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プロローグ1

前作を未読の方向けのリーシアのお話

「あつい…」

 リーシアは腰まで伸びた髪を無造作に頭の上で束ねながらため息をついた。

 足元では、1歩進む度に、舗装のない乾燥しきった土の道が、砂ぼこりを舞わせている。




 小さな町の道具屋で一式揃えられるような旅装束に、はちみつ色の髪に栗色の瞳。目立つ色や服装を身につけているわけでもないのに、リーシアとすれ違う人間は、まずリーシアを見つめてくる。……果ては、リーシアの後ろ姿が視界から消えるまで、見送ろうとする。

 全ては、ひとえにリーシアの抜群の美貌と、それと相まって相乗効果を発揮するプロポーションの所為である。


 リーシアの『誰も近寄るなオーラ』を感じとって、声をかけてくる人間がいないだけマシであった。

 リーシアも勿論人間であるので、容姿は整っていないよりは整っている方がいい、とは思っている。しかし、リーシアは自分の傾国とも表現できる姿は好きではない。


 理由は簡単。

 リーシアの知る『自分』が今の姿ではないからだ。




 リーシアには前世の記憶があった。

 日本という何とも平和ボケした国で、自分は、平和に真向から喧嘩を売るような思想や倫理観や職業ではあったけれども。その容姿は数多の日本人に埋没する、凡庸な黄色人種の黒髪黒目であった。


 生まれ変わった世界に存在する魔術で、肌や髪、目の色を変えられたり、或いは、見る者に違う容姿に誤認識させたりすることが可能と知って、馴染み深い姿に近づけようと思ったことも、昔はあった。

 どこかの阿呆な魔王が、黒色を持つ女を攫いまくる『黒狩』などという悪習を作って、黒を持つ女が迫害対象でなければ。

 結局、日本人の容姿になるのは諦めることになった。




 今となっては、リーシアの偏差値がハネ上がった顔面を、それまで、決して面食いではないと思っていた恋人が、大層お気に入りのようなので、化けることはしていない。

 加えて、身に着ける服装はもちろん、化粧の色や髪の長さまで指定されてしまうのだから、まったく可愛い恋人である。


 人によっては過干渉と言うかもしれないが、リーシアは余程奇抜でなければ服装に頓着はないし、多少あったとしても、気に入らない容姿に合わせて服装や髪形を工夫するのも癪である。

 恋人のお気に召している、という理由で自らの外見に対するイメージがプラマイゼロくらいにはなっているので、利害は一致しているのかもしれない。




 それでも、長い髪は本当に苦手で、今現在、リーシアのいる常夏の国で、灼熱の太陽に照らされながら、強烈な散髪欲求にかられていた。


 そう、常夏の国。

 リーシアは現在、自らの出身国であるロウランド聖国の西の隣国、グリーム公国へと、1人でやってきている。




 なぜ、そんなことになっているかと言えば。

 遡ること2週間前。




 *****




「……旅に出たい」

「……」

 寝台の上で不意に呟いたリーシアに、彼女の隣で横になって居た男が、凄まじい勢いで起き上がり、無言で拘束具を用意した。


 ……すごく、鮮やかな手腕であった。

 何もないところから、手錠、足枷、首輪、ボールギャグまで取り出した見事な魔術に、リーシアは内心で、バカだなぁ、と笑う。




 ストン、と表情が抜け落ちている男の顔に、色素の薄いシルバーの瞳が怪しく揺れている。部屋の明度を下げているので、艶のある黒髪は闇との狭間が分からない。

 元々が、精巧な人形のように、彫りの深い独特の美しさでありながら、どこか作り物めいた無機質さを感じさせる顔立ちは、無表情によって、更に人間味を失っていた。


 じゃらり、と大量の拘束具をリーシアの前に広げて、無言で彼女の様子をうかがっている美丈夫は、リーシアの恋人であるファルスタッドだ。




 だからして。

 家出宣言ともとれる発言をしたリーシアに、監禁の意思をまっすぐに伝えることは、おかしくはない。

 ……いや、きっとおかしいのだろう。

 リーシアにとっては、それが可愛げに映っているけれども。




 それも、そうである。

 リーシアの恋人は、彼が目の前で可視化している監禁の意思など、まったくもって見せる必要がないのだから。




 彼、ファルスタッドは、この世界の魔王である。




 リーシアが前世の記憶を持って転生した世界には魔術が存在する。

 自らに魔術を行使するための魔力が備わっていることに気付いたリーシアは、前世から持ち越した頭脳を活かして魔術を究め、自らの魔力量の底上げと、魔力消費や発動手段を極限まで効率化した魔術の研究に勤しんだ。


 この世界は教育面で前世にひどく遅れを取っている。

 結果として、リーシアに何が起こったかといえば、気が付けば彼女は、その横に並びたてる()()のいない魔術師になっていた。




 生まれたその場で親に捨てられるという不運に見舞われながらも、大した苦労なく生活できたのは、そのおかげと言えよう。

 だが、もちろん、上には上がいるのである。


 ファルスタッドと出会って、彼が治める魔の大陸へ攫われてみれば、リーシアを上回る魔術師はそれなりに存在した。そして、その筆頭であるファルスタッドはもちろん。

 彼もまた、この世界に転生した存在で、どんな存在であっても、彼に傷一つつけることなどできないだろう、最強の魔術師だった。




 つまるところ。

 魔王がその気になれば、リーシアなど一瞬の隙もなく監禁されてしまう存在なのだ。

 もちろん、魔術抜きの肉体勝負でだって、成人男性の体格を持つ魔王に、10歳の少女のリーシアが敵うはずもない。

 だからして。

 彼がリーシアに監禁の意思を見せるのは『監禁してでも行かせたくないから、どこにも行かないで欲しい』という、思いの表れ。




 とても、可愛いではないか。




 心の中はそんな愉快さで満たされているが、リーシアの表情には何も表れていない。

「どれがいい? ……全部か?」

 そんなリーシアの様子に何を思ったのか、ファルスタッドは拘束具を指し示し始めた。

「そんな金属製のもので拘束されたら、傷がつくと思いませんか? 後で治すからいいとでも?」

「……」

 一瞬の後、様々な枷が全て、ファーで包まれたものになった。




 本当に、可愛いと思う。




 魔王であれば、魔術での拘束が一番確実だろうに。


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