お約束は回収してこそ価値がある
その人が中央へと歩みを進めると、周囲からさっきとは違うざわめきが聞こえた。それは細身で美人のお姉さんだから……ではなく、彼女の耳がにょきっと長かったからだ。そう、エルフさんである。しかもただのエルフさんではない。スライム遺跡にて『クッコロ』の洗礼を受け、ジェイクさんと行った時にスカウトしたスライムを紹介したあのエルフさんなのだ! って、他の人はそんなこと知らないから、普通にエルフってだけで驚いているんだろうけどね。
観客席の反応からも解るとおり、この辺ではエルフは珍しい。ジェイクさんの話だと、この近辺は獣人種が勢力をもっているので、エルフやドワーフといった精人種はあまりいないんだそうだ。勿論世界的に珍しいとかじゃなく、精人種の勢力が強い場所なら普通に生活してるし、そっちの方だと逆に獣人種は少ないんだとか。
もっとも、これは別に棲み分けてるとかじゃなく元々大きな集落があった場所を起点として勢力圏が広がっているだけなので、種族事で対立してたりとかは無いようだ。エルフとドワーフが仲が悪いとか、多種族への差別が無い……少なくとも表面的には……のはとても良いことだ。実際冒険者ギルドの受付でミャルレントさんとエルフさんと普通の人間の冒険者の人が仲良くおしゃべりしている光景を見たことがあるので、少なくとも僕の知り合いの範囲でなら心配する必要は無さそうだ。
「では、お名前をどうぞ」
「私はファルファリューシカ。この子はお友達の揺れる姫の騎士です」
鈴を転がしたような、不思議な声。高いんだけど、でもキンキン響く感じじゃなくて、何となく優しく感じるような……そんな声に合わせて、彼女に抱き上げられたプレルがぷりゅーんと揺れて「高貴なる姫騎士、参上ですわ!」と名乗りを上げる。あー、うん。そういう感じの子を紹介したけど、そのままストレートにそうなっちゃったんだ。何も悪いことは無いんだけど、もう1つの要因と合わさると、何となく申し訳ない気持ちになってしまう。
「そのスライムは色が白く見えるのだが、体調が悪いのでは無いか?」
審査員席の当主さんから、そんな言葉が出る。そう、プレルの体は何故か白っぽいのだ。真っ白と言うほどじゃないけど、クリームソーダみたいな感じの淡い緑で、こう言っていいのかわからないけど……凄く美味しそうな感じだ。
が、そんな当主さんの言葉に対し、エルフさんはプルプルと首を振って否定の意を示す。
「いえ、そのようなことはありません。プレルはミルクが好きなので、それを良く与えていたらいつの間にか白くなってきて……トールさんの話では一定以上に同じ食べ物を与え続けるとその影響が出るという話でしたので、これもそのせいだと思います。彼女自身も体調が悪いなどという申告はしてこないので、問題ありませんわ」
エルフさんの言葉に同意するように、プレルもまた元気にプルプル震えてみせる。正直相談された僕としてもスライムの生態なんて全然わからないから困っちゃったんだけど、あーちゃんやさっちゃんが赤かったり黄色かったりしてても何の問題も無いことを伝え、かつスライム同士でも話し合いをした結果「まあ大丈夫でしょ」となったのは記憶に新しい。元々雑食かつ小食なうえ、消化にも時間がかかるから食べ過ぎるなんてことのないスライムなので、実際何の問題も無いと思うけど……
「そうか。ミルクで白くなっているのか」
「はい。白いミルクが大好きな子なので」
……きっと、これはこの世界で僕だけが持つ感情だ。他の人達は平然と聞き流しているし、それが普通なんだとわかるけど、それでも僕は、僕だけは何ともいたたまれない気持ちになる。いや、でも、僕しかわからないならいいじゃないか。この気持ちは墓まで持って行こう……
「では、アピールタイムをどうぞ」
「わかりましたわ。行きますわよプレル!」
当主さんが納得したのを見計らって、執事さんがアピールタイムを促すと、エルフさんがプレルを足下に配置させ、自身は両手を胸の前で合わせて目を閉じる。
「流れるもの 揺らめくもの たゆたい、そよぎ、彼の身にて舞え! 『ウィンドストリーム』!」
詠唱に合わせて、舞台上で風が巻き起こる。下から渦巻くように吹き上げる自然ではあり得ない風の流れを受け、エルフさんとプレルの身につけている服がヒラヒラと揺れる。エルフさんの服は以前見た冒険者っぽい装備と違って草色のワンピースのような服で、プレルの方は同じ色だけど、葉っぱのような感じに加工された布が積層しているヒラヒラドレスな感じの服を身につけている。その葉っぱのような服が、徐々に強くなる風をしっかりと受け止めるように広がっていき、そして……
「浮いたっ!?」
何処かの誰かの、だがその場にいる全員の同意を得たような声を前に、プレルの体が宙に浮く。勿論、いくら何でもあんなヒラヒラした布でスライムの質量を浮かせられるほどの浮力を維持できるはずがない。だから特殊な布なのか、あるいは魔法の力なのかは僕にはわからないけど……エルフさんが魔法をコントロールするのに合わせて、右に左に上に下に、まるで風の中で踊るようにプレルの体がユラユラと空を飛び回る。それに合わせてプレルもくるっと体を回したりして、実に幻想的な光景だ。
「これは素晴らしいな」
「ああ、大した制御力だ。ウチのギルドでもスライムを傷つけずに浮かせるだけなんてことが出来るのは、コイツしかいないだろね」
当主さんが感嘆の言葉を漏らし、冒険者ギルドのマスターも感心したように頷いている。というか、今日初めて見たけど冒険者ギルドのマスターって女性だったんだな。50代くらいで横幅があり、肝っ玉母ちゃんというか、ボスっていう感じだ。当主さんの見た目が普通っぽいだけに、貫禄の差が激しい。
と、そんなことを考えている間に、エルフさんのアピールタイムは佳境のようだ。胸の前で合わせていた両手を大きく開き、それに合わせてプレルが一際高く空へと舞い上がる。エルフさんがパーンと両手を打ち鳴らすと、その瞬間魔法が消えて、落ちてきたプレルをエルフさんがしっかりキャッチして……
バリバリバリッ
「えっ!? や、きゃあー!」
何故かエルフさんの服の一部が、音を立ててはじけ飛んだ。良く見れば精々腕や太もも、あとはお腹がチラッと見えるくらいでそんなに致命的な露出ではないんだけど、『服がはじけ飛んだ』というインパクトに押されてか、エルフさんは悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んでしまった。
会場から沸き上がる、うぉぉぉぉという声。当然男の声ばっかりであり、視界の端ではまたしても奥さんにドナドナされていくパン屋のおっちゃんの姿や、そっぽを向いたミャルトルテさんに必死に何かを言いつのるガラルドさんの姿が映る。
まあ、男なら仕方ないよね。僕はそんなのに釣られないけど……いや、ここまで綺麗にフラグを回収されてしまうと、僕としては本当に申し訳ない気持ちで一杯になってしまって、そういう気分にはならなかったのだ。エルフさんには強く生きて欲しい。
「はぁ。あれさえ無きゃウチでも一線級を張らせられるんだがねぇ」
ため息交じりのギルドマスターの声を最後に、エルフさんたちはステージから下がっていった。こちらに戻ってこなかったのは、一旦着替えるためだろう。流石に破けてる服でずっと居続けるのは嫌だろうしね。
さあ、次はいよいよ3組目。ミャルレントさんの番だ!





