表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)
9/589

目標への第一歩

「ここか……」


 手紙で指定された場所に着き、僕は改めて周囲を見回す。くすんだ色の、みすぼらしい……失礼だけど……家に、荒れ気味の畑。広さは5メートル四方くらいだろうか? 個人の家庭菜園だと思えばそこそこの広さだけど、商売にするにはどう考えても狭い。植わっている野菜には元気が無く、そもそも畑の7割ほどしか植わってない。となると、仕事じゃなくて趣味なのかな? まあどっちにしろ、自分で育ててるんだから農業知識はあるよね。


「手紙で依頼を受けたトールだ。ご在宅かな?」


 ドンドンと音を立ててドアを叩く。軽くノックしたつもりだったけど、立て付けが悪いのか思いの外大きな音が出た。ここに住んでいて日常的に開閉してるなら流石にこれで壊れたりはしないだろうけど、ちょっとだけ心配になる。


 幸いにして、すぐに中から見覚えのある人が出てきた。間違いなく、昨日ダンシングラディッシュを渡した人だ。ビクビク震える女性から出来るだけ距離を取りつつ、依頼内容や報酬の詳細などを話し合って決め、その日は解散。翌日の朝に再びここで集合して、挨拶を交わしてから、僕はさっそく「野菜の味をあげる」作業に取りかかる。


「もう一度確認しておくが、私のやり方で確実に野菜の味があがるとは限らないし、その場合は報酬は貰わない。そして、私以外の人間がやれる方法でもないから、味が良くなるのは今ある野菜だけだ。それでもいいんだな?」


「ひゃい! お、お願いします……」


 最終確認は取れた。今ある分だけでいいってことなら、やっぱり商売用じゃないんだろうな。報酬から考えると、儲けが出ないし……まあ、その辺は僕には関係ない。

 僕は改めて、地面に植わったニンジンに向けて、『威圧感』の力を集中する……まあ気分だけだけど、ぼーっと突っ立ってるのは流石に手持ちぶさた過ぎるしね。何かこう、いい具合に美味しさが詰まる感じのイメージを浮かべつつ、効果が最大になるようにその場にしゃがみ込み、葉っぱのところに手を当てる。


 ……しばらくそのままにしてみたが、特にニンジンに変化は無い。まあ、普通の野菜だし、野菜に威圧とか意味解らないしね。とはいえ、ここはファンタジー世界。大根の例もあるし、僕は一応警戒しながら、ニンジンを引き抜いてみる。

 ……うん。普通のニンジンだ。光を放ったりもしてないし、走り出すこともない。10秒ほど眺めてみたけど、当然爆発もしなかった。となれば、あとは味だ。依頼主さんに頼んで水場を借りて、ニンジンを軽く洗ってから、そのまま丸かじり。ぼんやりとニンジンは丸かじりしない方が良いみたいなことを聞いたことがある気がしたけど、実験なのにいちいち調理するのは大変だし、ちょっと囓るくらいなら問題ないだろう。


 『威圧の剣』でスパッと輪切り。大根と同じで何の抵抗もなく切れたため、威圧すること自体は出来ているはず。依頼主さんにも一切れ渡し、僕も一口……うん、美味しい。打ち合わせの時にサンプルとして提供された、昨日収穫したニンジンの輪切りは、正直マヨネーズが欲しいと思う味だったけど、こっちのニンジンは生でも余裕で食べられるくらい、えぐみが消えて甘みが増してる。


「美味しい……え、何で……?」


「どうだ? これで大丈夫か?」


 依頼主さんの呟きをあえて無視して、僕は確認を取った。何でって言われても、「野菜を威圧したら美味しくなる」とか理屈が説明できないしね。やってる僕にだってわからないし。まあ、まだ身につけたばっかりの能力なんだし、そもそも神様から貰った固有技能(スキル)なんだから、人間に理解できるものじゃないのかも知れない。今は結果があればそれでいい。美味しい野菜を沢山作るのだ!


 依頼主さんの了承を貰い、その後も色々な野菜で、色々な威圧を試してみる。従来の上から押しつける感じの威圧は、ニンジンやジャガイモみたいな地面に埋まっている野菜に有効で、トマトやキュウリみたいなのには両手で挟み込む感じの威圧が、キャベツや白菜みたいなのは、全体を包み込む感じの威圧が良い感じだった。

 地面から掘り出したり、茎から切り離したりした後の野菜には威圧の効果が薄くなるとか、野菜の中心に向かって強力に威圧すると中心部の味が濃くなりすぎるので、野菜全体を包み込むようにふんわり覆い、そのうえで全体を均等に威圧していく方が万遍なく味が向上するなど、色々な発見があった。


 そして今、僕の目の前には、それぞれが最適な威圧を受けた、見た目はちょっとしょぼいけど、味は抜群の野菜の山がある。背負い籠一杯に詰まった、僕と依頼主さんの努力の結晶だ。


「さて、これで私の受けた依頼は達成ということになるが……この野菜はどうするんだ?」


「勿論、売りに行きます。それこそが一番の目的ですから」


 そう言って、依頼主さんは今回の依頼の本当の目的を語ってくれた。町が発達するにつれ、この辺の農家は次々に土地を手放し近隣の村へと移り住んでいったこと。自分もここを手放して引っ越す予定だったが、旦那さんが亡くなってしまい引っ越し先で新たに農業をやるのが難しくなってしまったこと。思い入れのある畑を維持したかったけど、自分だけではどうしようもなかったこと。だから、今回の依頼で満足行く野菜が育てられたら、全てを売り切って、気持ちに区切りをつけて実家に帰ろうと思っていたこと……


「やっぱり、未練があったんです。野菜の味を改善するなんて、普通なら何年もかけてやることですから、それが終わるまではここにいられるって……でも、トールさんが引き受けてくれて、しかもたった1日で、全ての野菜をこんなに美味しくしてくれました。

 きっとあの人が「いつまでも自分に縛られていないで、さっさと家に帰って新しい生活を始めろ」って言ってくれてるんだって、そう思えました。

 不思議な奇跡の力で、私が迷う暇も無いくらいあっという間に決意を押しつけてくれたトールさんには、本当に感謝しています。本当に……本当にありがとうございました」


 目に涙を浮かべて、それでも幸せそうに笑って、依頼主さんは籠を背負って出かけていった。僕への報酬に、それなりの量の野菜と、この家と畑の権利を残して。


 ああ、何かやり遂げたって感じがするなぁ……でも、1日野菜を威圧しただけで家とか畑を貰うって、黒胡椒で船を貰うのとどっちがぼったくりだろう? とはいえ、この結果をもたらすのは『威圧感』がある僕じゃなかったら、依頼主さんの言う通り年単位の努力が必要だっただろうから、そう言う意味では妥当なのかな? 僕がお金持ちなら、新たな門出のお祝い金とか渡せるんだろうけど、現金は銅貨ばっかりだしなぁ。


 まあ、ここで畑を頑張って、いずれ再会出来たら、その時は最高に美味しい野菜をご馳走すればいいか。うん、そうだよ。出来ないことを嘆くより、出来ることに向かって頑張る方がよっぽどいい。


 異世界に来て5日目。武器も防具も替わってないし、レベルだって1つも上がってないけど、家と畑を手に入れて、美味しい野菜を育てることを決意したその時、僕の脳内で、オモチャのラッパみたいなチープな音のファンファーレが鳴り響いた。

野菜の季節感が無いのは、ファンタジーな要因です。が、主人公は現代日本の高校生なので、一年中スーパーで野菜が売っているのが普通なため、気にしなかったというわけですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ