魔王の条件
「それじゃ、順を追って話してくれるかな?」
落ち着いたリリンを前に、僕は少し強めの口調でそう声をかける。流れ的に何となく僕が悪い感じになってたけど、どう考えても悪いのはリリンの方だ。訳もわからず剣で切りかかられたことをうやむやにしちゃうのはお互いに取って良くないだろう。とはいえ、対外的に使っている威圧的な口調は辞めておく。また怖がられたり、ましてや泣かれたりしたら大変というか、そうなると僕の方のダメージが大きいからね。うん、子供に怯えられるのは地味だけど凄く心に響くからね……
「まずはそうだね、お互いしっかり自己紹介しようか。僕はトール。冒険者のトールだ」
「あ、はい。ボクはリリン。えっと……ただのリリンです……」
「冒険者じゃないのかい?」
「あの、ボクまだ12歳なんで、登録できなくて……」
「ああ、そうなんだ……」
冒険者ギルドの登録は14歳からなので、登録出来ないのはいいとして……12歳かぁ。日本で言うなら小学生なわけで、そう思うと珍しく僕の中にわき起こっていた怒りっぽい気持ちがヘナヘナと萎えていくのを感じる。子供がはしゃいでいただけとなるとあんまり怒る気にもなれない。とはいえ剣だしなぁ……木の枝とか、せめて木刀だったら笑って済ませてもいい感じだけど、彼が振り回したのはごく普通に売られている剣であり、それを振り回すとなれば明確な殺意があるわけで……
「冒険者じゃないのに、その剣はどうしたの? 流石に子供の小遣いで買えるほど安くは無いと思うんだけど?」
「あ、これは家にあった練習用の剣です。木刀とかだと重さが違うから、変な癖がつくといけないって言われて使ってる奴なんですけど」
「へぇ。ちょっと見てもいい?」
「いいですよ。どうぞ」
一端立ち上がってから、無造作に剣を引き抜いたリリンが柄をこちらに向けて差し出したので、それを受け取ってマジマジと見てみる。
「ふーん……これ、どの辺が練習用なの?」
「刃が潰してあって、切れないんです」
「あ、これ切れないんだ?」
言われて刃の部分をしっかり見てみれば、確かに何だか丸い気がする。恐る恐る指で触ってみたけど、切れる感じはしない。となると凶器が刃物から鉄の棒になるわけだけど……でもなぁ。いや、それとも日本の倫理観を持ち出してる僕が悪いんだろうか? この世界的は、子供が鉄の棒を振り回して斬りかかってくるのはセーフ……ということは流石に無いと思いたいけど、まあその辺はもっと聞くべき事を聞いてから判断する方がいいだろう。
「ありがとう。で、何でリリンは僕に襲いかかってきたわけ?」
剣を返しつつそう問いかけると、一端下を向いたリリンが、力の籠もった目で僕を見つめてくる。
「あの、僕……勇者になりたいんです!」
「ああ、そんなこと言ってたね」
「はい! 勇者は子供の頃からのあこがれで、そのために毎日強くなるための訓練をしてるんですけど……でも、勇者って強いだけじゃなれないんです」
「まあ、そうだろうね」
世界一強い戦士がいたとしても、それは世界一強い戦士であって勇者じゃない。魔法使いだろうと聖騎士だろうとそれは同じで、単にその道を究めるとか、あるいは全てに通じる存在だったとしても、それを称して勇者とは言わないだろう。
「で、勇者になる一番いい方法が、魔王を倒すことなんですけど……でも、魔王なんて何処にもいなくて、だからボク、どうしていいか解らなくて……」
「うん、まあそうだねぇ」
剣と魔法のファンタジー世界だけに魔物はその辺に跋扈してるけど、魔王と呼ばれる存在がいるのは聞いたことが無い。比喩的な意味で魔王と呼ばれる人はいるかも知れないけど、いわゆる人類種の天敵とか、そういう感じの魔王は多分いないんだろう。
「でも、そんなときに聞いたんです。この町に魔王がいるって!」
「うん……うん?」
「邪悪な魔物を自らの眷属として侍らせ、あまつさえ町の中に魔物を放って支配しようとしている奴がいる。そいつは近づくだけで人を怯えさせるほどの邪悪な気配を振りまきながら何食わぬ顔で町に君臨し、しかも……魔王に相応しい真っ黒な服を常に着てるって!」
「あー…………そういうことになってるのか……」
確かに僕は、眷属たるスライム達に囲まれて生活している。町の人達にも紹介してるし、スラリンピックなんてものをやったくらいだから支配はともかく浸透させようとしているのも間違いない。『威圧感』のせいで近づくだけでも怯えられるのもその通りだし……何より、確かに真夏まで常時真っ黒の服を着るような奴は、確かに魔王か執事くらいだろう。僕はそのどちらでも無いけど……どっちがより近いかと言われたら、まあ、うん、それはね……
「それを聞いて、ボクは思ったんです。これは神様がボクにくれたチャンスなんだって! こんな近くに魔王がいるなんて、それを倒して勇者になれって言われてるみたいで、だからボク、ついその気になっちゃって……」
目の前でションボリと肩を落とすリリン。でも僕としてはそっちはもうどうでも良くて、密かに魔王呼ばわりされていたことの方が何倍もショックが大きい。しかも根も葉もない嘘とかじゃなく、言い回しの問題はあっても内容に概ね間違いが無いというのが厳しい。
「あの……トールさんって、魔王じゃないんですか?」
「違う……と思いたいなぁ……」
何かを期待するようなリリンの視線を受けて、僕は断言出来ずに言葉を濁してしまう。まさか、まさかとは思うけど……本当に魔王扱いとかされてないよね? 僕の知らないところで僕の討伐依頼とか出てたりするの?
考え出すと止まらない。不安が不安を呼び、心の中で猜疑心という名の黒い雲が、モクモクと広がっていくのを感じる。
「……確認、してみようか……?」
気になるなら、聞いてみればいい。僕はえっちゃんに留守を任せ、リリンを連れて冒険者ギルドへと向かうことにした。いつも通りに扉を開ければ、いつも通りにミャルレントさんが挨拶をしてくれる。少なくともその対応は魔王を相手にするものではない。
「こんにちはミャルレントさん。ちょっと聞きたいことというか、確認したいことがあるんだが、良いだろうか?」
「はい。何でしょう?」
「あー……あれだ。その……私は、魔王なんだろうか……?」
勇気を出して言った僕の言葉に、ミャルレントさんは口を開けて首を傾げたまま固まってしまう。いや、言葉にせずともわかる。ヒゲもしっぽもヘンニョリしており、「何言ってんだコイツ」という内心が手に取るようにわかる。
ああ、逃げたい。今すぐ帰って布団にくるまって、3日くらいゴロゴロしていたい。でもここで切り上げたらそっちの方が中途半端で気になる。頑張れ、頑張れ僕!
「何というか、ちょっと小耳に挟んだのだよ。私がその……配下の魔物で町を支配しようと目論む、そこにいるだけで恐怖をまき散らす漆黒の魔王だ、みたいな話があるとかないとか……」
「プフッ」
僕の言葉に、不意に横から吹き出す音が聞こえた。音の方向を見るも、そこにいるのはリタさんのみ。相変わらずのクールな無表情だ。決して吹き出したりなどしていない。していないはずだ……
じーっと見つめる。動きは無い。じーっと見つめる。変わらない。じーっと……
「プヒッ」
「……リタさん、笑ってますよね?」
「いえ、全然。とんだヘタレ魔王がいたものだなんてこれっぽっちも思ってませんよ」
ツイッと顔を背けながら言われた言葉は、相変わらず毒が満載だ。むしろ毒しか無い気がする。
ああ、本当に家に帰りたい……





