コミカライズ開始記念閑話 まどろみの邂逅
本日よりスクウェア・エニックス様の「マンガUP」というアプリで、当作品のコミカライズが開始致しました! その記念閑話となっておりますので、ごゆっくりお楽しみいただければと思います。
それはとある日の昼下がり。今日もいい感じに仕事を終えた僕は、お日様の下でみんなと少し遅めのランチを食べていた。
「うーん、今日もいい天気だね」
ぷるるーん!
バスケットから取りだした野菜サンドを頬張る僕の隣では、えっちゃんが楽しげにぷるぷるしている。でーやんの木の下は暑い夏の日差しをほどよく遮ってくれて、青々とした葉っぱから漂う優しい香りが僕の心身をこれでもかとリラックスさせてくる。
「今日は午後からどうしようか? えっちゃんは何か予定あるの?」
ぷるるーん!
「そっか。僕も特にないんだよね」
予定というのは重なるときにはこれでもかと重なるものだけれど、不意にぽっかり空く時もたまにある。もうずっと昔に感じられる、日本にいた頃の僕だったら一人でスマホでもいじっていたんだろうけど、こっちでなら他の選択肢が沢山ある。
「うーん、ならたまにはここでお昼寝でもしちゃう? 誘えばさっちゃんも来るだろうし」
ぷるるーん?
「あーちゃんはどうだろう? あんまり詳しくは知らないけど、割と頻繁に町に行ってるみたいだし。でーやんは……多分遊びに行くんじゃないかな。疲れて帰ってきた後なら一緒に寝てくれると思うけど」
まだまだ子供のでーやんは、寝る間も惜しんで遊びに出かけることだろう。それで遊び疲れたらすぐに寝ちゃうわけだけど、寝てから遊ぶんだと何となく損をした気分になるのかもなぁ。ふふ、ちょっとだけわかる。
「ふぁぁ、話してたら何だか少し眠くなってきたかも」
何だか意識がトロンとしてきたので、僕はそのまま桜の木に背を預けて目を閉じる。すると僕の膝の上にぷるんとした感触が乗ってきたので、それを優しく撫でてみる。
ああ、冷たくて気持ちいい……少しだけ……このまま……………………
「来たわね!」
「…………え?」
ハッと目を覚ますと、僕は見たこともない白い場所にいた。右も左も真っ白な世界で、しかし僕の正面には真っ赤なドレスを纏った小さな女の子がいる。
「シーシャさん? え? あの、ここは?」
「ここは神界……まあざっくり私達の世界よ。それよりほら、いつまでもぼーっとしてないでさっさとこっちに来なさい」
「へ? あ、はい……?」
全く状況が掴めないけれど、着いてこいと言われたら着いていかないわけにもいかない。こんなところに取り残されたらどうしていいかわからないしね。するとすぐ側に何故か畳が敷かれており、その上にはちゃぶ台まで乗っている。
ってか、ちゃぶ台って……僕こんなの懐かしの昭和コントみたいなのでしか見たことないぞ? うわ、本当にこういう感じなんだ。
「連れてきたわよ姉さん」
「ありがとうシーシャちゃん。さ、トールさんも座ってくださいー」
「フラウさん? えっと、じゃあ失礼して……?」
先に座っていたフラウさんに一言かけてから、僕はその正面に座る。するとその左側にシーシャさんも座り込み、どこからともなく丸い木の器に入ったお茶菓子が出現した。
「適当に食べていいわよ。お茶は……面倒だからこれね」
「ありがとうございます」
追加で取り出されたお茶のペットボトルを受け取ると、僕はそれを開けて一口飲む。まあ、うん。日本でよく飲んでた普通のお茶だな。
「それで、あの……僕は一体何でこんなところに?」
「順を追って説明してあげるわ。あ、でもその前に。いい? ここで聞く話は、本来アンタが聞いていい、知っていい出来事じゃないの。だからここから出たら全部忘れちゃうから、そのつもりでね」
「えぇ……?」
いきなりのシーシャさんの前置きに、僕は戸惑いしか感じられない。いやだって、聞いたら駄目な話なら聞かなくていいし、聞いても忘れちゃうなら聞く意味なくない?
「勿論そうなんですけど、でもこれはトールさんにも関係のあるお話なんですー。なのでやっぱり一度くらいは聞いておいてもらった方がいいかなーって」
「はあ? まあ、フラウさん達がそう言うなら……」
聞いたら駄目だし聞いても忘れるけど、聞いておいた方がいいらしい。もうこの時点でかなり頭がこんがらがっているけれど、とにかく聞くしかないようだ。
「実はですね……今度トールさんの活躍がマンガになることになったんですー!」
「へー、それは凄いですね……マンガ?」
頭の中に、無数のハテナが浮かんでくる。マンガ? 何が? 僕の?
「……すみません、ちょっと意味がわからないというか、理解が及ばないんですけれども」
「実物見た方が早いわよね。ストーラ姉様、どうですか?」
「おっけー、調整終わった」
シーシャさんの呼びかけに、突然何も無いところに出現した扉が開き、中からストーラさんが出てきた。そのまま僕の右側に座り込むと、手に持ったスマホを僕に渡してくる。
「はい、どうぞ」
「スマホ? え、ここって電波届くんですか!?」
「3Gだから余裕。バリ三」
「バリ三……? あれ、でも僕が使ってたスマホは4Gだったような……?」
「一応ローアスを入れれば4Gにもできるけど、規格が違うからお勧めしない。かえって遅くなる。それよりほら、ここタップして」
「あ、はい」
色々とわからないことはあるけれど、とりあえず僕はストーラさんの言うとおりにスマホを操作していった。えっと、まずはこの「マンガUP」って言うのを起動すればいいのかな? で、そこからメニューを辿って……
「これですか? おぉぉ!?」
そこにあった「威圧感◎ 戦闘系チート持ちの成り上がらない村人スローライフ」というのを開いてみると、そこには確かに僕の絵が描かれていた。
いや、正確には僕とはちょっと違う。ちょっと見栄えがよくなったというか、絵的に映えるようにかっこよくなっているというか……でも間違いなく僕だ。
「うわ、懐かしい……あ、でも天使の人が服を着てる?」
「その辺はコンプライアンスが厳しい。他にもマンガにするにあたっての変更点はあるけれど、それはそれ。面白ければ正義」
「ですよねー。おー、ゴブリンから逃げてる。変わってないなぁ」
あの頃から随分成長した気がするけれど、やっぱり今も僕はゴブリンを倒せていない。そしてきっとこれからも、よほどの事が無ければ僕はゴブリンを倒せないんだろう。
でも、それでいい。そんな僕だからこそ掴めた幸せは確かにあるのだから。
「ほわっ!? みゃ、ミャルレントさんがかわ、可愛い……っ!」
ああ可愛い。とても可愛い。可愛い以外の語彙力が死んでいくのがわかる。うむ、これは実にいいものだ。家に持って帰って是非みんなにも見せて……あっ。
「……これって、家に持っていったら駄目なんですよね? えっちゃん達にも見せたかったんですけど」
「それは駄目。今回はあくまでも特例。小説だけじゃなくマンガまで出版されたとなると、一応本人にも知らせた方がいいかなという細やかな配慮の賜」
「え、小説? マンガの前に小説になってるんですか?」
「そっちもまたちょっと違う世界の話。そこに書かれているのは貴方であって貴方じゃない。だからあんまり気にしなくていい……どうせ忘れるだろうけど」
「うぐっ……何かもう気になることが山盛りなんですけど」
「男の子なら、細かいことは気にしない」
「そうよ野菜男! どうでもいいことを気にしすぎるとハゲるわよ?」
「ちょっ、やめてくださいよシーシャさん!」
運命の女神であるシーシャさんに禿げるとか言われると洒落にならない。だ、大丈夫。父さんだって別に禿げてなかったし、僕は大丈夫なはずだ……
「はい、じゃあそういうことで。新たに生まれた新しい世界の生誕をお祝いしたということで、今回はここまでですー!
トールさん、全て忘れてしまうとしても、どうかこの出会いを大切にしてあげてください。これもまた少しだけ違う貴方の人生なのですから」
「じゃーね野菜男! 今度はちゃんと地上の家の方に来るのよ! お土産も忘れずにね!」
「フフフ、どっかのゲームとコラボすることになったら、天井までガチャを回してあげるわね」
「あ…………」
口を開くも言葉が出ず、優しく微笑む三人の女神様に見守られながら、僕の意識は白に飲まれていって……
「ふがっ!?」
ぷるるーん!?
「……えっちゃん? あれ?」
ビクッと体を震わせて目覚めると、そこはいつもの庭だった。って、そうか。あのまま寝ちゃってたのか。
「んーっ!」
ぷるるーん!
固まった体を伸ばすように腕をあげると、えっちゃんもそれを真似してその体をうにょーんと伸ばす。ああ、空気が美味しい。
「ふーっ……何か夢を見てた気がするけど、何だろ?」
ぷるるーん?
「だね。夢ってすぐ忘れちゃうよね。でも何だか……」
そう、何だか。それはとても素晴らしくて楽しい夢だったような気がする。僕ではない僕の活躍する世界がまた一つ増えたというか……え、何でそんな発想に?
ぷるるーん!
「そうだね。僕達は僕達で、今日も元気にお仕事を頑張ろうか!」
他の世界があろうとなかろうと、僕にとってはこの世界が全て。さあ、今日もみんなと一緒に、美味しい野菜を作るぞ!
遠くに存在するかも知れない何処かの誰かに向かって、僕は笑顔でそう宣言するのだった。





