Freedom
十年は使っている勉強机に頬をペタリと付けた“ヤカ”は、レスポンスよく帰ってきたメールに笑みをこぼして姿勢を正した。
『ヤカは何がしたい?』
返ってきたのはたった一言。ヤカの言動を嘲笑するわけでもなく、諌めるでもなく、ただヤカの希望を聞いてきたメールの相手に、ヤカは心が躍った。
「“したいこと”か……」
ポツリとつぶやいて、ヤカはマウスの横に置いてある携帯電話を見つめた後、何度か指をキーボードの上で滑らせた。
『Freedom』
メールにはそれだけを打ち込んで、メールのソフトを閉じた。パソコンのメモ帳を起動させて、もう一度指をキーボードの上で躍らせると、パソコンの電源を落とした。
勉強机の一段目にしまってあった大き目の付箋に、パソコンのパスワードを書いてモニタに貼り付けたヤカは、動きやすいお気に入りの洋服と鞄、お財布だけを持って部屋を後にした。
早朝―家だけではなく、寝静まる住宅街に心を躍らせながら足を踏み出したヤカは、ただ楽しげに歩を進めた。
歩きながら振り返って自分の部屋の出窓を見上げたヤカは、そこから覗くお気に入りのヌイグルミと本、置き去りにしてきた携帯電話を視界に入れると、くすくすと笑った。
「自由に生きる」
誰も聞いていないだろう家に向かってつぶやいたヤカは、その日、誰にも告げることなく住み慣れた家を後にした。