来る。
玄関のドアを開けた先、待ち受けていたのは父さんの背中だった。
ドアの音を耳にしたのか、こちらに振り返る。
「もう行くのか?」
言葉少なげな物言い。
「はい。まだ住処の見当も付いていません。急ぐに越した事は無いでしょう」
「そうか」
「では、失礼します。二人共、どうかお元気で」
「待て、オレも行く。勝手に山を歩かれるのは困る」
「――え?」
別れの挨拶を、と思いきや、そんな言葉を掛けられた。
どうやら父さんも付いて来るつもりらしい。
非常に気まずい。
出来れば遠慮したい。
とは言え、勝手な真似をしているのは俺の方でもある。
この集落の決まりや習わしには疎い。
山で勝手な真似をすれば、ツケは集落の住民達が支払うことにもなりかねない。
我が儘を言うべき状況ではない。
「分かりました。では向かいましょう」
「あぁ。家の事は頼んだぞ」
「はい。いってらっしゃい」
後半は母さんに向けた言葉だったのか。
母さんは、分かっていますとばかりに応えてみせた。
二人と二体。
昨夜に引き続き、山に入る事になった。
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