姉の日記より
6月3日(月)
今日はとてもうれしいことがありました。さとるくんのとなりの席になれました。さとるくんはいつもぼーっとしていて何を考えているのかわからないところがあるけれど、わたしにはそういうところがミステリアスでかっこいいなと思います。また、さとるくんはクラスメイトの中で一人だけけいたい電話をもっています。わたしはけいたい電話をもつことにあこがれています。ドラマに出てくる人たちはけいたい電話で話をしたり、メールしたりします。さとるくんがそうやってけいたい電話を使っているところは、そのドラマに出てくる人たちにちょっと似ていてかっこいいです。今日ははずかしくて無理だったけど、明日はきちんとさとるくんとお話したいです。
6月5日(水)
さとるくんがずっととなりにすわっていたのにお話ができませんでした。でも勇気をふりしぼって、さとるくんのけいたいの番号を聞きました。わたしの家の電話番号よりもずっと長くて、メモをするのが大変でした。
家に帰るとすぐにさとるくんのけいたいに電話をかけました。トゥルルルっていう音だけでものすごくきんちょうしました。さとるくんが電話に出た時にはきんちょうのあまりしんぞうが飛び出そうでした。何を話したらいいのかわからなくて、だまりこんでしまいました。なんだかさとるくんに悪いことをしているような気がして、わたしは電話を切ろうとしました。でも、さとるくんに「待って」と言われました。
「Aちゃんと話すことをずっと考えていたんだ。そのことだけでも話させて」
とさとるくんは言いました。わたしはうれしくてさとるくんの言葉を待ちました。さとるくんはわたしの好きな食べ物やどうぶつ、ゲームなど、そんなことばかりを聞いてきました。わたしもさとるくんに同じようなことを聞きました。さとるくんは猫が好きで、ポテトチップスが好きで、にんじんがきらいで、日曜日にやっている戦隊モノが好きなことがわかりました。わたしは戦隊モノを見たことがないけれど、さとるくんが好きなら見ようと思いました。
6月21日(金)
相変わらず学校ではうまくしゃべれないけれど、電話ではたくさんさとるくんとおしゃべりしました。さとるくんの好きな戦隊モノを見たというと、さとるくんはとても喜んでくれました。感想を聞かれました。変身シーンがかっこよかったというと、「変身ポーズを教えるから、今度家においでよ」と言われました。
木曜日にさとるくんの家に行くことになりました。わたしはあまりに楽しみで、早く木曜日にならないかなと思いました。
6月27日(木)
今日は待ちに待った木曜日でした。昨日は眠れなかったので、授業中に眠ってしまいました。先生に怒られてしまったことだけが悲しいです。
約束どおり、さとるくんは学校帰りにわたしを家に連れて行ってくれました。さとるくんの家はわたしの家よりも少し大きくて新しかったです。さとるくんのお母さんにもきちんとあいさつをしました。やさしくてにこにこしているけれど、なぜだかわたしはこの人のことが苦手だと思いました。
変身ポーズを教えてくれると言ったのに、さとるくんの家ではずっとゲームをしていました。楽しかったのであっという間に時間が過ぎてしまいました。帰る時に「あっ、変身ポーズ!」とさとるくんが思い出しました。「次こそはちゃんと教えるからまた来て」と誘われました。
6月28日(金)
電話ではたくさんおしゃべりするし、家にも遊びに行ったりするけれど、やっぱりさとるくんと学校で話すのはちょっとはずかしいです。わたしのクラスに1組だけカップルがいて、その子達はいつもみんなにからかわれています。わたしはそうなりたくなくて、学校ではついえんりょしてしまいます。だから、わたしとさとるくんが仲良しだってことはないしょです。
7月3日(水)
最近はよくさとるくんの家に遊びにいきます。「変身ポーズを教えてくれる」という約束はなかなか果たされません。でもさとるくんと遊ぶのが楽しいのであまり気にしていません。
でも今日はさとるくんの家に遊びに行くことができませんでした。近所でゆうかい事件があったので早く家に帰らなくてはいけませんでした。わたしたち児童は1年生から6年生まで、みんな2列に並んで下校しました。先生が通学路に立っていたので、わたしは列を抜け出してさとるくんの家に遊びに行くことができませんでした。家に帰ってから「さとるくんの家に行きたい」とお母さんに言ったけれど、「危ないからだめ」と言われました。
わたしはなんだかくやしくて、さとるくんに電話をしました。
「危ないって言っても、まだ明るいのにね」
「お母さんも先生もカホゴすぎるんだよ」
さとるくんがむずかしい言葉を使いました。
「カホゴだよね」
わたしもまねして使うとさとるくんが笑いました。だからわたしも笑いました。
7月4日(金)
さとるくんはやっぱり頭のいい子なんだなと思いました。将来はきっとえらい発明家とかになるんだと思います。
「昼間に先生やお母さんに見張られて遊べないんだったらさ、夜中に遊べばいいんじゃない? みんなが起きる前に帰れば誰にもばれないよ」
電話でさとるくんがそんなことを言ったのです。わたしはとてもいいアイデアだと思いました。でもちょっとだけ怖くもありました。夜おそくまで起きているだけで怒られるのに、その上外に出て行くなんて、ばれたらタダじゃ済まないだろうと思いました。それに、夜がお化けとか危ない人とかが外をウロウロしているような気がするのです。でも、さとるくんとあって一緒に遊びたいと思ったのも本当でした。また、さとるくんと一緒なら、夜もそんなに怖くないのではないかとも思いました。
夜、みんなが寝静まったころに、こっそりと家を抜け出しました。とても暗くて、怖かったので、走って待ち合わせの公園まで行きました。公園にある明かりは明るかったけど、それでもやっぱり怖かったです。それほど待たずにさとるくんがやって来ました。さとるくんの腰にはかっこいいベルトが付いていました。
「今日こそ変身ポーズを教えるよ」
とさとるくんは言いました。そして、わたしに変身ポーズを教えてくれました。ちゃんと教えてもらったのに、今もう一度そのポーズをやろうと思ってもうまくできません。またさとるくんに教えてもらわないといけないなと思いました。
7月11日(木)
最近、さとるくんと夜に遊ぶことに慣れてきて、あまり怖くなくなってきました。夜の公園でわたしたちは、遊具で遊んだり、変身ポーズをとったりしました。
今はまっているのは、公園の近くにある公衆電話からさとるくんの携帯に電話をかけることでした。初め、さとるくんはわたしから離れた場所にいて、電話を取ります。わたしはなんどもさとるくんに電話をかけ、その度にさとるくんは少しずつ近づいてきます。最後には受話器とわたしの後ろの両方から声が聞こえてきて、それがなんだかおもしろいのです。電話を使った「だるまさんがころんだ」みたいな遊びです。さとるくんに肩をタッチされると今度はわたしがさとるくんのけいたいを持って遠ざかります。そんな遊びを繰り返していたら、空が少し明るくなってきてしまいました。急いで帰らないとお母さんに怒られてしまうと思い、わたしたちはあわてて家に帰りました。あまりにあわてていたので、まちがえてさとるくんのけいたい電話を持ち帰ってしまいました。学校に行ったら、きちんと返さなきゃと思いました。
7月15日(月)
今日もさとるくんは学校に来ませんでした。家に帰って来てもいないそうです。そういえば、ゆうかい犯はまだつかまっていないと聞きました。もしかしてさとるくんは。
先生が「さとるくんについて、何か心当たりのある人はいませんか」と朝の会で言いました。もしかするとさとるくんは、わたしと夜中まで一緒に遊んでいたせいでゆうかいされてしまったのかもしれない。そう思ったのに、わたしはそのことを先生に言うことができませんでした。夜中にわたしとさとるくんが遊んでいたことがバレてしまいます。怒られてしまいます。情けないけれど、わたしはそれが怖くて、言い出せませんでした。ランドセルにさとるくんのけいたい電話をかくしたまま、わたしの心はザイアクカンでいっぱいでした。
7月17日(水)
さとるくんはどうしているだろうと、そんなことばかり考えてしまいます。わたしの想像の中で、さとるくんはとてもひどい目にあっています。痛いと言って泣いています。寝ても起きても、そんな空想が頭をはなれません。さとるくんの机は今日もからっぽです。さとるくん、ごめんなさい。ちゃんと、無事にもどってきてください。
想像していたことは現実でした。さとるくんの死体が発見されたそうです。あちこち傷だらけで、痛い思いをしたそうです。わたしのせいだ。かわいそうにさとるくん。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。さとるくん。
さとるくんのおそうしきがありました。さとるくんのお母さんはわたしを見つけると、とてもこわいかおでわたしをどなりました。
「朝、さとるは家にいなかった」「あんたが夜にさとるを連れ出したんでしょ」「あんたのせいだ」「ゆるさない」「ゆるさない」「ゆるさない」
ごめんなさい。ごめんなさい。さとるくんはひつぎの中で眠っています。まるでお人形のようでした。もうさとるくんはいません。わたしが死んだらよかったのに。ごめんなさい。ごめんなさい。
8月15日(木)
わたしはまださとるくんのけいたい電話を持っています。これは形見です。もうさとるくんの携帯電話にかけても、さとるくんが電話に出ることはありません。でも、もしかしたらと思ってしまいました。わたしは夜中に家を抜け出して、またあの公園に行きました。公衆電話からさとるくんの携帯に電話をかけました。さとるくんは出ません。
留守電に「さとるくん、ごめんなさい」と言って切りました。
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ページをめくってみたが、これ以降には何も書いていない。
最後に日記が書かれた日の数日後に、姉は忽然と姿を消した。朝、母が姉の部屋を見た時、そこはもぬけの殻で、勉強机の上にこの日記と携帯電話が置いてあった。母は日記を読んで、姉がやってしまったことについて、改めて、さとるくんの母へと謝りに行った。さとるくんの母親は、私の母を散々罵った。母はその言葉を静かに聞いていた。ただし、さとるくんの形見である携帯電話だけは返さなかった。それは姉の形見でもあったからだ。
あの事件から16年あまり。児童連続誘拐殺人事件の犯人も逮捕されたというのに、姉だけは帰ってこない。犯人も姉のことだけは知らないと言う。
ところで、私は怖い話が大好きで、近頃は都市伝説について調べることに熱中している。その中に気になる話を見つけた。
「都市伝説さとるくん」
まず、公衆電話から自分の携帯電話に電話をかける。繋がったら「さとるくん、さとるくん、おいでください」と唱える。すると24時間後にさとるくんから携帯電話に電話がかかってくる。少年の声で居場所だけが告げられて、まずその電話は切れる。しばらくして、またさとるくんから電話がかかってくる。再び居場所を告げられて切れる。先ほどよりその場所が近くなっている。それが何度か繰り返されて、最後には背後からさとるくんの声がする。この時、さとるくんに質問をするとなんでも答えてくれる。ただし、質問をしなかったり、後ろを振り返ったりするとさとるくんに連れ去られてしまうという話。
この話が姉とさとるくんがやっていた遊びに似ていたことに驚いた。また、失踪する直前に姉が無意識に、「さとるくん」を呼び出す儀式をしていたことにも驚いた。
もしかしたら、姉はさとるくんに連れ去られたのではないか?
そう考えたら、身体中がぞわぞわとして落ち着かなかった。
私は自分のスマートフォンを取り出すと家を出て行った。早足で歩きながら、公衆電話を探した。どうしてか、スマートフォンを持つ自分の手が震えた。十分ほど歩いて、ようやく公衆電話を見つけた。受話器をとって10円玉を入れ、自分の携帯の番号を打ち込んでいく。あと3つ番号を打ち込めば繋がるといったところで、不意に私の手が止まった。
いや、動かせなくなったのだ。おかしくなったみたいに手が小刻みに震えた。身体中から冷や汗が吹き出して、真夏だというのに寒気がした。
私は急に怖くなって逃げ出した。受話器をもとに戻す余裕もなかった。
幻聴かもしれない。子供の声が聞こえた。男の子と女の子。楽しそうに笑っている。私は振り返らずに家路を急いだ。