虐められていた妹は王子様と幸せになりました
シャンデリアの煌めきの下で、美男美女が微笑み合い、照れながら踊る。
羨望の言葉、嫉妬の睨み、そして感嘆のため息が漏れ出る、舞踏会会場。その隅で私は慄いた。
今夜の主役、王子様と踊っているのは、どう見ても私の妹だ。
部屋に鍵をかけ、出てこれないようにした美少女が、どうしてここにいる。
これは……逃げよう。妹の美貌に夢中、という王子が、愛する女性を溺愛しそうなデレデレ顔のお坊ちゃんが、私の存在を知ったら、殺される。良くて追放。絶対にそうだ。
私の倍可愛い妹を、つい虐げてきたけれど、こういう展開は予想外。
昨夜の夕食時のやり取りを思い出しながら、私は後退りし、壁に背中をぶつけた。
☆☆回想☆☆
何故、ステーキに付け合わせというものが存在するのか。
そして、それがどうして甘ったるい人参なのか。
そもそも、人参は何故赤い。
根っこの癖に、自己主張するとは、頭が高い。
ここで会ったが百年目。串刺しの刑にして、すり潰しだ。
「ほら、フィーリア、あーん」
必殺! 残飯処理は妹! 私はフォークで赤い悪魔を突き刺し、フィーリアの口へと突っ込んだ。
フォークが刺さったのか、フィーリアは涙目。白い雪のような肌を赤らめ、震えた。
☆☆回想終了☆☆
壁に手をつけて、よろめきながら、出口を目指す。
開け放たれた窓からベランダへ。それから、手摺りを乗り越えて、上手く足をかければ、庭に出られる筈。
ベランダに出ると、かなり冷えた。
だから肩の出るドレスなんて嫌だったのだ。
場所を見定め、手摺りに手をつき、妹から強奪したドレスを持ち上げ、手摺りを乗り越える。
靴が片方脱げた。しかし、戻るのは大変なので、無視。
しゃがんで、床部分を掴み、ぶら下がる。この距離なら、飛び降りられそう。
「えいっ!」
降りれたけれど、尻餅をついた。痛い。
疲れたので、しばらく休憩。ぼんやり空を見上げていたら、一昨日の夜の事を思い出してしまった。
☆☆回想☆☆
暖炉掃除なんて嫌いだ。灰まみれになり、薄汚れる。
「フィーリア、知ってる? 暖炉の中には妖精がいて、見つけると願いが叶うのよ」
「まあ、そんなおとぎ話があるのですか?」
「他にもあるわ。満月の夜に、灰の中から花を見つけると、幸せになれるって」
必殺! 大嘘で妹をこき使う!
はいどうぞ、と暖炉掃除用の道具をフィーリアへと渡す。
ふっふっふっ。賢い頭というものは、上手く使って楽をする為に使うもの。
種は仕掛け済みよ!
しばらくして、灰まみれのフィーリアは、わなわな震えていた。
☆☆回想終了☆☆
いけない。休んでいる場合ではなかった。逃げないと。
「どこへ消えようかしら……」
家に帰っても、捕まるだろう。よって、帰るという選択肢は無い。
「まあ、どうにかなるか」
ドレスと靴を売れば、小金になる。とりあえず、どこかで夜を明かそう。
庭を歩いていると、小屋を見つけた。扉を開けてみたら、どうやら物置小屋。
ここなら寒さを凌げるな、と私はその小屋で朝まで眠った。
翌朝、私はあっさり捕まった。衛兵に連行され、軟禁。幸いな事に、牢屋ではなく、小部屋だった。
する事もないので、ソファに腰掛けて、3日前の夜を思い出す。あれは、我ながら中々の意地悪をしたものだ。
☆☆回想☆☆
もう17歳になるのに、妹と二人部屋とは、許し難い。急に不満が爆発し、私はフィーリアの荷物を全部部屋から追い出す事にした。
「まあ、お姉様……」
大きなおめめをウルウルさせているフィーリアは、口元を両手で覆った。
「狭いのよね」
ぽいぽい、ぽいぽい、ぽぽぽぽーいと荷物を隣の部屋へ移動。
昨日、猫が出た部屋などくれてやる。
そもそも、猫なんて嫌いだ。体がムズムズ、ムズムズ痒くなる。
気まぐれに近寄ってきて、こちらが呼んだら来ない、という気性も気に食わない。
こんな部屋、もう私の部屋じゃなくなるから、壁の穴なんて、知るもんか。
☆☆回想終了☆☆
「お姉様!」
扉が急に開いて、飛び込んできたのは、フィーリアだった。何故か、私に縋り付いてきた。
その後ろには両親。それから、王子様。
私の人生、完。
いや、待て。終わってたまるものか!
「あの、どちら様でしょうか?」
「お姉様?」
「私は一人っ子です」
必殺! 他人の振り!
幸い、服は着替えさせられている。片方残っていた靴も、消えている。
フィーリアは戸惑い顔で、私を見上げた。
「どちら様? お姉様、どうしました?」
「ですから、このマルローネには、妹はいません」
「マルローネ? お姉様はサンドリヨンです。またお戯れですか?」
「戯れ? サンドリヨンではありません」
うふふ、と笑うと、フィーリアは私に抱きついてきた。
「この感触はお姉様です」
「違います」
うふふ、と笑うと、フィーリアは私のスカートを軽くめくった。
「ちょっと、貴女!」
「この足首の三つのホクロ、お姉様です」
ええ……。何、この子。姉のホクロの位置なんて把握しているの?
「フィーリアが、愛しいお姉様を間違える訳ありません」
「愛しい?」
うふふ、と笑うフィーリアの目は、据わっている。
「毎日、あーん、ってしてくれて」
フィーリアは私の足に頬ずりしてきた。
「ちょっ! ちょっと!」
「猫が苦手だからと、私の為に狭い部屋に移ってくれて」
立ち上がったフィーリアは、私に抱きついてきた。
「願いが叶う花を譲ってくれて」
フィーリアは、柔らかく微笑んだ。妹ながら、実に可愛らしい笑顔。
「心配性のお姉様の言い付けを破ってしまいましたが、運命の方と会えました。暖炉の花に願ったら叶いましたの。お姉様のおかげです」
なんか、私の虐めを、都合良く解釈している?
いよっしゃあああああ! 助かったあああああ!
心の中で喜んでいたら、フィーリアが私の胸に顔を埋めた。
「毎日優しいフィーリアのお姉様。ああ、このふわっふわのお胸。やっぱりお姉様よ。毎晩揉んで……こほん。毎晩身を寄せ合って寝ていたので、間違えません」
今、こいつ、揉んでって言わなかった?
それに、一緒に寝たことなんてないけど。
出入口に立つ、王子様と目が合う。彼は嬉しそうだった。何でそんな赤らんだ顔をしているの⁈
「この世で一番フィーリアを甘やかしてくれるお姉様は、お姉様です。マルローネお姉様。昨夜は揉め……会えなくて寂しかったです」
今、こいつ、揉めなくてって言わなかった?
「失踪して、酷く辛くて……どれ程愛しいのか分かりました。もう耐えられません」
出入口に立つ、王子様の息が少々荒い気がする。
いつの間にか、両親が居ない。
「フィーリア嬢、そういえば、ここに昨夜君が舐め……。昨夜君が大切にしていた靴がある。君のお姉様のだという靴だ」
今、こいつ、とんでもない事を言いそうにならなかった?
王子様は、先程まで持っていなかったのに、手に靴を握っている。
あれ、私の靴だ。はかされたら、他人のフリがバレる。いや、そもそも通じていないか。背筋に汗が伝う。私の妹、かなりの変人だ。多分、昨夜とは違った意味で、逃げた方が良い。
「見覚えのない靴でございます。きっとサイズも合わないでしょう」
「リーリオ王子様、もう靴など必要ありません。ここに本物があるのですもの。失ってからでは遅いですが……。お姉様は見つかりました」
フィーリアは、私のドレスをたくし上げた。滑らかな指が、太腿を撫でる。
「ちょっ、何⁈ こ、怖いんですけど!」
「反抗すると、大変な事になるかもしれないですよ」
フィーリアを突き飛ばそうとしたら、王子様に睨まれた。王子様に反抗したら処罰とか……ない……よね? 怖くて動けない。
王子様が部屋に入り、扉を閉め、ガチャリと鍵を閉める。
「可愛いフィーリア、今度は更に楽しませてくれるのかい? それに、良い。うん、良い光景だ。こういうのもアリだな。凄く良い」
何で服を脱ぐ! 王子様が上着を脱ぎ、シャツのボタンを外していく。
「はい。あの、フィーリアを愛でて下さい。お姉様を愛でるフィーリアを丸ごと受け入れてくれるなんて、嬉しいです……」
何で服を脱がせようとする! フィーリアが私のドレスのボタンを外し始めた。
「フィ、フィーリア! ちょっ、ちょっと!」
リボンで手を縛られていると気がつく。
よく見たら、彼女の首元にはキスマーク。はあ、そうですか。舞踏会のあと、王子様とイチャコラ……。
で、その時私の靴を舐めていたの⁈ へ、変態。私の妹はド変態だったのか!
フィーリアがドレスを脱ぎ出す。
王子様が近寄ってくる。
恍惚、というような欲情顔が二人分。
「い、いやあああああああ!」
私の人生、完。
どうして、こんなことになるのよおおおおお!
☆☆★
敗因。日々の構い過ぎと逃亡。
(姉視点で)虐められていた(シスコン)妹は、(百合好き)王子様と幸せになりました。
めでたし、めでたし。
下地はシンデレラ。
しょうもない話を書きたくなり、こうなりました。