黒幕談義
「さて。通信機器はただのついで。貿易特区の話は、わざわざ私に確認することでもないでしょう? 勝手に調べてください。……本題は?」
リーシアは最高級の焼き菓子を遠慮なく摘まみながら、未だ通信機器を見つめているラウゼルを促した。
行儀も悪ければ、皇太子に対する態度でもないが、残念ながら今の彼女は、ラウゼルの立場をもってしても不敬を問える相手ではない。
ラウゼルが自分の背後で警護を務める近衛のゼヴィッドの渋い顔を見逃しているのは、彼が彼女の従兄であるからで、そうでなければ、仕事の基本として涼しい顔をさせておくところだ。
もちろん、ゼヴィット自身、彼女の前でなければ、渋い顔などしないだろうが。
ラウゼルは、冷静沈着なこの男を、これほどまでに振り回す人間を他に知らない。
「働かせる人間は決めているかい?」
「もともと海岸沿いに流れ着いていた人間が居ましたので、手伝いはさせていますよ。もっとも、好意的かどうかは別問題ですが」
かつて、漂流物で作られたあばら家が、スラムのように立ち並んでいた魔の空白地帯を、半ば無理矢理に支配した詳細は、さすがのラウゼルも全てを知っているわけではなかったが、事の触り程度は聞き及んでいる。
それで従わせた人間を、リーシアが抱え込んでいることも。
国の統治を離れた場所で、それをしでかした人間を知っている大陸東側の国は、リーシアの行動に関して、見て見ぬふりをしている。
否、リーシアのことを抜きにしても、今まで領有権を放棄していた土地のことに口を出すのは、国同士のパワーバランスに支障を来しかねないので、不可能なのだ。
魔大陸からの瘴気が『何らかの』理由で遮られ、他人が暮らせるようになった土地の事情に首を突っ込めば、ではその土地を領有したいのか、ということになる。
どの国が領有権を主張するのか。人間の事情が交錯するくらいなら、リーシアの好きにさせておいた方が諦めもつく、というのが各国の本位であった。
そもそも、その土地と隣接しているのは、自治区であるアルバと、人が踏み込めず同じくどの国も領有していない程の樹海、常に弱腰外交の小国イヴニスだけである。
大陸東側の大国であるトワードとロウランドの双方が隣接していないのだから、手を出しようもないのではあったが。
ロウランド側の思惑としては、大陸東側とはいえ北部に位置しており、遠洋の航海こそしていないものの、東海岸を領土化しているので、有効な海岸線を有しない他国が口を出さないのに、文句を言うつもりは端からないのだが。
ラウゼルは、本格的な交渉に入る前の深呼吸を置いて切り出した。
「亜人に興味はない?」
「はぁ?」
予想通りのリーシアの反応に苦笑して、話を続ける。
「トワードの西に、ラクーシャ国があるでしょう? そこが、大陸で唯一、亜人の奴隷制度を未だ持っているのは知ってる?」
リーシアはラウゼルの言葉に1つ頷く。
亜人とは、魔族と人間のハーフを指す。
魔族が人間を襲うことはあるが、それは別に国としての方針ではなく、個人が勝手にしていることで、魔大陸として人間の国に宣戦布告の意思はない……と、いうのは人間の国々においても共通認識である。
要するに、国のならず者が国境を越えて、隣国で犯罪を起こした、というのと変わらないわけだ。
被害が軽度なら、犯人を被害国へ受け渡してその国で裁かせれば終わり。被害がそれなりの重大さを伴ってしまえば、国際問題には発展するかもしれないが、その被害を以てして、相手国からの宣戦布告と受け取ることは早々ないだろう。
もちろん、魔族がもたらす被害は並ではなく、街が1つ滅ぶことがままあるので、それで言えば国際問題にはなるのだろうが、そこが人間の残念なところで、戦えば負けることが分かっているので、下手に事を荒立てるわけにはいかなかった。
正面切って非難したところで、魔王が誠意を尽くすはずもなく、一蹴されるだろうし、そうなれば、振り上げたこぶしの下ろし方が分からなくなる。
こぶしを振り上げておきながら、相手にされなかったと諦めれば、国の威信は地に落ちるだろう。で、あれば、下手に事を荒立てない方がよいのだ。
以前、グリーム公国で起きた魔族危害に対して、かの国の王がとった手段がそれである。
そういう事情があって、魔族は人間の共通の敵になりえるが、魔大陸を人間の国の敵と見なしているかどうかは、また別であった。
そういう事情もあって、魔族と人間の間に芽生える愛が全くないとは言えないし、また、そこに子供を作ることは可能である。
問題は、両種族が一度交われば、その後は無限に亜人が生まれることくらいだろうか。
魔王城に姿が人間と変わらない魔族が多いように、魔族は強ければ強い程、その種族的特徴が見えづらくなっていく。
弱い魔族が持つ魔力は半ば瘴気と化していて、魔術に通じた人間にとっては、近づくだけで気分を害するし、身体に種族的な特徴が顕著に現れるものがほとんどだ。
つまり、亜人はそうであることが大変に分かりやすかった。
中には、隔世遺伝的に、純魔族の特徴を色濃く引き継ぐ者がいて、そういった存在は、人間のように生まれ、ある日突然覚醒するらしいが、リーシアは話に聞く程度で、そもそも数少ない亜人の中で、さらに珍しい隔世遺伝など、存在するかどうかも怪しい。
魔族への恐怖心は理性でどうにかなるものでもなく、亜人が子孫を残すような相手にめぐり合う確率がほぼないのだから、現状、ほとんどの国で、亜人を目にすることがない。
そして、その唯一の例外が、ラウゼルが名を挙げたラクーシャ国であった。
ラクーシャでは、亜人は強制的に奴隷になり、また、労働力を稼ぐため、人為的に子どもを作らされていた。
そのため、ラクーシャでは大々的に奴隷市場が開かれ、危険な仕事や下働きなどの雑用はほとんど亜人が担っている。
亜人は生まれた瞬間、魔術契約が結ばれ、その人より少しばかり長い一生を、奴隷のまま過ごすことになるのだ。
魔族は魔族で淡白であるので、半分同じ種族だからと、亜人の待遇改善を訴えることはないので、ラクーシャの文化は、遥か昔から変わらずに続いている。
「長らく続いた文化だけど、他の国は一切手を出していない制度だから、足並みを揃えるために、奴隷制度を無くそうという派閥が増えてきている。耳聡い人間は、魔族による襲撃がなくなっていることを聞き及んでいるし、他国が親魔族派になることで、自分の国が仮想敵にされることや、魔族の唯一の標的国になることを恐れている、ともいえる」
「それで?」
クッキーをもう1枚手に取りながらリーシアが目線も合わせずに先を促す。
「奴隷制度反対派が第一王子、賛成派が第二王子で、後継者争いが勃発していてね。私としては、奴隷制度自体は好きにやってくれればいいのだけど、第二王子はそれ以外も過激派で、亜人を使って侵略戦争を始めそうなんだ。この国からは遠いけど、トワードは優先的に侵略される第一候補だろう。我が国の一番の懸念は、その先鋒に亜人が使われることによる、反魔族感情の醸成かな」
「それで?」
クッキーを食べ終え、紅茶を啜る。リーシアの目線は、まだ上がらない。
「第一王子派に勝たせてくれない? 古参貴族は第二王子派についていて、旗色が悪くてね。第一王子が勝って、亜人奴隷制が撤廃されれば、人間と同じ権利が与えられる筈だから出国が容易になる。君は王子に恩を売って、亜人を片っ端から引き取ればいいよ」
ラウゼルの言葉を聞き終えて、リーシアはかちゃり、とカップをソーサーに戻した。
漸く、その視線がラウゼルのものと交わる。
「……ふむ。まぁ、利害は一致しますね。想像以上に上手くコトが進みすぎて、人員確保が後手だったので。いくつか、条件がありますが、やってもよいですよ」
リーシアの言葉にラウゼルが目を輝かせた。
条件が足されるのは想像の範疇である。リーシアは聡く、どだい無理な条件はつけないので、ラウゼルの希望が叶うことはほぼ、決定した。
立派な内政干渉であるが、だからこそ、表向きは根無し草であるリーシアを送り込むのだ。
ロウランドとトワードは強固な同盟関係にあるし、ラウゼルは自らの婚約者である、かの国の王女を愛しているが、現在、国の最重要課題である魔大陸との関係性について、両国の足並みが揃わないのは最早、決定事項であった。
トワードの次期国王は、未来の魔王妃に嫌われている。
その点で、両国の同盟関係は水面下で綻びが生じつつある。
その状況下で、まさか戦争のためにトワードに手を煩わされるのは、ロウランドとしては真っ平ごめんであった。
その危険を回避するためであれば、ラウゼルはリーシアすらも利用する。
「珈琲豆の次に輸入するのが、まさか、奴隷になるとは」
「君らしくていいじゃないか」
リーシアの口調に冗談が混ざったのを聞いて、ラウゼルが肩の力を抜く。
彼の会談の目的は、最早達成されたと言えた。
「片や、もうすぐ結婚という人が、他人には血みどろの後継者争いに混ざって来いなんて」
「結婚祝いは世界の安寧ってところかな」
「へぇ? それは、同等のものを返してもらえるという意味ですか?」
リーシアの目が鋭く煌めき、ラウゼルを見つめた。
リーシアが正式に魔王と婚約したことは、もちろん、隣国からロウランドにも伝わっている。
「私に贈れるものが、君に必要かなぁ」
「追加の条件に、色々とオマケを付けてもらってもいいんですよ。もっとも、それが鎖になるなら話は別ですが」
相変わらず、自由を愛する彼女の言葉に苦笑しながら、ラウゼルは遥か遠つ国のことを思った。
その後、実に彼女らしいと思う条件をいくらか呑むことになって、正式にリーシアのラクーシャ派遣は決定したのだった。
次回、漸くラクーシャ編のヒーローが登場。
リーシアの追加条件は大きく3つありました。




