美味しいは正義
「ふんふふんふふーん♪」
僕は両手の脇に大根を抱え、ご機嫌で町へと戻る。片手で3本、両手で6本。銅貨30枚があっという間に稼げるとか、もはや勝ち組決定であろう。大根はまだまだ沢山生えてたし、登録証があれば町の出入りにいちいちお金を払う必要もないので、往復すればあっという間に大金が稼げる。
勿論、薬草と同じで取り尽くしてしまえばそれで終わりなので、稼げる限界値は目に見えているけど、ほとんど誰も採取しない野菜だけあって、他にも生えている場所はあるだろう。安定収入にするのは流石に厳しいけど、欲しいときに稼げる臨時収入というか、一手間かかる貯金箱だと考えれば、無一文だった昨日とは雲泥の差だ。
例の門番の人に1本お裾分けし、弾む足取りでギルドまで戻る。相変わらず周囲からはいぶかしげな視線が飛んでくるが、今日はもう気にならない。唯一、本来なら並んで順番を待たないといけないはずなのに、僕が来るとミャルレントさんの前の列が綺麗に解消されてしまうのが申し訳ない。が、僕がどけと言っているわけでもないし、そもそも普通に並ぶと前の人とかが『威圧感』の効果で酷い目に遭いそうなので、これはこれで割り切ることにした。
「お帰りなさいトールさん。凄い数のダンシングラディッシュですね」
両手に抱えた大根を見て、ミャルレントさんが賞賛の声をあげてくれ、それに呼応するように、周囲からも「スゲェ」「マジか」などの驚きの声が響いてくる。
僕は『威圧感』があるから簡単に処理できたけど、確かにそれ無しだったら、こんな短時間で5本も抱えてくるのは、かなりの凄腕じゃなきゃ無理だと思う。
あれ? これ「コイツ強いな」とか勘違いされて、ライバル的なキャラが挑戦してくるフラグじゃない? そう言う相手って大体初見だと格上だから、ミャルレントさんの前でフルボッコにされて……おおぉ、それは絶対避けねば!
「大したことないさ。ちょっとしたコツがあってね。私が強いわけじゃない」
何だよ私って。でも仕方ないじゃない。格好つけたいじゃないか、男の子だもん。
僕はそのまま、3本の大根を換金して貰った。「全部じゃないんですか?」という言葉には、「自分で取ったものだから、きちんと味を見ておきたい」と答えた。と言っても、勿論2本も食べるわけじゃない。僕は1本をミャルレントさんに差し出す。
「えっと、これは?」
「珍しいと言っていたからな。お裾分けだ。皆で美味しく食べてくれたら嬉しい」
僕の差し出した大根に、ミャルレントさんは周囲を見回して反応を伺ってから、「ありがとうございます」と言って受け取ってくれた。うん、ちゃんと「皆で」って言ったからね。個人への贈り物じゃないなら大丈夫だと思ったんだ。そもそも大根だし。
僕はそのままギルドを出て宿屋に引き返すと、大根を1本渡して「夕食に使ってくれ」と頼み、その後夕方になるまでひたすら大根を運び込み続けた。5往復目くらいで腕がパンパンになっていたけど、久しぶりに良い汗をかいてからの夕食は、殊の外美味しかった。これなら1本銅貨5枚も納得だね。
*関係者の心境:ミャルレントの場合
「何これ美味っ! え? 何? これダンシングラディッシュなの!?」
トールさんにお裾分けされたダンシングラディッシュを、隣の酒場でお肉と一緒に煮付けて貰った物を食べたリタが、驚きの声をあげている。でも、その気持ちはアタシにもわかる。一口食べたら、ほっぺがトロトロになった。思わずフニャーと鳴いちゃうくらい美味しかった。何というかこう……強い力で、美味しい味が真ん中にギュギュッと詰め込まれてる感じで、とにかく最高に美味しいのだ。
「あの人何なの? 超怖いし、超強いっぽいのに、超美味しい野菜を山ほど持ってくるとか! 何なの? 冒険者じゃなくて農家なの!? 野菜の神なの!?」
リタの口は、おしゃべりも咀嚼も止まらない。あっという間に自分の分を食べきって、今はアタシのお皿を……ニャッ! これは絶対に渡さないニャ!
アタシより肉食獣っぽいリタの視線からお皿を隠し、ラディッシュを一口。お口の中でホロホロにほどけて、幸せな味がジュワーッと出てくる。おヒゲも尻尾もトロトロトロンとなって、思わず口がにやけちゃう。
そんな幸せを味わいつつ、アタシはやっぱり考える。トールさんは、本当に何者なんだろう? これだけのダンシングラディッシュを狩れるなら、普通に森に入ってオークでも狩ったら、そっちの方がよっぽど稼げる。ダンシングラディッシュの断面が恐ろしい程鋭いから、とんでもない剣の達人か、もの凄く良く切れる剣を持ってるかのどっちか、あるいは両方のはずで、そんな人が町の近くの森に狩れない魔物がいるとは思えない。つまり、お金を稼ぐことを目的として行動してないってことだ。
でも、昨日までは無一文で、ギルドの登録料の銅貨5枚すら払えなかった。やっぱりちぐはぐで良くわからない。
だから、わかってるのはひとつだけ。トールさんが持ってきてくれたお野菜は、幸せの味だってこと。これなら毎日だって食べたいし、明日の朝まで煮込んだら、きっと今よりもっと美味しくなる。でも、煮込んでもらうためにはおかわりを我慢しなきゃいけないから、今日はもう食べられないわけで……ああ、お皿にあるのが本日最後の一口だと思うと、おヒゲがへんにょりしちゃうのニャ。
「マスター! おかわり! 私はおかわりよ! 明日の美味より今日の美味! 明日になったら誰かに分けて貰うわ!」
リタが大声で酒場のマスターにおかわりを注文してる。ああ、アタシも明日より今日の方が……いや、でも、明日はもっと美味しく……
「ねえミャー! 明日の私たちは親友よね?」
アタシが迷っている間に自分のおかわり分をペロリと食べきったリタが、ずずいと顔を近づけて馬鹿なことを言ってくる。
「人の美味しい物を狙うような奴は、親友ではなく泥棒よ。残念だわリタ。貴方との友情もこれまでみたいね」
アタシは冷たく突き放す。愕然としたリタの表情にも、アタシはおヒゲ一本動かない。ここで妥協しちゃうほど、アタシの友情は安くない。美味しい物は友情に勝るなんて、女同士なら当然なのニャ。
「あ、そうよ! 今日大量にギルドで買い取ったじゃない! あれ買う! 私が全部買うわよ!」
その手があったか! とアタシも目を輝かせたけど、ギルドマスターからの「とっくに市場に卸しちまったよ」という発言に、アタシもリタもガックリしちゃった。まあ、そりゃそうだよね。希少な素材でもなければ、ギルドで保管するなんて普通しない。
「こうなったら、ミャー! 貴方がトールさんに頼むのよ! 貴方が頼めば、きっとまた持ってきてくれるはず! そして私に格安で売るのよ! カモンラディッシュ! アイウィッシュラディーッシュ!」
何だか一人で盛り上がってるリタを尻目に、アタシは最後の一口をパクリ。ああ、本当に美味しい……アタシが頼んだら、本当にまた取ってきてくれるかな? そしたら、とっても嬉しいな。こうやってみんなで幸せを分け合えたら、凄く凄く嬉しいな。
……頼んでみちゃおうかな? 最初みたいに怖くなったりしないかな? ちょっぴり不安。でも美味しい物には代えられない。
早く明日にならないかニャ。





