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code /WAR WORLD  作者: GODISNOWHERE
チュートリアル
1/6

第1話 「ありふれた誕生」

 突然だが、彼――30歳無職、妻子無し……は落ちた。


 それは、空からでもなく、階段からでもなく、地面に開いた穴というわけでもない。


 恋に落ちたなどの甘ったるいものではなく、眠りに落ちたなどの優しいものでもない。


 就職試験にはしっかり落ちていたが。



 彼は、頭から血の気が落ちたのを皮切りに、膝が落ちた、体が地面に落ちた、掛けてるメガネが落ちた、意識が落ちた……。


 頭の中心の奥底、そこにあるものが引っ張られ落ちていく。


 落ちて、


 落ちて、


 落ちて、


 新しい生命として生まれ落ちた。



 そして、混乱の中で目を覚ますのだった。


 …………


 ……


 …


『んぐあ! なっ!? こっここはどこだーーーーーーーーーーー!!!

 うおおぉおおぉお……! どこなんだここは?! 俺は死んだのか!?』


 気がついたら真っ暗な世界で俺は叫んで喚いて暴れていた。

 が、体は動かないし口から何かが出て行った感じはしないし、耳も聞こえない。

 ないない尽くしのこの状況、パニックにならないというのは無理だ。


 だが、得てして人は変わった状況というのには慣れるモノ。

 時間の概念がさっぱり判らないここでも、ある程度喚いていれば落ち着いて思考する余裕も出てきた。


 それが先ほど考えた『死』というある意味最悪な状態。

 地獄だ天国だなんだーかんだーは、さっぱり信じてはいないが、こういう状況になってしまうと、ちょっとは頭をかすめる。

 しかし、そんな考えはこの状況じゃ逃げでしかない。


 すぐさま、ここが『死後の世界』であるという認識を却下して、さらなる思考を重ねる。


 思考できるというのは生きてる証拠、とは誰の言葉か……。

 記憶には誰が言ったかなどとは覚えてないので、だれも言っていないのなら、俺の言葉ということにしておこう。


 次に思い浮かぶのが、何かの事故に巻き込まれて全身不随に、目が見えなくなって耳が聞こえなくなったという、これまた最悪の状況。

 思考できる頭があるというのは、不幸なのか幸運なのか想像が付かないが、これから先のことを考えると、おそらく退屈で不幸なんだろうと漠然と思う。

 ただ痛みを感じないのが、ある意味救いか。


 これから考える事はいろいろあるだろうが、時間だけはあるようだし、これからの未来の事なんて想像しようもない。

 仕方ないので過去のことでも振り返ってみようか……と、生まれてからこの年齢になるまでに経験した事を思い出そうとしたその時、真っ暗な世界に小さな白い点が『ぽぅ』と現れた。


 これから、人生の嫌なことベスト300でも思い出して楽しもうと思った矢先の出来事に、驚きつつもその点を見つめる。

 もはやモノを見ることには諦めていたと思っていた……いや、正直言って嬉しくて嬉しくてたまらない。

 いまにも小躍りして叫び出したいが、先ほどから全然体は動こうとはしない、が。

 とりあえず、一言だけ言わせてほしい。


『ウラァアアァァアアア!! マンセーーーー!! バンザイ!!!』


 俺の頭はどうやら、最初からパニックになっていたようだと、相変わらず出ない言葉と聞こえない音を自覚しながら改めて思い至った。

 こんなことを思いながらも、先程から俺の意識はその白い点…いや、光と呼んだほうがいいかもしれない、に釘付けだった。

 全身不随のこの体が幾ばくかでも治るキッカケ……になればいいなと心の底から思う。



 さて、その光だが、気がつけばどんどんと大きくなっている。


 あたかも光が巨大化し、俺に襲い掛かってくるように広がってくる。


 やがて視界はその光に完全に覆われたのだった。



 体のどこか……頭ではない。 が、警告する。


 まだ早い。


 まだその時ではない、と。


 だが、現実は無情にも時間を進める。


 押し流されるように、引っ張られるように、吸いだされるように、公安にしょっ引かれるように、新たな世界へと誘うように……。


 唐突に思い至る。


 ああ、そうか。 これが『誕生』!


 なんて感動的で、なんて強制的で、なんて突発的で、なんて残酷なのだろうか。


 心の準備なんてまだ出来ているはずもなく、いきなりの事に振り回され翻弄されている。

 だが、その時は着々と近づいているのが理解る。



 俺はこの世界で初めての、そして生きてる証を立てようと、強くなる光に必死に抗い前を見据え、その時を待つのだった。



 ……と思ったら、だんだんと薄暗くなってきた。


 盛大に産声をあげようと準備していたのが急に取りやめになり、気合がクラッチを踏んだかのように空回りする。

 慌てて気合を抑えこむと、それは落胆という形で跳ね返ってきた。


 おまけにそれは眠気を伴って帰ってきて、意識を眠りの中へと連れて行った。




 夢は見なかった。




 どれだけ眠っていたのだろう。

 感覚としてはついさっき、『真っ暗な世界で新たな誕生を経験し損なった』となっているが、もう一つの馴染みのない感覚が丸1日眠っていたと教えてくれている。


 どちらでも、変わりない事なんだろう。

 いまの現在の俺の状態では。


 体は相変わらず動かないし、耳にも何も聞こえない。 鼻も利いてるのかどうかすら不明。

 ただ、目だけは……これが大丈夫なのかは判らないが、膜が張っているかのようにボヤけた映像を知覚している。

 それはあたかも、水の中に居るかのように、また、視力の悪い目で景色を見ているかのように。

 その映像が何かを読み取ることは、現在ではとても難しいことに思えた。


 最初の状態よりも幾分かマシにはなっているが、相変わらずここがどこかは理解らない。

 ただ、現在では退屈なのは確かだろう。


 せめて、目がまともに見えれば……!

 と、心から思った瞬間だった。


 外の景色を見ている目、その奥。

 いや、内側の頭の中で光が走ったと思ったら、ボヤけた視界に重なるように、今まで見ていたモノの鮮明な映像が、映しだされたかのように知覚出来るようになった。


 これは何? と、思うよりも視界に見えるものへの興味が勝った。


 まず見えたのは、やけに黄色く見える部屋のようなもの。

 それはあたかも、夕日…朝日でもいい、が部屋に差し込んでいるかのように見える。

 その部屋では、二人の人影がいるのが判る。 よく見たら女性のようだ。


 彼女たちは、隣の女性と楽しそうに喋っているかと思うと、時折視線を外しどこかを見つめている。

 その視線の一つは、俺に来ているわけだが……。


 ふと気になり、俺に向けられていない視線の先を追って見た。

 真正面の位置にあったそれは、四角い、いや円筒形というのだろうか、ガラス…のような透明な筒があり、液体で満たされているようだ。


 その中心、そこには赤ちゃんが浮いていた。


 え、なんで? と思うよりも、唐突に思い至った。

 俺自身が目の前の赤ちゃんと同じ状態であるだろうということを。


 まさか、まさかここはなにかの研究所で実験体は、俺たちなのか?

 そこまで思い至ると、これから先の事……アニメやゲームなんかの知識が自己主張を始めた。


『実験動物として、凄惨な実験を受けて心身ともにボロボロにされ殺される』


 現実に、非合法な人体実験や動物実験などが行われているだろうことは、おおよそ想像が付く。

 それは平和な世界で生きてきた俺にとっては、遠い遠い非日常の物語。

 それがまさか、自分が当事者になるとは、想像の欄外だった。


 パニックにならないように、彼女たちの目に止まらないように、興味を持たれないように……気を落ち着けていく。


 だが、その努力は実らなかった。

 談笑していた彼女たち――研究員だろうか。 が、こちらを見る。

 自分に突き刺さる視線。 その視線に射すくめられたように、恐怖が混乱がせり上がってくる。


 体が動けば暴れていただろう。


 声が出せれば恐怖で叫んでいただろう。


 が、俺の体は動かない。

 しかし、パニックを起こそうとする頭とは反対に、気が付かない間に何かをされたのだろうか、穏やかな眠気が迫ってきている。


 それに抗うように耐えてる俺の目の前には、先ほど俺を見ていた女性がいる。

 彼女はガラスの表面を、優しくなでたり、かと思えばポンポンと子供をあやすかのように叩く。


 ゆっくりと語り掛けるように動く口からは、残念ながら何も聞こえない。

 ……おまけに慈愛に満ちたというのだろうか、目は優しげに俺を見つめている。


 その眼差しを受けながら、俺はくだらない勘違いをした可能性を考慮に入れつつ、ゆっくりと意識を落としていくのだった。




 それからしばらく、俺は相変わらず不機嫌の中に居た。

 入れ替わり立ち代わりこの部屋に人がやってきて、俺たちを見ていくのだ。


 その中で一番多い登場人物といえば、以前パニックになりそうなときに落ち着けてくれた彼女だ。

 もはや、俺の新しい母だというのは疑いようもないだろう。

 非合法人体実験研究所の研究員という不名誉な認識をすっぱりと捨て去って、彼女を見る。


 だが、俺は30歳のおっさんだ。

 そのおっさんが、自分よりも若い人を母に持つなんてプライドが許さない。 が、どうしようもない。

 これが新しい転生先というものであっても、以前の母を含む家族の顔を忘れたことは一度もない。

 ここが地球ならば、いずれ会うことも出来るだろう。

 それまでに、新しい母との折り合いもつけなくては。

 べつに彼女が不機嫌の元ということではない。


 この部屋を訪ね俺を見ていく人……皆が皆敵意の欠片もない優しげな顔で見ているが、その目の奥にある憐れみと、微かな恐怖…というのだろうか、その視線は隠せていない。

 その視線が俺にはストレスの元であり、不機嫌の元凶でもある。

 動物園のように見られるのはもう慣れた。

 だが、なにゆえ憐れまなければならないのか。


 こう思ってるのは、俺だけではなく、新しい母もだろう。


 気がつけば、母に寄り添うように立つ男性と肩を怒らせて立つ母の目の前には、ちょっとだけ年嵩の行っている……と言っても若々しいのだが、雰囲気が爺様に見える男性がいる。

 この爺様は特に俺に対して、憐れみの視線を多く向ける人なんだが、不快感はあまり感じられない。

 ただ、母は思うところあるようで、たまにこうやって対立しているのだ。


 母の隣には男性が立っている。

 この男性、なかなかの出演回数ながら俺への憐れみの視線もなく、不快にならない相手だ。

 だが、顔は良いためちょっとはイラつくのも事実だ。

 スタイルが良く整った顔の男というのは、俺にとっていや、世界の普通顔やそれ以下の人たちにとっては、天敵と呼べるものであるのは間違いないだろう。

 言いたくはないが便宜上、この男性を父と呼ぶことにするか。


 だが、父さんを含めこの新しい世界で見た人の顔やスタイルは、全員が整っているように見える。

 まさか、この世界は美男美女のみが生きる世界なのだろうか?

 ということは、おれは見た目が悪いため、憐れみをうけているのか?

 とりあえず、この件は保留にしよう。

 あとで、自分の顔を見た時に絶望するのは嫌だ。


 怒った母と爺様との話し合いは終わったようだ。

 今日は幾分とすっきりとした目をしている。

 爺様は俺の顔を見て、もごもごと口を動かしたあと、初めて見る顔……笑顔を俺に向けるのだった。


 まあ、爺様の件は勝手に片付いたのでいいとして、とりあえず現状把握をしないといけないだろう。

 この状況は予想するに、俺が生前好きだった『転生』という状況でみて間違いないと思う。

 数多の転生系と呼ばれる小説に登場する主人公たちは、理由はどうあれ『転生』を果たし、新しい世界で元居た世界での知識を活かして、身の回りの状況を改善したり、混乱を呼んだりといったことをしていた。

 俺は性格的に、そこまでアグレッシブに行動は出来ないと思うが……無駄な知識だけは、頭の中に詰め込んでいるはずだ。

 この知識を使って、少なくとも身の回りの人たちぐらいは、不幸にさせないように行動したいと思う。

 まあ、もっとも可能であれば性格の改善も含めて、物語の中で見た主人公達のように行動できたらと思う。


 こんなことを思いつつも、頭のなかでは、どんな知識を使って周りの人たちを驚かせようかと考えていたわけだが。

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