幸せの青い鳥は・・3
3.
" Memories 回顧録3 "
ダメ元で取り敢えずtryっていう姿勢はあながち間違いではないことを
我が身で私は経験したのだった。
母は後でこう言っていた。
都眞子が高校へ入学してすぐに手渡されたさまざまな大学の資料を
読んでいて知ったことなんだけどね・・
都眞子に行かせたかった大学からの推薦枠は毎年はなかったし
あっても都眞子の苦手な理系しか今までなかったから、だめかなぁ~
だめやろぉ~、いやいや、願うだけはただやしぃ~ってずっと
いろいろな気持ちのせめぎあいが続いてたのよぉ~って。
そんな中、信じられない一日が私に訪れた。
行きたかった(母が・・笑)大学からの推薦枠が私の通う私立高校に
2つきた。
ひとつは理系でもうひとつは今まで来てなかった文系だった。
執念に燃えていた私の母親の顔がその時きっと担任の脳裏に
浮かんだことだろう。
3-2.
あれだけ学力が不足しているからと他の大学を勧めていた
担任が私のところへ、いの一番にその話を持ってきてくれたのだから。
内申は平均するとどの教科も5段階評価の4を取っていてギリという
点数が必要とされていたのだが、私は定期考査はまじめに勉強して
いたおかげで難なくクリア。
しかし、私立高校の中での選抜に勝ち抜かなければ推薦してもらえない。
果たして、運のよいことに他にライバルがいなかったのか? いたけど
勝ったのか? 私には分からないけれど、私はその選抜にも勝ち抜き
無事大学に進学できたのだ。
そして・・不安をよそに大学でもまじめにやっていたら
なかなか良い成績で私は卒業できたのだった。
私自身勉強が苦手なこともあり大学に偏見はないものの、就職する時に
その差を感じたものだ。
就職に強いなんて知らずに入った学校だったけれど、こんな私でも
そこそこ大手の会社に入れたので、母があの頃駄目元で私の
背中を押してくれたことに、心から感謝している。




