薬師と青年
「騎士様のおかげで薬草を手に入れることができました」
少女は息をのむと、勇気を振り絞りながら、彼の顔を見上げる。長身の彼と目を合わせることは小柄な彼女では難儀するようだ。
「また、会えますか?」
「もちろん、君が望んでくれるなら。いつだって僕は君の力になるよ」
今まで聞いたことのない甘い言葉を彼の口から聞くとは思わなかった。やけに冷えつく心を押し殺しながら、足音を立てる。
「お迎えに上がりました」
私の存在に気づいた少女が、おびえたような瞳で私を見る。
飾りのついていない白いシャツに若草色のエプロンをかけた少女。化粧気のない顔に簡単に結びつけた髪、かすかに香るのは香水じゃない、…彼女の持つバスケットの中身だろうか。
「レイノルド様の専属メイドのグレースでございます。以後お見知りおきを」
一礼をすると、彼女はうろたえるように一歩後ろに下がった。
「やれやれ、時間のようだね」
わざとらしく困った顔をしてみせる彼は、きっと彼女の恐怖を和らげようとしているのだろう。
「今日はとても楽しかったよ」
彼の笑顔にぎこちないながらに彼女も笑顔を浮かべる。
「はい、私も」
彼は特にごねることもなく、用意された馬車に乗り込む。私も彼の向かい側に座るとゆっくりと馬車が動き出した。
車内は無音で、馬の土をける音が規則的に響く。
ただの従者に、何があったのか、彼女は何者なのか、話す義理なんてない。
だけど、彼は口元に笑みを浮かべて小さな小窓から夜景を眺めていた。その笑みは、子供のようにうれしさがこみあげておさえきれないようだった。
このまま屋敷まで無言のまま到着するのだと思っていたら、突然彼が口を開いた。
「彼女、僕のことを騎士様って呼ぶんだ」
「……」
言葉を失った私にかまわず彼は続ける。
「騎士にもなれなかった僕にありがとうなんていうんだよ、笑っちゃうよね」
「レイノルド様」
私の呼びかけに答える様子もなく、彼は立ち上がった。まだ完全に止まりきっていない馬車から身軽に飛び降りると、私に向かって軽く手を振る。
「グレース、悪いけど今日は父上の小言を聞く気分じゃないんだ。うまくやっといてくれるかい?」
「当主様と夕食をとる約束のはずですが」
よろしくと言ってそのまま去っていく背中が屋敷に入るまで見送ると、一つため息をついた。