大根賛歌
「ふんふふんふふーん♪ ふふふふーん♪」
今日もまた、僕はご機嫌で大根を掘る。朝起きたら、宿屋の主人に「あの味なら1本銅貨15枚で買い取る」と言われたのだ! どうも僕が収穫したダンシングラディッシュは、特別に美味しかったらしい。本当は二つ返事で了解したかったけど、あの場所に生えていたのだけが特別美味しかったのか、それとも僕の『威圧感』が味を上げるきっかけだったのかが判断できないので、今日のところは保留にしてもらっている。
とはいえ、いきなり収入が倍率ドン! さらに倍! な感じで増えそうな予感に、テンションは爆上がり中だ。本当はこの勢いのままミャルレントさんと話もしたかったけど、流石に朝の混んでる時間帯に、僕のために業務を止めてしまうのは心苦しい。今は我慢して、また大根を持っていこう。
……女性へのプレゼントに、大根ってどうなんだろう? いや、でもまだ今日で会って3日目だし、消え物以外を送れるほど仲良くはないよなぁ。苦笑いで受け取られた上に、それを質屋で発見したりしたら、何かもう立ち直れない気がするし……いやいや、考えるな考えるな。そうだ、大根だ。大根ならきっと喜んでくれているはずだ。今は無心で大根を掘るのだ。
訪れてもいない恐怖を振り払うべく、ひたすら大根を威圧して、引き抜き、落とし、切断する。今日は荷車を借りてきたので、頻繁に戻ることなく大量の大根を持って帰ることができる。筋肉痛で腕が辛いので、これはとても嬉しい。
とはいえ、流石にそろそろ残りの本数が心許ない。10本くらいは残しておきたいから、もう2本も抜いたら、他の生息地を探さないといけない……あ、それこそギルドで聞いた方が早いかな? 一応「換金できる野草」だから、情報が登録されてるかも。
よし、それじゃこれを切っちゃったら、一旦ギルドに戻ろう。
僕は手早く残りの大根を処理すると、荷車を引いて町へと戻る。ちなみに、昨日お裾分けした門番の兵士さんは、町から出かける時に挨拶したら「感涙する味でした!」と泣きながらお礼を言ってくれた。ひょっとしてこの人は単に涙もろい人なんだろうか? 試しに今日も1本だけお裾分けしたら、「妻と子供も喜びます」と泣いてお礼をされた。うん、涙もろいだけっぽいな。まあ、喜んでくれるならいいか。
相変わらず町に入ると、僕に視線が集中する。でも、何となく今までとは違う注目のされ方をしているような……ああ、そりゃそうだよ。昨日は大根抱えて何往復もしてたし、今だって荷車一杯に大根を積んでるんだもん。いくら『威圧感』で威圧されるからって……いや、むしろ威圧されるような相手が大量に野菜を運んでるからこの視線なのか。凄い威圧感を放ち、収穫の難しい野菜を、自分で大量に運ぶ一般人……うわ、僕なら絶対近づかないや。
「あ、あの……」
うわ、自分ですら近づきたくない自分に話しかけてきた人がいる。僕はその場に立ち止まって、声のした方に振り向いた。裾のヒラヒラした、女性向けっぽい布の服装備の、ごく普通の人間の女の人だ。
「何だ?」
「あ、あの……ひぅ……」
僕が立ち止まり、女性が近づいてきたせいで、彼女が受ける『威圧感』の効果があがってしまい、その顔が恐怖にゆがむ。このリアクションは、何度味わってもいたたまれない。僕の胸も苦しくなっちゃうけど、おそらく彼女が受けている恐怖の方が何倍も辛いんだろう。そう考えると、ここで話を続けるのは得策じゃない。
僕は荷車から大根を1本取り出し、女性に差し出す。
「え? これ……?」
「私に近づくのは辛いだろう。用があるなら、ギルドに言づてしておくがいい。これはお裾分けだ。この町で初めて、義務ではなく自分の意思で私に近づいた、貴方の勇気に感謝する」
あっけにとられる女性の手に大根を残し、僕は荷車を引いて早足にギルドに向かう。何だよ勇気に感謝って! いや嬉しかったけど、でも何かこう、もっと言い方とかあるだろ僕! 自分だって村人丸出しなのに、何で上からっぽい発言なんだよ! ああ、恥ずかしい……
その場を逃げるように……というか、まんま逃げ出して、僕はギルドの入り口までたどり着き、そして困る。荷車を引いたままギルドの中には入れないし、かといって換金素材である大根を置いたままギルドに入ることはできない。うーん、どう「ラディッシュキター!」……ん? 何だ今の叫び声?
とりあえず、僕は荷車に手をかけたままギルドのドアを開けて、中を覗き込む。いつも通りの内装に、いつも通りの受付嬢が3人。ミャルレントさんと、栗毛で長髪の人間の女性に、素材回収窓口にいるおばちゃん……ここで「嬢は2人だけだな」とか言うと、きっと不思議な力で不幸な出来事が起こるので、そんなことは毛ほども思わない。っと、まあそれはとにかく、さっきの奇声を発するような人物は見当たらない。
……聞き間違いかな?
「すまない。大量にダンシングラディッシュを運んできたんだが、中に運び入れるのを手伝って貰えないだろうか?」
「あいよ。まかしときな」
僕のお願いを、素材回収のおばちゃんが快く引き受けてくれる。やっぱりここにいるお嬢さんは3人だ。いやぁ、当たり前のことを理解できていて良かった良かった。
僕はおばちゃんと一緒に大根を運び入れ(何故かおばちゃんは僕を怖がらなかった……慣れたのかな?)、全部の中から5本だけ返して貰うと、ミャルレントさんの窓口に行く。
「お帰りなさい……いえ、今日は初めてですから、いらっしゃいませ、ですね」
そう言ってクスッと笑うミャルレントさん。ああ、今日も女神だ……モフモフしたい。
「昨日渡したダンシングラディッシュは、もう食べたか?」
「はい! それはもう、とってもとっても美味しかったですニャ!」
「……ニャ?」
何だろう? ミャルレントさんが好きすぎて幻聴でも聞こえたかな? いや、むしろ幻聴ならこれから何度でも無限にリピートできてお得なのかな?
「も、申し訳ありません。うっかり幼児言葉を話してしまって……は、恥ずかしいですから、あんまり見ないで……」
ミャルレントさんが、照れている。ピンと立った尻尾がせわしなく左右に揺れて、猫の手がペシペシとヒゲをはじいている。
何だろう。僕はここで死ぬんだろうか? チート能力持ちの主人公だったら、こういう可愛い子をぎゅーっと抱きしめたりできるんだろうか? 今なら神様だって倒せそうな気がする。いや、ここに連れてきてくれて心から感謝してるから倒さないけど。
沸き上がる感動を必死で押さえて、僕は脇に抱えた大根のうち1本を、ミャルレントさんに差し出す。
「気に入ってくれたのなら良かった。今日もお裾分けだ。美しい毛並みが、更に美しくなるぞ」
「毛並みがニャッ!?」
驚くミャルレントさんに大根を手渡して、僕は颯爽と踵を返した。大根を抱えた一般人が颯爽としているかどうかは、3日目にして気にしないことにした。
毛並みは……まあ、大抵の野菜は体にいいし、何らかの美容効果があるしね。全く何の効果も無い食べ物の方が珍しいし、最悪でもマイナスになることは無いだろうから、美味しい物を食べたってプラシーボ効果も加味するなら、間違いなく良くなるはず。うん、だから嘘は言ってないよ。
ギルドから出て、荷車に残りの大根を載せると、僕は宿屋へと戻った。約束通り昨日と同じ位置で取った大根2本と、行きとはちょっと違う道を帰った時に見つけた場所に生えていた2本を主人に渡し、筋肉痛を癒やすため部屋に戻ったところで、やっと気づいた。
ダンシングラディッシュの群生地を聞くの忘れた……