金は天下の回り物
そこは、今回のイベントにおいて最も大規模な建築がなされた場所だった。と言っても勿論日本における建築物の基準じゃなくて、あくまで学園祭の野外ステージくらいの感じだ。木製の舞台に横と後ろの三方向が壁になっていて、簡易的なものだけどきちんと天井もある。これはファッションショーの性質上、雨が降ったりした場合に濡れないようにする最低限の備えだ。勿論嵐とか台風みたいな感じになれば何の意味も無い程度だけど、その時は流石にイベントそのものが中止になっただろうし、そもそも今日はなかなかにいい具合の天気なので心配はいらない。
そんな会場に辿り着いた僕は……壁に手をつき下を向き、途方に暮れていた。
「どうしようえっちゃん……」
さっきの今でナイスなアイディアなんてものがそうそう浮かんだりもしない。というかよく考えると野菜を持っていくと約束してたリタさんも完全放置してこっちに来ちゃってるし、さっちゃん……は串焼きを食べて幸せそうにしてたから大丈夫かな? 多分いつも通り畑のひまわりの側でお昼寝してるだろうから、そっちはまあ大丈夫だろう。とはいえここに来て問題が山積みだ。流石に今からふれあいスライム広場に戻るわけにはいかないから、リタさんには後で謝るとして……ああ、引き継ぎの門番さんに挨拶もしてないなぁ。奥さんと子供さんを連れてくるって話だったから、きちんと挨拶したかったのに……ああ、何かダメダメだな僕。
悩み落ち込む僕の頭の上では、えっちゃんがプルンと震えて「たかだか17のガキが背負い込みすぎだ。もうちょっと気楽にやってもいいんだぜ?」と励ましてくれるけど、そう簡単には気持ちを切り替えられない。日本にいたころなら確かに僕は子供で、その行動の責任を背負ってくれる両親がいたけど、こっちの世界では僕だけ……あっ!?
気づいた。今更ながら気づいてしまった。僕はまだこの世界に来てほんの数ヶ月だ。でも僕の体は17歳のもので、つまりこの世界で17年生きている「設定」が必要だ。でも、そもそもこの町以外の町とか村に行ったことすらない僕が、何処でどうやって産まれてどう生きてきたのか、両親は? 子供の時はどうやって生活していたのか? そういう設定が今の僕には何一つ無い。
冒険者として一人で生きている分には、それで何の問題も無かった。聞かれても適当に誤魔化せたし、それ以上追求されることもなかった。でも、もしミャルレントさんのご両親にそれを聞かれたら? そこで下手な誤魔化しはできないと思う。出会った当初にお約束の「記憶喪失」な設定でもやっておけば良かったけど、流石に今更「実は記憶が無いんです」とか言うのは不自然なうえに不審過ぎる。かといって正直に話したところで、それもまた頭がおかしいと思われ……いや、でもニャポーンとかあるくらいだし、実は僕みたいな記憶を保持した転生者が普通に存在する世界だったりするのかな? 一回さりげなく話を振ってみようか……うん、そうすることにしよう。
「おや、トールさんじゃありませんか」
そんなことを考えていた僕に、不意に背後から声がかかる。振り返ってみればそこにいたのはレンデルさんだ。
「おぉ、レンデルさん。お疲れ様です」
「はっはっ。私は上から指示を飛ばすだけで、疲れるようなことはしておりませんがね。今日これからも、審査員席で見目麗しいスライムたちを褒め称えるだけですし」
丁寧に挨拶をした僕に、レンデルさんが笑って答えてくれる。その言葉通り、レンデルさんにはファッションショーの審査員を依頼してある。ちなみに他の審査員にはまだ会ったことの無い冒険者ギルドのギルドマスターがいて、審査員長には領主であるリチャード様がつく予定になっている。フルールさんが出場するのにその父親が審査員長で大丈夫なのかと思ったけど、元々遊びみたいなお祭りだし、それ以前に貴族で領主のリチャードさんに文句を言うような人は絶対いないとレンデルさんが言っていたのできっと大丈夫なんだろう。
「それにしても、今回のこの祭り……スラリンピックですか。大盛況ですな。終わりまで気は抜けませんが、今の段階でも大きく黒字になりそうです」
「そうなのか? 実質金が稼げるのは屋台程度だと思うんだが……」
「そこはまあ、商人なら色々あるのですよ。今目に見えている金貨だけではなく、これから先動く金貨を見通せば、投資分は十分以上に回収できるでしょう。さらにこのファッションショーでも盛り上がってくれれば……」
「そうか。皆が楽しんでくれたうえで、レンデルさんの懐も潤うのであれば私としても喜ばしい限りだ」
そう言った僕に対して、ポーカーフェイスが得意らしいレンデルさんの表情に、少しだけ嬉しそうな色が見える。具体的には、右の眉毛がほんのちょっぴりだけあがるのだ。
「ありがとうございます。商人が利を得ようとすると否定的な感情を持つ方というのは往々にしていらっしゃるのですが、トールさんがそうでなくて本当に良かったです」
「む? そうなのか? あくどいことをして稼ぐなら別だが、健全な利益を出すなら商人が潤ってくれた方が私たち一般人には有益だと思うが……」
商人が潤うということは、つまり流通が円滑に動き、安定して物資が手に入るということだ。日本に生まれてこっちに転生したからこそ、欲しい物が欲しいときに安定した値段で手に入ることの凄さは良くわかる。
「そうおっしゃって頂けますか。やはりトールさんは……ああいえ、何でもありません。トールさんのスライム、緋色の大怪盗の晴れ姿を楽しみにしております。それでは私も準備がありますので、この辺で」
今度は左の眉毛をちょっぴりだけあげつつレンデルさんがそう言って、そそくさとその場を去って行った。何となく何かを言いかけていたみたいな感じがしたけど、まあ忙しい人だから大したことじゃなかったんだろう。というか、僕も流石にそろそろ準備をしなくちゃ駄目だ。レンデルさんとは反対方向、選手控え室の方へと足を運び、部屋の扉を開けた瞬間、ぷにょーんと僕の顔に真っ赤な塊がぶつかってくる。
「ぬおっ!? おお、あーちゃんか。待たせて悪かったな」
顔から落ちた所をすかさず腕でキャッチすると、あーちゃんがプルプルと「遅かったではないか友よ! 待ちくたびれたぞ!」と抗議の震えをしてきた。口調はそんなだけど、きっと寂しかったんだろう。僕はあーちゃんのプニプニボディを優しく撫でながら声をかける。ちなみに控え室とはいっても当然個室ではなく大部屋なので、固有技能には乗らない僕の独自技能『威圧感:口調』は発動中だ……これ本当に固有技能になっちゃったらどうしよう? この口調で喋ると相手を威圧できるとか? うわ、ありそうで怖い……気をつけよう。
「すまんすまん。だがライバルの動向を見たいと一人でここに残りたいと言ったのはあーちゃんだろう? で、残った成果はあったのか?」
ぷるぷるーん!
僕の腕の中から飛び出したあーちゃんが、「フフフ。調査も仕込みも万事ぬかりないぞ」と自慢げに震える。この分ならあの隠し球も大丈夫そうだ。うーん。みんな驚いてくれるかな? サプライズの楽しみに、僕もまたあーちゃんと一緒にプルプルと震えてみる。フフフ……ぷるぷる……フフフ……ぷるぷる……あ、これ何かちょっと楽しい……
「と、遊んでる場合ではないな。衣装のチェックもしておこう。さ、あーちゃんはこっちに……」
「トール様! こちらにいらしたんですね」
と、その時。くーちゃんを抱えたフルールさんが……ん? くーちゃん?





