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魔王城の新入り

「やっと見つかりましたか」

 リーシアはファルスタッドの膝の上から、王座の前に跪く男を見下ろしていた。


 リーシアが魔大陸に戻った次の日の昼。日がすっかり昇りきった後に起きだした2人はブランチを取った後、ファルスタッドの執務室へ向かった。

 ファルスタッドは仕事を始めたが、あくまでも第一優先はリーシアであり、そのことは魔王の側近にとっては明白であったので、リーシアが魔王城にいる間、どれほど魔王のスケジュールが狂おうとも、もはや文句も出てこない。


 普段、ファルスタッドに跪く魔族は彼の部下であり、彼に用事があって執務室を訪ねているものだが、今日ばかりは勝手が違った。

 そこにいる男は、リーシアの『探し物』であり、つまるところ、彼女の客であった。




「名前は?」

「イヴァン、と申します。王妃殿下」

「殿下、などと付けなくともいいですよ。未婚ですし。ここにいる人たちが私を呼ぶ『王妃』とは、あだ名であって肩書ではありません。あと、顔を見たいので顔を上げてください」


 その言葉に、男は頭を上げた。アメジストのような透き通った髪色で、肩下あたりまでの髪を右サイドで1つに束ねている。モノクルの奥の黄金の瞳は理知的な光を湛えて、リーシアを前に僅かに伏せられていた。

 鳶色のダブルのジャケットは落ち着いていて、いかにも紳士的ないで立ちである。他のファルスタッドの側近同様、魔族らしい特徴は見当たらなかった。

 リーシアはイヴァンと名乗った男に微笑み返した。探していた人材が漸く見つかったとあって、少しばかりご機嫌である。


「では、早速ですが、宿題を与えます。1週間で、この紙に書いてあることをレポートとして提出してください」

 リーシアの言葉と同時に、ファルスタッドの執務机から、ふわふわと1枚の紙がイヴァンの元へ飛んでいく。

「承知しました」

 イヴァンが紙を受け取ると同時に(・・・)頷いたのを見て、リーシアは満足そうに頷いた。






「魔大陸の貿易部門をすべてお嬢さんに任される、というのは正気で?」

 イヴァンが去った後の扉を見やって、ファルスタッドの第一の文官であり、魔大陸の宰相であるミグゥが、主に問いかける。

「そもそも、今まで存在しなかった部門だ。任せるもなにも、リーシャが作った」

「その条件で、よくお嬢さんの部下になりたいという者がいましたね」

 ミグゥの言うとおり、リーシアがファルスタッドに頼んで探していたのは、魔王ではなく、その恋人である人間の部下となる魔族であった。

 だから、こんなにも時間がかかったのだ。


 もちろん、魔王の要求を撥ね退ける魔族など居はしない。

 その中で、嫌々引き受ける者も、能力が低い者も排除しなければならなかった。

「しかも、イヴァンは優秀な経済学者だと評判ですよ。希望だけを伝えて、彼に全権を負わせた方が、お嬢さん自身も楽でしょうに」

「……そうですねぇ。それほどの人材……魔材?なら、私も検討しますよ。後々、ね」

 ミグゥの言葉にリーシアは仄暗く笑う。




「そもそも、イヴァンって人間が好きなのか? わざわざ人の国との貿易に携わるなんて」

「いや? 人の大陸には出張したくないと言っているようだ」

 フィグの独り言に返事を返したのは、ファルスタッドその人である。

「そうなんですか? ではなぜ?」

「……とある食肉の養殖計画について、リーシアが絵を描いてな。それが気に入ったらしい」

 ファルスタッドが膝の上のリーシアの頭を撫でながら答えれば、フィグは僅かに口の端をひきつらせた。


「……さすが、王妃様」

 フィグとファルスタッドのやり取りには口も挟まず、リーシアはファルスタッドの胸を背もたれにして珈琲を啜っている。

 早速、リーシアが買い込んできた珈琲豆を厨房に預けたので、大変に好みの味である。




「だが、イヴァンは今頃後悔しているかもな。あのメモを見ているだろうから」

「……優秀な人材なんでしょう? 本業なら3日で結果を求めるところを、あくまで趣味なので1週間も時間を与えたんですから、間違っても泣き言など言われては困ります。そういうことがあるなら、さっさと首を飛ばして次を探してくださいね」

 ファルスタッドの胸に持たれたまま、リーシアが僅かに首を傾けて視線を流す。






 メモには3つのレポートテーマが書かれていた。

 1つは、魔大陸全土の特産品のリストアップとその詳細。その上で、さらに、人間の大陸に流通してもよいと思われるものを残さずピックアップさせるもの。

 1つは、魔大陸各地から大陸西岸へ運ぶ方法とその輸送費を合わせて、原価を踏まえた上での売価の積算。もちろん、1つ目のテーマでピックアップした特産分全てだ。

 1つは、特産品を増産するための経費の積算。或いは、増産コストを抑えるための方策。


 1つ目は、そもそもなぜ、今まで城にないのかが不思議なものであるが、あり物をまとめ直すだけなので、有能な学者様なら助手を使えばあっという間だろう。

 2つ目と3つ目も、本人は商売人ではなく経済学者なのだから、本業である。

 途方もない量ではあるが、1人でやれとは言っていないので、越えるべきハードルは実は低い。それは、リーシアが未だ相手の力を推し量っている段階であるからだ。

 彼女が口にしたように、宿題は宿題でしかない。


 少なくとも、イヴァンが紙を見ないまま、要するに『無条件に』リーシアに従ったことは、リーシアにとって正しい対応であったので、ファーストインプレッションで首を刎ねることにはならなかった。






「俺は、お前より頭がいい存在も、お前より人を遣うのが得意な存在も知らないからな。お前が王になった方が、俺もお前も自由時間が増えるだろうに。とはいえ、お前は無職で居て欲しいからな」

「本気で国を治めたいんですか? 統治すら、暇つぶしでいいではないですか。せっかく、圧政ができる強さがあるのですから。頭など使わずとも」

 ファルスタッドの胸に頭を預けたまま、つまらなさそうにリーシアが口にする。


 そんな様子のリーシアにミグゥは何かを考えるそぶりを見せて呟いた。

「陛下はよくおっしゃいますよね、お嬢さんが頭のよい方だと」

「天才とは、リーシャのためにある表現だと思っているからな」

「私、努力嫌いなので、秀才ではないですね」

 リーシアは口にするが、ファルスタッドは、リーシアが何の努力もしない人間であるとは思っていない。実際に、前世では仕事のために寝ずに働く姿も見てきた。

 リーシアは、好きなことにどれだけ力を注いでも、それを努力とは表現しないだけなのだ。




 真実、リーシアは人間の中で並ぶもののいない魔力量を得るために、命を削りかねない魔力の増幅の術を使い続けたし、元々の頭の良さがあってのことではあるが、魔術という魔術を分析し、その発動原理や魔力の流れ等を全て解析した上で、おおよその魔術を無言で発動してみせる。

 魔族が魔術を無言で使うのは、その魔力に物を言わせているだけだ。

 対して、リーシアが魔族に並ぶ魔術を使うのは、魔術を解析した上で、最も少ない魔力消費で魔術を最大出力できる方法を理解しているからだ。


 リーシアと同じ深度で魔術を理解して行使するのは、魔王であるファルスタッドですらできない。もっとも、果てしない魔力量を保持する魔王には不要な小細工ではあるが。


 とはいえ、前世を知らず、リーシアの魔力が成長しきった後に出会った魔王の側近たちは、リーシアの才能を、その時はまだ、理解しきってはいなかった。


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