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プロローグ2

「……とりあえず、足をつぶすか」


 言いながら、ファルスタッドの視線はリーシアではなく、空中に向けられた。

 この場合の足、というのは、言葉通りのリーシアの足を指すのではなく、リーシアの移動手段を指していた。




 魔王が治める国は、人間の住む大陸と海を挟んだ、南東の大陸全体を指す。だからして、国の名前は特になく、魔王の国は『魔大陸』とひとことで表現されることが常だ。

 リーシアがファルスタッドと暮らす城は、中でも内陸部分に位置し、魔術なしでは容易に人間の国に移動はできない。




 世界には船が存在するが、魔大陸への恐れから、人間が住むハイリア大陸の東側では航海はほとんどされていない。時折、人間が魔王を狩りに、魔大陸行きの船を出す程度である。

 一方、魔族が大陸間を移動をするのに交通手段なんてものは必要なく、彼らの移動手段は専ら、魔術を使った転移か、空を飛んでの空路だった。


 そして、その2つは、リーシアの魔力では不可能である。

 否、魔大陸の西岸まで辿り着けば、海くらいならギリギリ転移できるかもしれないが、魔王城から西岸までは、カナリある。

 ファルスタッドの魔力であふれる魔大陸で、うだうだと旅をすれば、容易に連れ戻されること必至で、そんなわけで、リーシアは一人で人間の国に帰れない。




 結局、リーシアが人間の国に行くのは、ファルスタッドが自ら送ってくれるか、彼女のペットであるドラゴンが乗せてくれるか、の2択だった。

 要するに、この場合の『足』とは、リーシアのドラゴンを指していた。


 リーシアから人間の国へ帰る『足』を奪えば、ファルスタッドはリーシアを監禁ではなく、軟禁するだけで済む。

 リーシアを極力傷つけたくないファルスタッドにしてみれば、実に合理的な考えだった。




 リーシアは自らのペットに危険が迫っていると知りながら、特に焦りはしない。

 ただ、我慢しきれなくなって、くすくすと笑いをこぼしただけである。

「……揶揄ったのか?」

 そんなリーシアの様子に、憮然としながらも、どこか安心した様子でファルスタッドがつぶやいた。


 おもむろにリーシアの小さな体躯を掬い上げるように抱いて、自らの胸へと押し付ける。

「人間の国でお買い物したいんです」

 そんな恋人の様子に、相変わらず喉を鳴らしながらリーシアがつぶやいた。




「……メイドを行かせる」

「私、暇なんです」

「暇つぶしを用意する。何がいい? 魔族に芸でもさせるか? 最初は下手かもしれないが、気に入られなければ殺されると分かれば、そのうち、高度な芸ができるようになるぞ」

 見事な恐怖政治だが、魔族とはそういうものだ。




 魔王とは血統ではなく、ただ、魔族最強であることの称号だ。

 だからこそ、魔族は全て、魔王に従わなければならない。

 完全なる弱肉強食。


 魔王の首は常に開放されていて、逆らいたければ殺せばいいのだ。

 もちろん、魔王は死ぬ気がなければ抵抗するし、周りの者も自由に敵味方に分かれる。

 今の魔王が斃されれば、斃した者が次の魔王。

 例え、その前の魔王の部下だろうと、新たな魔王に従わなければならない。どうしても許せなければ、殺せるものなら殺して、今度は自分が魔王になればよい。


 そうやって、魔族たちの社会は回っている。

 強い者が王になる。それが、魔族たちの正義だからだ。

 そして、今の魔王はファルスタッドだ。彼だけが、魔族の至高。




「そういうの、私が好きだとでも?」

「お前を楽しませられない魔族が、俺に殺されていくのを眺めるのは好きそうだ。なんだったら、最初から解体ショーでもいいぞ」

「……」

 そこまで歪んでいただろうか。別に嫌悪感は持たないが、楽しめるとも思えない。リーシアが無言になったのを見てファルスタッドがその体を一層強く抱きしめた。




「お前が仕事をしろというから、俺は国から離れにくくなった。お前のためなら国などどうでもいいのに。蔑ろにするとお前に嫌われ兼ねないなど。ジレンマだ」

 それまで、一切の仕事を側近に丸投げしていたファルスタッドは、リーシアの『できる男が好き』という嗜好に合わせて仕事をするようになった。それでも、国に興味がないのは変わらない。

 否、政治をするようになったからと、国を愛し兼ねない恋人に、リーシアが政治を勧めたりはしないのだ。




「別に、アナタの魔力があれば、どこだろうと転移できるのだから、距離など関係ないでしょう?」

「だが、お前の姿が視界から消えてしまうではないか」

 ファルスタッドは、自分が仕事をしているときはリーシアを執務室へ置いているし、それ以外は、例え着替えの最中であろうと、リーシアを眺めている。

 読書程度しかすることのないリーシアが部屋を出て、1人で図書室で本を物色しているときでも、その遠視の能力で覗き見をしているのは、魔王の城で知らない者のいない、周知の事実である。

 ファルスタッドがリーシアの観察を止めるのは、風呂場とトイレの2か所だけだ。




「これまでは精々、数十年のつもりでした。でも、ハルは私と永遠に生きていたいんでしょう? その時間を、ただ私に、読書だけしていろと? ハルの愛眼としてだけ存在しろと?」

「う……」

「飽きって、倦怠期に繋がると思いません?」

 リーシアの言葉にファルスタッドがビクリと震えた。


「俺はお前に飽きたりしないぞ!」

「私はアナタに飽きるかもしれませんが?」

 遠慮なく言い切ったリーシアに、ついにファルスタッドはうなだれた。


 それに比例するように、ベッドに散らばっていた拘束具が消えていく。

 正直に言えば、リーシアはファルスタッドが自分に飽きることも、リーシア自身がファルスタッドに飽きることも心配していなかった。

 それでも、だからといって、籠の鳥であることに決して満足は覚えないのである。




「……リーシャに仕事をしてほしくないんだ」

 ポツリ、とファルスタッドが本音をこぼし始めた。

「前世でリーシャは、とても仕事にプライドを持っていた人だったから、俺はリーシャの仕事には一切口を挟めなかった。この世界で、リーシャがそんな風に気を取られるものがないって知って、とても嬉しかったのに」


『仕事か私か……』という、恋人同士が破局しかねない選択肢を突きつけられれば、リーシアは即答で相手を選ぶ。リーシアはその程度にはファルスタッドを、前世の彼を、愛している。

 だが、そんな下らない質問をしてくるような甲斐性の男を、リーシアが恋人に選ぶ筈もないので、前世のファルスタッドは、そんな質問をリーシアにしたことはない。


 それでも、頭脳労働の極地にあったリーシアの仕事を、どちらかといえば肉体労働向きのファルスタッドが理解できるはずもなく、そんなファルスタッドが寂しそうにしているのを、リーシアも知っていた。




「ハル、私、この国で遊びたいんです」

「……いつでもお前にやる。それとも、最初から作るために、一度滅ぼすか?」

 国を砂場でつくる山のように言うファルスタッドに笑いを噛み殺す。そんな王だから、リーシアは好きなのだ。


「今のままでいいです。王も、アナタのままで。だから、この国はアナタのものでしょう? そこで私がどう遊ぼうと、アナタには全部わかるでしょう?」

「……でも、人の国に行きたいと言ったではないか」

「この国で遊ぶための玩具を買いにね。でも、人の国だって、アナタが面倒で手を出していないだけで、欲しくなればすぐに手に入れられるようなものなのですから、アナタの庭のようなものじゃないですか」

 リーシアはファルスタッドの瞳を見つめてニッコリと笑う。

 魔大陸では隠していない、リーシアの本当の瞳の色。澄んだ青色がファルスタッドを見つめた。




「俺の、庭……」

「そう。別に、私、ハルに対して覗き見を怒ったこと、ないでしょう?」

「……うん」

 恋人の執着はリーシアにとって好ましいから、リーシアが怒ったことはない。彼に見られて困ることを、リーシアはこれまでも、この先も、する予定はないからだ。

 否、どんなリーシアを見ようと、それで幻滅するような男を恋人にはしない、というべきだろうか。




 リーシアは、自分の浮気や死、という、彼女がファルスタッドの前から居なくなるようなことを除き、自分がどんなことをしても、ファルスタッドは受け入れるだろうという自負があった。

 それは、ファルスタッドの惚れた弱みに付け込んでいるから、というだけではない。

 その証拠に、リーシアも同じくらいの度量でファルスタッドを受け入れなければならないと覚悟している。


 だから、覗き見程度、とるに足らない問題なのだ。例え、覗かれる先が風呂場やトイレであっても、リーシアは文句を言うつもりはなかった。

 それもそもそも、そんなデリカシーのない男を恋人にはしないのではあるが。




「見ているからな。会話も盗み聞く。俺が行けないのに、お前のペットや俺の配下と行って欲しくないから、同行は認めない。1人旅だ。もしかしたら危険な目に……」

「合わせるんですか? アナタが見て、聞いているのに?」

「合わせない」

 自分を抱きしめるファルスタッドを抱き返しながら、リーシアは喉を鳴らした。


 なら、安心ですね、と。そこまで言われて、ダメだと言える男はいないものだ。


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