82 元勇者の魔王、未知との遭遇
眼前をひた走るブラックドッグ。
迷いも見せず、どこかへと一直線に向かっている様に見える。
集落は遠く、山の中へと入り込んでいた。
外観の印象よりも、余程に木々が多い印象だ。
日の光でさえ遠い。
頭上を覆い尽くす木々の枝葉。
傾斜を上ってはいるものの、辺りは似たような景色だらけだ。
すんなりと下山するのは困難かもしれない。
時間の感覚も、どこかおかしい。
山に入ってからどれくらい経過した?
すこし、しばらく、だいぶ、ずっと。
山に入る前は夕方だった筈だ。
だが頭上、木々の枝葉の隙間からは、木洩れ日が差し込んでいる様に見える。
どう考えてもおかしい。
頭上に日がある訳が無い。
既に沈みゆく最中か、沈んでしまったかのどちらかだ。
理解の範疇を超えている。
人知の外。
在り得ない状況を引き起こしているこの山には、何かあるのだろう。
侵入を拒むように木々が乱立する中、先を走りゆくブラックドッグを見失わないように追い駆ける。
どれぐらい走っただろうか。
気が付けば、傾斜は無くなっていた。
山頂という訳でも無いのだが、一体ここはどの辺りになるのか。
視線の先では、ようやくブラックドッグが立ち止まっていた。
そばへと駆け寄る。
抱き上げようとして、未だバッグを抱えたままだった事に気が付いた。
追い駆ける事に必死過ぎて、全く気が付かなかった。
バッグを背負い直し、ブラックドッグを抱え上げようとしゃがみ込む。
すると、ブラックドッグの視線の先で、何かが動いたのを視界の端に捉えた。
動きがあった方向へと視線を向ける。
アレは一体何だ?
緑色のナニカ。
大きさは30センチ程だろうか。
葉っぱの塊のような球体が、地面で左右に転がっている。
視線をブラックドッグへと向け直すが、特に警戒している様子は無い。
敵意ある存在では無いようだ。
尻尾を振っている。
もしかしてだが、じゃれ付きたいのだろうか。
ふと、何かの音が聞こえて来た。
妙にくぐもったような音だ。
随分と近い。
すぐそばだ。
いや、むしろ、あの球体から発せられているようだ。
多少は警戒しつつ、球体へと近づいてゆく。
後ろをブラックドッグが付いて来る。
いきなり跳び付かないところを見ると、ブラックドッグも球体の正体が分からず、戸惑っているのかもしれない。
謎の緑の球体へと、手の届く距離まで近づいた。
やはり、音源は眼前の球体のようだ。
意を決して、掴み上げてみる。
「ポーーーッ!!!」
「っ!?」
うぉ、吃驚した。
掴み上げた球体から奇声が轟いた。
ん?
奇声?
もしかしなくとも、喋りましたかね?
「ポーッ、ポーッ、ポーッ」
「あの、言葉が分かりますか?」
謎の奇声を上げ続ける球体に対し、対話を試みる。
「コロ?」
すると、こちらの声に反応を返して来た。
「コロ? コロ?」
だが、何を喋っているのか、理解出来ない。
少なくとも、意思疎通は出来ていない事からも、魔物ではないようだ。
当然ながら、人間でもない。
残る可能性としては――。
「アナタは妖精ですか?」
「ポ!」
返事が変わった。
何となくだが、肯定されたようにも感じられる。
だが、一体どこから声を発しているのだろうか。
掴み上げている正面側は、葉っぱを重ね合わせたような見た目でしかない。
顔とおぼしき箇所は見い出せない。
それにしても、軽い。
ブラックドッグは霧化出来る為かもっと軽いが、この子も随分と見た目と質量が一致してはいない。
妖精は皆、他の種族に比べて軽いのだろうか?
視線を下へ向けると、ブラックドッグが対面側へと移動していた。
掴み上げた球体をジッと見つめている。
もしやと思い、球体を反転させてみる。
ずばり予想通り、反対側に顔があった。
しかしながら、随分と個性的な種族らしい。
球体の中央に顔があり、他は全て葉っぱを重ね合わせたような姿だ。
試しに葉っぱを捲ろうとしてみる。
「ポポポ! ポポポ!」
強い口調?で声を上げられた。
察するに、嫌がっているようだ。
声に従い、葉っぱを捲るのを止める。
「ポ」
口調が穏やかなものに変わった。
やはり、葉っぱを捲られるのを嫌がったようだ。
しかし、困ったな。
何となくで意思は汲み取れるものの、正確な意思疎通が図れない。
色々と話を聞いてみたいところではあるが、この子から話を聞くのは無理そうだ。
いつまでも掴み上げているのも失礼かと思い至り、地面へと下ろしてやる。
「ポ」
お礼を言われたのだろうか?
そう思っている矢先に、球体が反転した。
「――――!!!」
顔が地面側へと転がってしまった。
先程の異音の正体はコレだったのか。
自力では起き上がれないのか、ジタバタ藻掻いている。
見たところ、表面に手足の類は見当たらない。
慌てて掴み上げてやる。
「ポーーーッ!」
またしても勢いよく叫んでみせる球体。
本当にどうしたものだろうか。
不意に視線を感じて、そちらを向く。
視線の主はブラックドッグだった。
足元からこちらを、正確には球体を見上げている。
恐らくは同じ妖精同士、思うところがあるのかもしれない。
球体を掴み上げたまま、足元へとしゃがみ込んでやる。
途端に顔を寄せて来るブラックドッグ。
「コロ?」
球体の顔をブラックドッグの方へと向けてやる。
「ポ!」
球体の声に応えるように、ブラックドッグも一鳴きを返してみせた。
妖精同士であれば、他種族でも会話が成立しているのだろうか?
生憎と、どちらの言葉も理解出来ない。
真偽の程は分からない。
そういえば、ブラックドッグは、一直線にこの場所へと向かって見せていた。
ひょっとすると、この球体の悲鳴だか助けを求める声だかを聞き届け、この場へと急ぎ駆け付けたのだろうか?
だが、集落からこの場所まで、かなりの距離を走って来たように思える。
そんなに遠くまで、声が届くものなのだろうか?
少なくとも、この場所に辿り着くまで、声らしき音にすら気が付けなかった。
妖精同士で、何かしらの意思疎通が可能なのだろうか?
今分かる事は少ない。
答えを与えてくれそうな相手も居ない。
さて、どうしたものか。
ふと、耳が何かの音を拾った。
この場の音ではない。
まだかなりの距離があるようだ。
目を瞑り、聴覚だけに集中する。
長く、間延びしたような音。
これは声だろうか?
人間の声。
叫び声、ではなさそうだ。
どちらかと言うと、呼びかけに近いだろうか。
一定の間隔で、繰り返されているようだ。
しばらく耳を澄ませていると、徐々に声を聞きとれるようになってきた。
確かに声だ。
男性の声。
いや、これは恐らく――。
「――父さん、か?」
思い至った相手に、疑問が口から零れる。
声の主が父さんだとするならば、呼びかけている相手は俺達か?
家を出てすぐ、駆け出したブラックドッグを追いかけ、山へと入ってしまった。
背には父さんの制止の声が聞こえていた気もする。
探しに来てくれたのだろうか?
もしくは、言い付けを破り、山へ踏み入った事への叱責の為だろうか?
ともあれ、自分達が山のどの辺に居るのかも不明だ。
俺よりも余程山に詳しいであろう、父さんと合流する方が、この後どうするにしろ、最適解だろう。
目を開け、立ち上がる。
しかし、この球体はどうしたものか。
連れて行けば、一騒動起きそうなものだが。
この場に置いていっても、またうつ伏せで難儀しそうである。
見捨てるぐらいならば、連れて行くか。
父さんなら、この球体に関しても、何か知っているかもしれない。
ひとまずは、父さんと合流する事にしよう。
山の中、球体を抱えながら、ブラックドッグと共に声のする方向へと足を向けた。
22/02/25 誤字修正
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