83 元勇者の魔王、帰るは我が家
相も変わらず、頭上からは木洩れ日が差し込んで来る。
山に入る直前、夕方だったにも拘わらず、だ。
体感的には、既に日は沈み、夜半といった頃合いだろうか。
不可思議な山の中を、時折響き渡る声の方向を目指して歩いてゆく。
当然ながら、こちらからも応答の声を上げている。
でなければ、別の場所へと移動してしまうかもしれないしな。
バッグを背負い、腕の中には妖精らしき緑の球体を抱えている。
横では、ブラックドッグが付かず離れず歩いている。
今は随分と落ち着いている。
山に入る際の様子とは大違いだ。
すわ何事かと思ったが、この球体を助けるべく駆け出したのだろうか。
魔物同士であれば、他種族を助けるといった行動は取らないように思える。
いや、そうでもないのだろうか。
セントレアなどは、個体の癖が強過ぎるが、面倒見は良いように見受けられた。
人間だとか、魔物だとか、妖精だとか、関係無いのかもしれない。
父さんが居るであろう、呼び声のする方向へと移動する。
声の感じから察するに、お互いの距離は随分と近づいた筈だ。
「コロ?」
腕の中の緑色の球体が声を発する。
"ぽ"、か、"ころ"、しか言葉を発していない気がする。
何の妖精なのかは未だに不明だが、ピクシーとは違い、人語を介さないようだ。
とはいえ、こちらの言っている事に反応は返してみせている。
こちらの言葉は理解しているのかもしれない。
もしくは、反射的に言葉を返しているだけかもしれないが。
しかし、見れば見る程に、不思議な妖精だ。
自分自身の力で立てず、うつ伏せに転がってしまうなど、割と致命的だ。
この見た目なら、余程の悪意でも持たれない限り、傷つけられたりはしないとは思うが、今の今まで、どうやって生活を送っていたのだろうか。
想像するのが困難だ。
体の大部分を葉っぱに覆われているようだし、植物に関係する妖精なのだろう。
夜間にも木洩れ日が差し込むような、不思議な山な訳だし、他の個体も生息していそうではある。
父さんと合流した後、この子も仲間の元へと帰してあげたいところだ。
幾度目かの声の掛け合いの後、山中にて父さんと無事に合流を果たした。
「何故山に入った! 事前に入るなと言っただろうが!」
開口一番、怒鳴られる。
「済みません。ですが、ブラックドッグが突然駆け出してしまったのを追いかけたんです。故意に侵入した訳ではありません」
隣に佇むブラックドッグを見やり、父さんが自問するように声を発する。
「山に入れるということは、魔物では無いのか?」
山には魔物は侵入出来ない?
畑地帯と同種の何かが作用しているのだろうか。
「えぇ、この子は妖精の一種です。魔物だと広く誤解されてはいますが」
視線をブラックドッグからこちらへと向け直して来た。
視線の先にあるのは、腕の中の緑色の球体だ。
「それで、その抱えている物は何だ? 何を山で拾って来た?」
「この子も妖精の一種のようなのですが、ご存じありませんか? どうやら、この子を助けるべく、ブラックドッグはこの山へと侵入したようでした」
「見た事も無いな。オレが知っているのは――いや、何でもない。とにかく、何であれ捨て置け。山の中から持ち出す事はまかりならん」
「ですが、この子は自立出来ないようで、地面に置いてやると、うつ伏せに倒れ込んでしまうんです」
「――冗談を言ってるのか? では今までどうやって生きて来たと言うつもりだ?」
「そんな事、俺が知る筈ありませんよ。事実は事実なんです。集落にどういう決まり事があるのかは知りませんが、この場に捨て置いて命を落とす事になれば、問題なのではありませんか?」
俺の言葉の受け、父さんは渋面を浮かべている。
僅かな間、沈黙が場を支配する。
「コロ?」
沈黙を最初に破ったのは腕の中の妖精だった。
両者の視線が、自然と腕の中の妖精に集まる。
「――ふぅ。仕方が無い。住処を探すにしろ、この山の中では分からんだろうが、夜も更けた頃合いだ。今日の所は家に連れて来る他あるまい。ついでだ、オマエも来い」
「俺も家にお邪魔しても構わないんですか? 何だったら、この子だけを預かって頂ければ良いのですが」
「別に無理にとは言わん。来たくなければ来なくて良い」
あんまりな物言いに、思わず絶句する。
だが、ふと考え直してみた。
十数年ぶりに会った息子らしき人物。
自分が父さんの立場だったならば、どう感じるだろうか。
まずは疑うだろうか。
本物足り得る証明を求める?
少なくとも、いきなり信じたりはすまい。
母さんだけは、こちらの自己申告すら聞かず、いきなり受け入れてみせたが、そんな反応はまずあり得ない。
元より、父さんとは仲が良かったとは言い難い。
苦手としていたぐらいだ。
父さんとしても、得手とはしてはいなかったに違いあるまい。
お互いに、距離感を計りかねているのかもしれない。
ここは譲歩するべきか。
「分かりました。それでは一晩だけ、お邪魔させて頂きます」
「そうか。では付いて来い。良いか? くれぐれもこれ以上、他所の場所へ行こうとはするなよ?」
「はい」
大人しく肯定しておく。
既に目的だったブラックドッグを連れ戻す事は叶っている。
この山には、未だ興味が尽きないとはいえ、荒らし回るつもりもない。
父さんの後に追従し、山を下りる。
しばらく歩いた後、ようやく山から出る事が叶った。
やはり、山の外は当然のように真っ暗だ。
空には月と星はあれども、日は沈んで久しい様子。
山の中に木洩れ日が差し込んでいたのは、異常という他あるまい。
故郷を飛び出すまでの、十数年間。
これ程までに不可思議な山の麓に住んでいて、疑問に思うことは無かった筈だ。
最近になって、こんな状態になっているのだろうか?
それとも、覚えていないだけで、昔から変化していないのだろうか。
山を背に、家路を急ぐ。
すると、家の前に誰か立って居た。
母さんだ。
俺を、というよりも、父さんの身を案じて、今の今まで待って居たのだろうか?
こちらに気が付いた母さんが、声を掛けて来る。
「随分と掛かったんですね。少し心配していたところでした。でも、ちゃんと連れ帰って来てくれたんですね」
「あのまま見過ごす事は出来なかっただけだ。山に余所者を立ち入らせるなど、皆に知られれば事だ」
「みんな、無事で良かったわ。――あら? 何を抱えているのかしら?」
「あぁ、山で拾った――いえ、救助したんです」
「救助? 随分と丸いのね。山にそんな生き物、居たかしら?」
「恐らくは妖精の類かと」
「妖精? あらあら、お母さん、妖精なんて初めて見るわ。良く見せて頂戴な」
「それは構いませんが、取り合えず、家の中に入りませんか? 外で騒げば、集落の人達に何事かと思われかねません」
「あら、御免なさい。それもそうね。じゃあ、二人共、お帰りなさい」
「あぁ、ただいま」
父さんが返事をする。
きちんと受け入れられたとは言い難い状況で、口にするのは憚られたが、返事しないのも失礼だ。
小さく返答する。
「――ただいま」
こうして、奇妙な帰郷の初日は過ぎゆくのだった。
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