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エルフィンとオーク

作者: ふぉりす

~ プロローグ ~


 迷いの森。そこは王国北部に連なる山脈の(ふもと)に広がる、広大な人外の領域だった。

 古くから多くの冒険者や領地拡大を目論(もくろ)む貴族たちによって幾度(いくど)となく調査隊が送り込まれたが、(いま)だその(にん)()たして帰ってきたものはいない。

 運が良ければ何事もなく森の外へと出てしまい、運が悪ければ跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する魔獣たちに襲われて餌食(えじき)となった。

 何代か前の領主が森を焼き払ってしまえと命じ、子飼(こが)いの騎士団によってその命令が実行された事があったが、木を二、三十本も焼いたところで森の中から大型の魔獣が多数現れて騎士団を壊滅させ、その勢いのまま付近の村々を襲って多くの死傷者を出した。

 領主は改易(かいえき)させられ、新しくやってきた領主は迷いの森への一切の干渉を禁止した。

 そんな迷いの森の中央からやや北側に大きな湖があった。年中山脈から流れ込む川の水が流れ込み、鏡のように静かな湖面が山や森をその水面に映し出していた。

 夏は渡り鳥の餌場となり、冬は全面が厚い氷に覆われる四季折々に様子を変える美しい湖だった。

 その湖の畔に一軒の屋敷が建っていた。

 年季の入った木造の屋敷は平屋建てで、玄関を入ると右手に応接室を兼ねたリビングがあり、その奥にダイニングキッチン。リビングの反対側には部屋が三つ並んでいた。森の中にポツンと建つ民家にしては、少々場違いかと思えるくらいのお屋敷だった。

 屋敷の庭(と言っても周りに家はないので、どこまでが私有地と言えるのかは定かではない)で、二人の人物が話をしながら薪割をしていた。

「すっかり春になったね。朝晩も過ごしやすくなってきたし、そろそろ畑に種を蒔かなければいけないね」

 正確には、女性が薪を割り、男性はただ話しかけているだけだった。


 がっ……かこん!


 斧を振るっているのは身長が二メートルはありそうな緑の肌をした女性のオークだった。

 名をクレールと言い、普段は鮮やかな赤い髪を無造作に伸ばしたままにしているが、今は斧を振るうのに邪魔になるため、頭の後ろで一つに束ねて(くく)っている。

 クレールは女性らしい顔立ちで青く見える瞳は中心に行くほど金色に変色する不思議な色合いをしていて、肌の色以外は体格の良い人間(ヒューマン)の女性だと言われても違和感はない。

 そんな彼女に一方的に話しかけている人物は小柄で、金髪の左右に突き出た笹の葉のような細長い耳が、彼の種族がエルフィンだということを表している。

 彼は名前をリオネルといい、この森に古くから住んでいる森の妖精だった。

 女性のような美しい顔立ちをしていて、時折りオークの女性に流し目を送る瞳はエメラルドのように透き通った緑色をしている。

 リオネルは薪割りをしているクレールから少し離れたところにある切り株に座って、彼女が薪を割る様子を眺めながら話しかけていた。

「動物たちも、冬眠からもう目が覚めたかな。今年もたくさん子供が生まれていると良いんだけど」


 がっ……かこん!


「クレールは今日も可愛いね」


 がきっ……ごんっ!


「おっと」

 斧が当たり損ねた薪が、勢いよく跳ねて家の壁に当たって落ちた。

「リ、リオネル。邪魔しないでください!」

 やっと返事をしたクレールは、普段はハスキーで落ち着いた声だが今は明らかに裏返っている。

 赤い顔をして怒りながら、上目遣いに睨むクレールの口からは大きな犬歯が見えて凄みを増している。

「やっとこっちを向いてくれたね」

「!?」

 けれどリオネルはクレールの威嚇にも平然とした表情で微笑むと、彼女はプイっと顔を背けて新しい薪を手に取った。

 リオネルはそんな様子を変わらずニコニコしながら眺めている。

「わ、私は忙しいんです。リオネルも何か仕事はないんですか!」

 先ほどまではリオネルの事を意識しないように集中できていたのに、リオネルの言葉が耳に着いて離れなくなってしまい薪割に集中できなくなっていた。

「朝ご飯の片づけは終わったし」

「畑のお手入れは?」

「もうやってきたよ。キャベツがそろそろ収穫時期かな。ソラマメもたくさん実ができていたよ。ジャガイモとニンジンも、今年は大きく育っていたよ。ニンジンはきっと甘くておいしいよ」

 森の中で自給自足の生活をしているので、仕事と言っても大したものはない。日課にしている畑仕事も、収穫の時期でもなければ朝と夕に水やりをして雑草を抜き、成長の状態を確認するくらいしかすることはなかった。

 そのせいで、まだ薪割を終えていなかったクレールが、早々に手空きになったリオネルに(から)まれているのだった。

「と、とにかく。私はまだ薪割が残っているのです、邪魔をしないでください」

 ムッとした様子のクレールは、薪に狙いを定めると斧を振り下ろした。


 がっ……かこん!


「しょうがないな、薪割が終わるまで待ってるよ」


 がきっ……ごんっ!


 再び当たり損ねた薪が跳ねて、家の壁に当たって落ちた。

「いつも同じところに当てるの上手いよね。狙ってるの?」

 薪が当たったところをよく見ると、そこには分厚い板を一枚補強してあった。

「き、気が散るので、離れていてください!」

「嫌だよ、大好きなクレールの(そば)に居たいんだもん」

「……!!!」

 クレールは真っ赤になって固まってしまう。そんな彼女を見て、リオネルは優し気な表情で笑いかけた。

「クレールはいつまでも初心で可愛いね。そういうところも大好きだよ」

「リ、リオネル!」

 とうとうクレールは涙目になってリオネルを睨みつけた。

「はいはい、わかりました。でも薪割が終わったら、ちゃんと僕のところに来てよね」

「……はい、わかりました」

 何も用事が無いとわかっていても、リオネルの元へ行かなければ後が怖いと、過去の経験から思い知っているクレールは渋々ながら頷いた。

「しょうがない、キノコの様子でも見てくるか」

 そう言って歩いていくリオネルの姿が見えなくなると、顔を真っ赤に染めたクレールはへなへなと崩れ落ちた。

(どうしてリオネルは、私なんかを……す、好きって言ってくれるのだろう)

 クレールは何度も何度も考えては答えの出ない問いを、今日も心の中で繰り返すのだった。



~ 出逢い ~


 リオネルとクレールが出会ったのは半年前、冬が終わり春の足音が聞こえてくる頃。

 夜空に浮かぶ二つの月が同時に満月になる、双満月(デュ・プレンニュリン)の夜だった。

 その夜はいつに無く森が騒めくので、リオネルは就寝前に家の周囲を確認しようと湖の(ほとり)を歩いていた。

「!?」

 家から湖の畔を回り込むように歩いて行くと、腰の辺りまで水に浸かった状態で、全身傷だらけのオークの女性が仰向けに倒れていた。

(死んでるのかな?)

 リオネルが慌てて駆け寄ると、倒れている女性の胸が(わず)かに上下している。ホッとしたリオネルは、とりあえず彼女を家まで運んで手当てをしようと考えた。

 しかし女性とはいえ明らかにリオネルよりも体の大きなオークを運ぶのは至難の技で。元来(がんらい)腕力のないエルフのリオネルには到底無理な話だった。

 そこでリオネルは魔法を使って森に住む動物を呼び寄せて手伝わせることにした。

「近くに誰か居るかな」

 魔法を使って周囲を探ると、比較的近い場所に中型の魔物が居た。その魔物に向かって使役の魔法を唱えて呼び掛けると、現れたのは左の耳の一部が三角に欠けている、まだ若いイノシシに似た魔獣だった。

 やってきたイノシシ魔獣の背中に、どうにかオークの女性を乗せ上げると、急いでリオネルの部屋まで運ばせて彼女をベッドに寝かせた。

「ご苦労様、これお礼に食べてよ」

 リオネルが収穫したばかりのタケノコをイノシシに与えると、イノシシ魔獣は美味しそうに食べ始めた。

「美味しい?」

「ふご! ふご!」

 タケノコはイノシシの好物だ。

「良かった良かった」

 イノシシ魔獣が嬉しそうに食べる姿に微笑むと、リオネルはベッドに寝かせたオークの女性の傷の具合を確かめて、納戸(なんど)に保存してあった薬草で作った傷薬で手当てを(ほどこ)した。

「けっこう深い傷だけど、大丈夫かな」

「ふご!」

「こんな傷、僕だったら死んでるよ」

 オークの女性は腕、足、腹、背中と、全身の至る所に傷があった。

 いずれも傷は深く、頬にも一カ所深い傷がある。

「何があったんだろうね」

「ふご!」

 ひとつずつ丁寧に薬を塗り、殺菌作用のある葉で作った湿布を貼っていく。背中の手当てをする時はイノシシ魔獣が鼻で押して彼女を転がしてくれた。

 リオネルは手当てを終えるとイノシシ魔獣を森に帰し、リビングのソファーで毛布にくるまって眠りについた。


 翌朝(よくあさ)、窓から差し込む朝日で目が覚めたリオネルは、湖で洗顔を済ませると昨夜手当てをしたオークの女性の様子を見に部屋へ入った。

 リオネルが部屋に入るとオークの女性はベッドの上で体を起こして体中に貼られた葉っぱの湿布を剥がそうとしていたが、リオネルの姿を見ると途端に警戒した顔つきになりベッドの上で後ずさった。

「おはよう気分はどう? それは傷薬なんだ、まだ剥がさない方が良いんじゃないかな」

 リオネルはなるべく警戒心を解いてもらえるようにと、笑顔でそう言いながら女性の方へ近づいていく。

「だ、誰なの? ここはどこ?」

「僕はリオネル。見ての通りのエルフィンだよ。ここは僕の家。君は昨日の夜、傷だらけで湖の(ほとり)で倒れていたんだ。覚えてる?」

 彼女は顔を(しか)めると、何かを思い出そうとしているようだった。

「川に落ちて、流木にしがみ付いた。何度か岩にぶつかって、それから気を失ったのかも」

「川って、湖に流れ込んでるあの川?」

 この時期は雪解け水が川を下ってくるため、雨は降っていなくても普段より川の水は増えている。

 途中には切り立った岩がいくつも(そび)えていたはずだ。

「何度か山の中腹くらいまで川沿いを上ったことがあったけど、川の上流にはオークが住んでいたんだね」

 リオネルがそう言うと、彼女は緩く首を振って答えた。

「私たちの村は山の向こう側。私は村を出てきた」

「そうなんだ。どうして?」

「……」

 彼女はギュッと毛布を辛そうな表情で俯いた。

「言いたくない事なら言わなくていいよ。そうだ、名前を聞いてなかったね。教えてもらってもいい?」

「クレール」

「クレール、良い名前だね。そうだ、お(なか)空いてない? 僕もまだ朝ご飯を食べてないんだ」

「だいじょう……」

 ギュルルルル……。

 言ってる途中で、彼女のお腹が盛大に音を立てた。

 クレールは真っ赤になって毛布に顔を埋めると、足を抱えてギュッと縮こまってしまった。

「あはは、お腹が空くのは元気な証拠だよ。ちょっと待っててね、朝ご飯作って来るから。あ、嫌いなものとか、食べられないものとかある?」

 リオネルが(たず)ねると、クレールは毛布に顔を埋めたままフルフルと頭を振った。

「うん、それじゃちょっと待っててね」

 リオネルが部屋を出ていくと、クレールはバタリとベッドに倒れこんだ。

「恥ずかしくて死にたい……」

 その頃、リオネルはキッチンに向かいながら何を作るか思案していた。

(オークって体も大きいし、たくさん食べるよね。きっと寝起きでもお肉を食べるよね)

 リオネルはキッチンに置かれた二つある貯蔵庫を順番に開いて中の物を確かめた。

 貯蔵庫は石でできているが、内側はミスリル銀で薄く(おお)われている。(ふた)の手前を持ち上げると開くようになっていて、中は冬の空気のように冷んやりとしていた。

 貯蔵庫の内側を覆っているミスリル銀には魔法が掛けられていて、片方の貯蔵庫は中に収めた物を冷やすことができ、もう片方は凍らせることができるようになっていた。

(肉はそんなに量が残ってないから、昨日収穫した野菜でボリュームを出すか)

 リオネルは貯蔵庫に入っていた肉を全部取り出すと、凍っているものは解凍しつつ、凍っていないものから順に調理していった。



~ 朝食 ~


 リオネルがダイニングテーブルに食事を並べていると、部屋から出てきたクレールが顔を覗かせた。

「何か、手伝いましょうか?」

「大丈夫だよ、もう粗方(あらかた)終わったから」

 リオネルはそう言って、最後の料理皿をテーブルに置いた。

「お待たせしました! さぁ座って座って」

 リオネルが椅子の背を持って引くと、クレールに座るように促した。

「あ、ありがとう」

 オークの村ではテーブルや椅子はなく、素焼きの皿に雑多に入れた食事を地面に並べて食べていたので、綺麗な食器やこんな風にエスコートされて座る事にもクレールはおっかなびっくりだった。

「それじゃ食べようか。いただきます」

「い、いただきます」

 リオネルが嬉しそうに言うので、クレールもつられて復唱(ふくしょう)してしまう。

 リオネルはナイフとフォークを使って、大皿から自分の前にある小皿に取り分けると、それをクレールに差し出した。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 クレールは皿を受け取ると、思わず手で食べようとして思いとどまった。

(これを使った方が、いいんだよね?)

 クレールは自分の席の左右に置かれたナイフとフォークを手に持ってみる。

 フォークで突き刺して、ナイフで適当な大きさに切り口に運ぶ。最初はフォークの方が大きく切ってしまい切りにくかったり、大きすぎて食べにくかったりしたけれど、リオネルが丁寧に教えてくれるのですぐに上手に食べられるようになった。

「リオネルは、教えるのがうまい」

「そうかな、クレールが器用なんだと思うよ?」

 リオネルはニコニコしながら、クレールの顔を眺めている。

「なに?」

「こんな風に誰かと食事をするなんて、ずいぶん久しぶりだから嬉しくて」

 これまでクレールの食事時は戦いだった。少しでも気を抜けば誰かに横取りされるし、自分で取ってきた獲物(えもの)ですら、力の強いオークに奪われる事も日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だった。

 だからリオネルの言う、寂しい一人の食事がどんなものかピンとこなかったし、むしろ静かでいいと思ったくらいだ。

「私は一人の方が静かで良いと思う」

 そう言ったクレールに、リオネルはニコニコと笑顔を向けるだけだった。


「エルフィンって、肉は食べないのかと思ってた」

 食事を終えて食器をキッチンへ下げている時に、クレールが遠慮がちに尋ねた。

「僕たちも肉は食べるよ。でも肉は面倒じゃない? 狩りをしなきゃいけないし、血抜きをして(さば)くのも重労働だし。その点野菜なら逃げないし、摘み取るだけだから楽なんだよね」

「怠け者なの?」

「そうかもね」

 クレールは呆れ半分といった表情でリオネルを見ていたが、当のリオネルはどこ吹く風といった具合だった。

「わかった、それならお礼に狩りをしてくる」

「え、それはありがたいけど、体の方は大丈夫なの?」

「もう治った」

 そう言うと、クレールは(ほほ)に貼られた葉っぱの湿布をペロリと剥がす。

「良かった、綺麗に治ってるね。傷跡は……すごいな、全然残ってなさそうだ」

 リオネルは背伸びをして、傷のあったクレールの顔を確認する。

「私達オークは再生力が高いから。……リオネル、顔が近い」

 クレールは思わず()()ったが、リオネルはさらに顔を近づけてくる。

「顔が赤いよ、大丈夫? 病み上がりなんだし、無理しないでね」

「わ、わかったから……離れて」

 リオネルの綺麗な顔を目と鼻の先で見せつけられて、クレールは心臓が早鐘を打つのを止められなかった。

「そうだ!」

「な、なに……あわ!?」


 バタン!


 驚いたクレールが体制を崩して尻餅をつき、そこへ支えを失ったリオネルが(おおい)(かぶ)さるように倒れ込んだ。

「リオネル、大丈夫?」

「すごく柔らかくて、全然平気だったよ」

 リオネルはクレールの大きな双丘の間から顔を上げると良い笑顔で微笑んだ。

「!?」

 クレールは耳まで真っ赤にしながらフリーズしてしまう。

「クレールは可愛いなぁ」

 ニコニコしながら体を起こすと、リオネルはクレールに手を差し出して引き上げた。

「そ、それで何を?」

「?」

「さっき何か言いかけた」

 なるべく平静を(よそお)おうとしているが、相変わらず耳まで赤いクレールの事をリオネルは可愛くて仕方ないといった表情で見つめ返してくる。

「ああ、狩りをするのは良いんだけど、左の耳が三角に欠けたイノシシは見逃してあげてほしいんだ」

「どうして?」

「クレールをここまで運ぶのを手伝ってくれたんだよ。これも何かの(えん)だろうし、狩ってしまうのは可哀想かなって」

 クレールはその言葉に納得して、もし見かけたら礼を言っておくと言い残して狩りに出かけていった。


 太陽が沈み始めると、森の中は一気に薄暗くなる。そして夜になると、そこは野性動物や昆虫達の時間だ。

 湖畔(こはん)の一軒家にも(あか)りが(とも)り、昼間を活動の基本とするエルフィンにとっては一日の活動の終了を告げる時間になる。

「クレールどこまでいったのかな」

 朝食の後すぐに出かけて行ったまま帰ってこないクレールの事を心配していると、家の前でドサリという重い物が落ちたような音が響いた。

 リオネルが玄関から顔を出すと、軒先(のきさき)に牛の魔獣が二頭倒れていて、隣にクレールと左の耳が三角に欠けたイノシシ魔獣が立っていた。

「うわっ、おかえり。それ、狩ってきたの?」

「そう、足りる?」

「う、うん。ていうか、多すぎじゃない?」

 リオネルがそう言うと、クレールとイノシシ魔獣が不思議そうに顔を見合わせた。

「これくらいなら、そう多くはないと思う」

 イノシシ魔獣と目で会話をするクレールの様子に、リオネルは目を細めて微笑んだ。

「ずいぶん仲良くなったんだね」

「うん、友達になった」

 クレールは優しい顔でイノシシ魔獣の頭を()でてやりながら言うと、イノシシ魔獣も気持ちよさそうに鼻を鳴らす。

 イノシシ魔獣は雑食なので肉も多少は食べるが、主食はやはり芋やニンジンなどの根菜を好む。クレールが狩ってきた肉はほとんどクレールが食べる事になりそうだ。

 リオネルがそう言うと、クレールは困ったような顔で俯いてしまった。

「私はオークだ」

「僕はエルフィンだよ」

「フガッフガッ」

 イノシシ魔獣も二人に続いて声を上げる。クレールは苦笑しながらその頭を撫でている。

「オークとエルフィンが一緒にいるのは変だと思う」

 一般的にはオークは悪い存在として考えられている。実際、クレールのいた集落でも素行(そこう)(あら)いオークが(ほとん)どで、食料が不足すると山を降り、(ふもと)の村へ行って略奪をして生活していた。

「うーん。他ではそうかもしれないけど、ここは僕とクレールとそのイノシシ君しかいないから気にする必要はないと思うよ?」

 リオネルはそう言って近づくと、(うつむ)くクレールの顔を下から見上げる。

「どこか行くあてがあるのかい?」

「……ない」

 下から見つめてくるリオネルの綺麗な顔を見つめながら、クレールは苦しそうな表情で答えた。

 オークの村から逃げ出してきたクレールに行く当てなどあるはずもなく、クレールはこれからどうやって生きていこうか悩んでいた。

 リオネルはクレールの両(ほほ)にそっと手を()えると、優しい声でクレールに話しかける。

「それなら、ここで一緒に()らそうよ」

「私は……」

「決まりね」

 クレールが何かを言おうとしたのを(さえぎ)るように、リオネルはキッパリとそう告げて、肉を片付けてしまおうと言いながらナイフを取りにキッチンへと入って行った。


 そい以後、クレールは日中(にっちゅう)はリオネルの畑仕事を手伝い、夜になると狩りや釣りをして過ごすようになった。食事の当番はリオネルが担当し、食事はいつも二人一緒に取っていた。

「今まで一人で寂しく食べていたから、一緒に食べてくれる人がいて嬉しいよ」

 そう言っていつも嬉しそうに食べるリオネルを、クレールは何がそんなに嬉しいのかと不思議に思いながら食卓を囲んでいた。

 オークであるクレールは大食漢なのかと思われたが、それはどうやらオークの村での食料事情が原因のようだった。

 オークの村では毎日きちんと食事にありつける訳ではなく、何日も食料が手に入らない事もよくあったらしい。そのために食べられる時にしっかり食べる必要があったが、ここでは毎日決まった時間に必要なだけ食事ができるので、クレールはリオネルとそう変わらない量を食べて充分満足できていた。

「リオネルの作る食べ物はいつも美味しい。同じ肉なのにとても満足できる」

「そう言って貰えると嬉しいよ。もっといろいろ考えてみるね」

 リオネルは心から嬉しそうな笑顔で答えた。

 切って焼くだけだった肉も、しっかりと下拵(したごしら)えをして味を整えて出されるとまるで違う食べ物になる。しかも味付けも毎回違っているので()きが来ない。クレールはリオネルの料理にガッチリと胃袋を捕らえられていた。



~ 捜索 ~


 リオネルとクレールが一緒に暮らし始めて、初めて冬を越えた。

 秋には森の動物と同じように冬に備えて食料を蓄え、冬は蓄えた食料を消費しながら、時々家の近くを通りかかる動物を狩ったり、凍った湖に穴を開けて魚を釣ったりしながら過ごした。

 クレールの防寒着は夏の間に(なめ)しておいた皮を使って作ったが、こんなに上等な防寒着は初めてだと(めずら)しくクレールはしゃいでいた。

 季節は春になり、クレールは以前のように日中(にっちゅう)はリオネルの畑仕事を手伝い、夜になると狩りに出かけるようになった。

 そんなある日、日暮れ前に出掛けたクレールがいつまで経っても家に帰ってこなかった。

 リオネルは心配になって家の周囲を探してみたが見つからない。

 そこでクレールと仲の良いイノシシ魔獣を魔法で呼び寄せて(たず)ねてみた。

「クレールがどこに行ったか知らないかい?」

 イノシシ魔獣は鼻をフゴフゴと鳴らしながら匂いを探しはじめる。

 屋敷を中心に少しずつ探索範囲を広げて歩き回っていると、湖を回り込んだ場所にある岩場の影にクレールでも入って行けそうな洞穴(ほらあな)を見つけた。

「こんな所に洞穴なんてあったっけ?」

 リオネルがそっと中を覗き込むと、中から(かす)かに動物の(うめ)き声のようなものが聞こえてきた。

 魔物が流れ着いて住み着いたのかと思ったが、それならばイノシシ魔獣が中へ行きたそうにしているのはおかしいだろう。

 とはいえ何が居るかわからないため、リオネルは足音を立てないようにそっと洞穴の中へ入って行った。

「ぐあぁぁ……!」

 洞穴の奥に入っていくと、微かに聞こえていた呻き声がより鮮明になった。

(この声はやっぱりクレールだ。怪我でもしたのかな?)

 もしクレールを襲った魔物がいれば、彼女を助けるどころかリオネルも一緒にやられるかもしれない。

 リオネルは(はや)る気持ちを(おさ)えつけ、息を殺して奥へと進んでいった。

 洞穴の奥は行き止まりになっていて、通路よりも少し開けた部屋のようになっていた。

 どこか天井部分に穴が開いているのか、月明かりが一条の光の柱となって差し込んでいる。

 その光の柱から少し離れたところにクレールが(うずくま)って倒れていた。

「く、うぅぅ……!」

 リオネルが通路の陰から様子を(うかが)っていると、クレールは時折り苦しそうに(うめ)き声を上げている。

(クレールはもしかすると怪我をしているのかな?)

 どうやらこの場所には他に誰も居ないようだと判断したリオネルは、通路の陰から飛び出すと倒れているクレールの(そば)に走り寄ると苦しむクレールの顔を覗き込んだ。

「クレール、大丈夫かい?」

 肩に手を当てて軽くクレールの体を揺すると、きつく目を閉じていたクレールがうっすらと目を開く。

「リオネル、どうしてここに?」

「君が帰ってこないから探しに来たんだよ。何があったの?」

 返事をしたクレールにホッとしたリオネルは、クレールの体の様子を改めて確認する。

「怪我は、していないみたいだね」

「リオネル、ここから離れて。くっ……! い、今は一人にして欲しい!」

 クレールは変わらず苦しそうに(もだ)えている。その様子に余計(よけい)に心配になったリオネルは、とにかく家へ連れ帰る方法を考えていた。

「とにかく家に帰ろう。歩けるかい?」

 リオネルが(たず)ねると、クレールはフルフルと弱く首を振る。

「動けないなら、イノシシ君に運んでもらおう」

(いや)、やめて……。私の事は、放っておいて」

「そんな事できないよ」

「お願い……、だからぁ。……くぅ!」

 息も()()えといったクレールの様子に、リオネルは焦燥感(しょうそうかん)(つの)らせる。

「クレール、しっかり!」

「嫌、嫌なの!」

 クレールは目に涙を()めてリオネルを(にら)む。

「どうして……。僕の事、嫌いなの?」

 リオネルはぺたんと尻餅をつくと、悲しそうな顔でクレールを見つめる。

「ちが、う……。今は、一人にして欲しい。くっあぁぁ!」

「クレール!」

 リオネルが(あわ)てて近づくと、クレールが突然(とつぜん)()ねる様に起き上がり、力任せにリオネルを押し倒して馬乗りになった。

「クレール?」

「お願い、リオネル。私の事は放って置いて……」

 そうして再びクレールは泣きそうな顔で訴えた。

「そんなの無理だよ!」

「……なぜ?」

「だって僕はクレールのことが好きだから! クレールが苦しんでるのに、置いていくなんてできないよ……」

 そう言って死んでも離さないという気持ちを込めて、リオネルの体を押さえつけているクレールの手を(つか)んだ。

「リオネル……」

(うち)に帰ろう?」

 優しく微笑むリオネルの胸にポタポタと大粒の涙の滴が落ちてきた。

「私も、リオネルが好き。だから、貴方には見られたくない……」

「いったい何を?」



~ 双満月(デュ・プレンニュリン) ~


 リオネルに馬乗りになったクレールが(つら)そうに目を(つむ)ると、大粒の涙がポタポタと落ちてくる。

 リオネルに(つか)まれた手は、クレールが力を少し入れれば簡単に振り払えるはずだった。

 けれどクレールは身体の中に何度も押し寄せる衝動(しょうどう)(さいな)まれながらも、その手を振り払いたくはないと感じていた。

「今日は、双満月(デュ・プレンニュリン)だから……」

 リオネルはクレールが訳を話してくれるまで、一歩も引かないつもりだった。それでもクレールを追い詰めたくはなかったので、ただじっとクレールの目を見つめて彼女の言葉を待っていた。

「だから……、私達オークは……、くぅあぁぁ!」

「クレール!?」

「だ、大丈夫」

 クレールは小さく深呼吸をすると、心なしか頬を赤らめた。

「オークは双満月(デュ・プレンニュリン)の日に発情期を迎えるの」

「えっ?」

 リオネルが目を丸くして(おどろ)くと、クレールはそっぽを向いて言葉を続けた。

「だから、無性に男性を求めてしまう」

 リオネルが見上げると、クレールは耳の先まで真っ赤に染まっていた。

「あー、それなら別に逃げたり(かく)れたりしなくても……」

 リオネルは多少混乱しながらも、もっと深刻な理由ではなくて良かったと安堵(あんど)する。

「リオネルに襲いかかるのは嫌だったから」

「もしかして、食べられたりするとか?」

 そう言いながらも、クレールに嫌われるくらいなら食べられた方がマシだとリオネルは思っていた。

「そんな事はしない! 普通……、だと思う」

「だったら別にいいっていうか、むしろ役得(やくとく)じゃないかな?」

 好きな女性に迫られて、嫌だと思う男はいないだろうとリオネルは笑う。

「私はオークだよ、嫌じゃないの?」

「他のオークは知らないけど、クレールなら大歓迎だよ。僕の方からお願いしたいくらいだし」

 リオネルが言うと、クレールの表情が少し(ゆる)んだ。

「本当に?」

「本当だよ」

 リオネルはそういうと、いつもの笑顔をクレールに返す。

「リオネル……」

 その笑顔を見て安心したのか、クレールはリオネルに(おお)いかぶさるようにバタリと倒れ込んだ。

「ク、クレール!?」

 クレールの豊かな胸の谷間がリオネルの顔を覆い尽くして、リオネルは息も出来なくなる。

 そんなジタバタするリオネルに気がついて、慌ててクレールは体を起こした。

「ご、ごめんなさい」

 申し訳無さそうなクレールに、リオネルは苦笑すると気にしていないという気持ちを込めてクレールの腕をぽんぽんと叩く。

「ところで、(うち)に帰らない?」

 クレールが少し落ち着いたように見えたので、リオネルは(たず)ねてみたが。

「……無理」

「え、どうして?」

 まさかこの後に(およ)んで拒否されるとは思っていなかったリオネルは、また不安な顔になってしまった。

「もう我慢(がまん)できない。お願いリオネル、ここで……シタイ」

 クレールの目は(うる)んでふわふわと()れている。顔だけでなく、今やクレールの全身がほんのり赤く染まっていた。

 何とか受け答えはしていたものの、どうやらもう限界だったようだ。

「そっか、わかったよ」

「ごめんねリオネル、優しくするから」

(あやま)らなくて()いし。それに、それは僕の台詞(せりふ)だと思う」

 苦笑するリオネルに、クレールが覆い(かぶ)さっていく。

「うん、ありがとうリオネル」

「クレール、僕もやさ……!」

 リオネルは優しくすると言いかけたが、クレールの口づけに(ふさ)がれて、その先は言葉にならなかった。



~ 家族 ~


「お母さん!」

 クレールが薪割りを終えて後片付けをしていると、金髪で青い瞳の元気な女の子が走ってきた。背中には自身の身長くらいありそうな、立派な弓を背負っている。


ボフッ!


 女の子はそのままの勢いでクレールに突進すると、ジャンプしてクレールに抱きついた。

「どうしたの、セシル」

 見上げてくる女の子の瞳は、中心から青から金色に変化する不思議な色合いをしている。金色の髪の両側からは、笹の葉のような細い耳がピンと出ていた。

 肌の色は白く見た目はエルフィンのようだが、腕や足は細い割りに筋肉質で(たくま)しかった。

「ミシェルのね、頭にキノコが生えたの!」

 クレールがセシルの走ってきた方を見ると、弟のミシェルが半ベソで走ってくる。彼も姉と同じ金髪の青い瞳を持ち、耳が長く肌は白かった。しかしセシルに比べると少し体格が小さく見える。

 そしてセシルと違う点が一カ所、金色の頭のてっぺんに茶色い傘の立派なキノコが一本生えているのだった。

「お母さん!」

 セシルがクレールを開放すると、ミシェルも走ってきた勢いのままクレールに突撃する。

「どうしたの、その頭は」

「お姉ちゃんが木の上に生えてるキノコを弓で()ったら、それが落ちてきて僕の頭にくっついちゃったんだ」

 クレールはセシルに似た顔立ちで必死に(うった)えかけてくるミシェルの様子に(おどろ)きながら、彼の頭に生えたキノコを取ろうとするが。

「痛い!」

 見るとキノコが生えていた木の皮も一緒に落ちてきたらしく、それが髪に(から)まって取れなくなっていたのだった。

「僕、キノコになっちゃうの?」

 ベソをかきながら聞くミシェルに、クレールは優しい声で大丈夫だと(なぐさ)めた。

「髪に絡まってるだけよ、ミシェルがキノコになったりしないわ」

「だってお姉ちゃんが、キノコになるかもって言うから」

 クレールはため息をつきながらセシルを見ると、悪びれた様子もなくセシルは笑っている。

「お姉ちゃん、弟を(いじ)めないで」

「はーい、ゴメンなさーい」

 クレールが(たしな)めるが、セシルは全く(こた)えていないようだった。

「ほら、取れたわ」

「お母さん、ありがとう!」

 ミシェルが心底ほっとした顔で、何度も自分の頭を(さぐ)っていた。セシルは横からヒョイと顔を覗かせると、クレールが手に持っているキノコを観察している。

「コレって、食べられるキノコ?」

「さぁどうかしら。お父さんに聞いてみましょう」

 そうしてクレールを間に(はさ)んで手を繋いだ三人は、リオネルのいる畑へと歩いていった。


「お父さん!」

 畑の一角で、今日収穫(しゅうかく)するトマトを選別していたリオネルは、よく通るセシルの声で振り返った。

「どうしたの、みんな(そろ)って」

 リオネルが(たず)ねると、セシルが矢継(やつ)(ばや)に説明をする。

「なるほど、これがそのキノコだね。これは……食べられないことも無いけれど、あんまり美味しくはないよ」

「えー、残念」

 セシルは残念がって項垂(うなだ)れる。

「でもイノシシがこのキノコを大好物にしていたはずだよ。今度会ったら食べさせてあげるといいよ」

「おー」

 セシルは(うれ)しそうに声を上げ、ミシェルはウンザリした顔で姉の顔を(うかが)う。

「お姉ちゃん、イノシシ魔獣は何処にいるか分からないんだから。探しになんて……」

「行くよミシェル!」

 言い終わらないうちに、セシルはキノコを高々と(かか)げて宣言する。

 ミシェルは泣きそうな顔で両親を見つめるが……。

「お姉ちゃんを守ってあげてね」

「しっかり頼むよ」

 助けてはもらえなかった。

「ミシェール! 早く早く!」

「待ってよ、お姉ちゃん!」

 駆けていく二人の子供たちに微笑みながら、リオネルとクレールはどちらからともなくそっと手を(つな)いでいた。

 リオネルはほんのり頬を赤らめるクレールの顔をちらりと見て満足そうに微笑むと、森へと駆けていく二人の子供たちを見送った。

「大丈夫かしら」

「大丈夫だよ、僕達の子供だもん。二人とも強いからね」

 二人の子供たちはオークの生命力とエルフィンの魔力を両親から受け継いでいる。

 これまでは主にクレールが子供たちに狩りを教えていたけれど、リオネルはそろそろ魔法を教えようかと考えていた。

「ところで、今日は何が食べたい?」

「久しぶりに、牛かしら」

「いいね、それじゃ今日採れたトマトで美味しいソースを作るよ」

「楽しみだわ!」

 そして二人は笑い合いながら屋敷へと入っていった。


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